第6話 いかにもなラブコメトラップ
最後はオレの番になって、脱衣場へ向かう。しかし、こういういかにもなラブコメトラップに引っかかるオレではない。もちろんちょっとはそういうのを期待しなくもないが、今後の関係を考えると、できるだけ回避したいイベントではある。
まずは脱衣場に誰もいないか、ドアをノックしてみる。返事はない。再度ノックしても返事がないので、そうっと開けてみた。電気はついているが、誰もいない。
風呂場の扉は閉められており、やはりこちらも電気はつけっぱなし。誰だ、最後に出た人は。紛らわしいので誰もいないなら電気は消しておいてほしい。後で言っておこう。風呂場の扉も念のためノックしてみるが、返事はなし。一応、わざと音を立てて風呂場のドアを半分くらい開けてみるが、特に反応はなし。よし、大丈夫だろう。
ここまでしないと安心できないのも面倒だ。ドアに使用中とか札を提げるなり、決め事を作らないといけないな。
本当の家族だったらもし事故があってもさほど気にしないだろうけど、赤の他人となるとそういうわけにもいかないから、こちらも気を遣わないといけない。それが同居する男としての、最低限の気遣いというものだろう。っていうか、何で居候のためにオレが気を遣わなきゃいけないんだ。アホらしい。
自分の律義さに呆れながら、身体を洗い、湯に浸かる。
いつもはシャワーだけで済ませることもあった。どうせオレしか風呂に入らないから。でも今日はわざわざ風呂を沸かしたので、せっかくだからと浸かってみたのだ。それが、こんなにも心地よいものだとは。全身を温められて、疲れが取れていくのがわかる。風呂で寝るなんて非現実的でバカらしいと思っていたが、これは確かに、無理もない気がする。
そんな極楽気分を味わっていると、不意に風呂場のドアが開け放たれた。
油断しきっていたオレは、思わずそこに視線を向けてしまう。すると目に飛び込んできたのは、白い素肌に美しく長い四肢、長い漆黒の髪、そして……綺麗なお椀型の膨らみ。
慌てて顔を背けたが、もう事故は起きてしまった。あれだけ気を付けていたのに、向こうからやってくるとは想定外だ。こんなことってあるだろうか。しかも見るところはきっちり見たくせに、肝心の顔を見ていなかった。一体誰だろう。黒くて長い髪だったように見えたけど。
「あ、ごめん……」
そんなか細い声が聞こえて、彼女は立ち去るかと思いきや、どうやら中に入ってきたらしい音が聞こえる。意味がわからない。
「あの……」
「先に入ってたのに、ごめん。でも、今更出るっていうのも……」
一度脱いだ服は着られない主義なのだろうか。それに比べれば、オレに裸を見られるくらい、どうってことないというのだろうか。これじゃあ、あんなに気を遣っていたオレがバカみたいじゃないか。
「……気にしないんですか?」
オレがいないかのようにあまりにも堂々と振舞う彼女に、たまらず聞いてしまった。オレはいまだに彼女の方へ顔を向けられないが、身体を洗っているらしいことが音でわかる。
「え? 何が?」
「何って……裸、見られるの抵抗ないんですか?」
オレがそう聞くと、少しの間、無音になる。彼女の手が止まったのだろう。今、彼女は何を考えているのだろうか。表情を見ることができないから、この沈黙がどういう沈黙なのか、いやに恐ろしく感じてしまう。
「……ああ、そういう。……見たい?」
まるで考えてなかったかのように、意外そうに声を漏らしたかと思えば、とんでもないことを聞いてきた。
そりゃあ、見たくないことはない。だけど正直にそう答えるのは、オレの今後の信頼関係にも影響する。かと言って見たくないと答えるのも失礼だから、ほどほどの答えがベストではある。それを見つけるのが難しいんだけども。
「別に大したものじゃないし、見たいならどうぞ。じろじろ見られるのは嫌だけど」
答えずにいると、あまりにもあっさりした答えが返ってきて、逆に拍子抜けしてしまう。意外と気にしない人も多いのだろうかと、変な常識が出来上がる前に、冗談なら冗談と言ってもらいたい。
洗い終えたらしく、彼女が湯舟に入ってくるので、身体を縮こませて、スペースを作る。
「思ったより大きいね」
不意にそんなことを言われて、何の話かとどぎまぎしてしまう。
オレと彼女は湯舟の中で膝を抱えて、隣同士で座っている状態。横目で見ようと思えば、互いの身体を見ることはできる。ただ、意識しなければ、真横は視界に入らない。
「……大きい、ですか? 狭くないですか?」
とりあえず、風呂のことだと思って話を続けてみる。
「前は、もっと狭かったから」
話が噛み合った。ってことは、風呂のことで合っているのだろう。
ついでに、もう一つの疑問を解消しようと試みる。
「あの……
「そうだけど、何?」
よかった、合っていた。たぶんそうじゃないかと思っていた。凹凸のはっきりしたシルエットでもそうだが、どこか気怠いような、それでも調子さんとかとは違う淡白な話し方が、恐らくそうではないかと思っていたのだ。
「いや、ごめんなさい。そっち向けなくて、顔見れなかったから。確信が持てなくて」
「別に顔くらい、好きなだけ見ていいのに」
そういう問題じゃないというのを、どうやらこの人は理解していない。そのスタイルの良さが男子中学生にとって、どれほど凶器であるかを理解していないのだ。ついでに言えば顔も可愛いんだから。こんな可愛い人がすぐ隣で裸でいると思うだけで、かなりの
少しぼうっとしてきたし、そろそろあがるか。どうせオレの裸を意識してなんていないだろうけど、あまり見せつけるような真似はせず、できるだけ背を向けるようにして風呂場から出た。
まったく、ひどい目にあった。初日からあんな振る舞いができるなんて、どんな神経してるんだ、あの女。
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