第5話 真実を知りたい

「ほら次、シズの番だよ」


 隣に座る絢乃あやのさんにそう言われて、おずおずと立ち上がる長い黒髪の女の子。そのさらさらとした漆黒の髪の手触りが、ここから見ただけでもわかるほどだ。

 何を考えているのかわからないような呆けたような表情が、逆にその人形のような端整な顔立ちを際立たせているようにも思えた。綺麗とか可愛いとかじゃない。この人にとってかける言葉はそんなんじゃない。何が適切かわからなくて、ようやく見つけた言葉が、“整っている”だった。そんな彼女が、少し考えてからゆっくりと口を開き、淡々と話し出した。


芹沢せりざわ静玖しずく。15歳。高校一年生です。絢乃のお姉ちゃんです。絢乃のこといじめたら、許さないからね」


「ありがと、シズー! でも大丈夫。わたし強いから、自分でやっつけるよ」


 そんな物騒なことを言いながら、静玖さんと入れ替わって立ち上がったのは絢乃さん。彼女が末っ子だったのか。そんな一番の年少者で、一番の怖い者知らずのようで、一番の百戦錬磨のような彼女は、これまで一体どんな経験をしてきたのだろう。


「愛されし末っ子、七女の絢乃でーす! あ、静玖とは双子だよー。だから同い年。でもこれがやっぱり異父姉妹なんだよね。一周回って面白いでしょ?」


 いや、何も面白くないが。


「あやのんは万能の天才ちゃんだから、たくさんこき使ってあげてね。たぶん本人もその方が嬉しいと思うから」


「ちょっとルリ姉?! それだとわたし、めっちゃマゾっぽいじゃん!」


 否定はしないようなので、何か面倒なことがあったら絢乃さんに押し付けることにした。瑠璃子るりこさんの言う通り、頭は良さそうだし、さっきも調理を手伝ってもらったが手先も器用そうだった。頼りがいがあるかはともかく、能力的には何でもこなせそうではある。


 そして順番的に最後はオレの番な気がしたので、最後に自己紹介をするべく立ち上がった。


堀木ほりき凛太郎りんたろうです。今年で14になります。取り柄とかは特にないですけど……なんか、心象虚像ゴースト? っていうのが見えるらしいです」


 オレの自己紹介の後で、一同は凍り付いたようにこちらを凝視したまま言葉を発さない。それぞれがそれぞれの感情を内に秘めて、こちらを見つめてくる。


 あれ、これ言わない方が良かった感じ……? そう思っても、今更遅かった。


「まあそういうわけだから、それに関して話すと長くなっちゃいそうだし、先にご飯を頂こうよ。ね?」


 事情を知っていた瑠璃子さんが沈黙を割って、息苦しいような空気を変えてくれた。彼女も、まさかこのタイミングでオレがその話を持ち出すとは思っていなかったようだ。必要以上に気を遣わせてしまって申し訳ない。


「はい、じゃあ、いただきます」


 彼女が半ば強引に話題を食事に向けて、それぞれが沈黙したまま夕食にありつく。オレの一言のせいで、空気が重い。せっかくの夕食なのに。皆それぞれに思うところがあるようで、互いに視線も合わせようとしない。


 ところが霧摘むつみさんが麻婆豆腐を口にしたところ、熱っ、と声を漏らしたことで、堰を切ったように皆が徐々に声を出すようになった。


「もう熱くないでしょ。結構経ってるよ?」


「うるさいですわ。どうせ調つき姉様にはわからないですわよ」


「別にわかりたくないし」


 二人が言い合っている間に、オレの隣に座る可淑かすみさんが、リビングに聞こえないように声を抑えて話しかけてきた。

 隣に座っている時から感じていたいい匂いが、少し近付いたことで一気に鼻腔に入り込んでくる。意識しないようにしていても、匂いが肺を満たすほど、思考は彼女の存在で一杯になっていく。


「……心象虚像が見えるって話、瑠璃子は知ってたの?」


 意識しないよう意識しないようにと努めて、話の内容に集中する。

 たぶん瑠璃子さんたちには聞かれたくないんだと思って、オレも彼女に合わせて声のボリュームを落として返した。


「今日、家に帰る前に偶然会ったんですよ。そこで教えてもらったんです」


 心当たりがあったのか、あの時か、と呟いて、小さくため息を吐く可淑さん。


「わたしたちのことは、聞いた?」


「心象虚像をどうにかできるってことは聞きました。でも、それ以上は何も」


 どうやら彼女の想定する肝心のことは伏せられていたらしく、ならいいの、とだけ言われてしまった。


「たぶん、瑠璃子は君を巻き込もうとしてるわ。一度知って、踏み込んでしまったら後には戻れないことに」


 それはなんとなくわかる。あの黒い影のこと、瑠璃子さんたちのこと、本当のことを知りたい。だけど、それを知ってしまったら、オレに普通の日常はなくなる。今日みたいな事件を日常に、生きていくことになる。そんな気がしているのだ。


「引き返すなら、今よ。わたしが瑠璃子に君を巻き込まないよう言ってあげる。もし君を巻き込むことになっても、わたしたちは君の安全を保証できないわ。だから、よく考えて」


 そう言われても、オレの答えは既に決まっていた。もしオレの安全が保証できなかったとしても、オレのこの好奇心はもう止められない。だってそうだろう。オレにしか見えていなかったものの真実を知れるかもしれないんだ。オレの知らない世界があって、オレはそこに踏み出す機会を与えられている。これを思い留まる理由があるだろうか。


「大丈夫です。オレの心はもう決まっていますから。心配してくれてありがとうございます」


 オレの答えを聞いて、そう、と少し残念そうに顔色を落とす。と思ったら、彼女は少し呆れたように、控えめに微笑んだ。


「まあ、気持ちはわかるわ。わたしも同じ立場なら、きっと真実が知りたくて仕方ないだろうから。だから、知り得た真実がどんなものだったとしても、後悔はしないことね」


「はい。ありがとうございます」


 それ以降は、適当に世間話をする彼女たちが時折オレに話を振ってくれたりして、少しだけ距離も縮まった気がする。


 可淑さんの言う通り、霧摘さんも別に言うほどオレのことを毛嫌いしているわけではなく、普通に話してくれていた。少し言葉が嫌味たらしくて、気が強いだけのようだ。



 そして食器の後片付けをしている間に、彼女たちには先にお風呂に入ってきてもらった。これだけの人数がいると、いっぺんに入るというわけにもいかないし、お風呂もそれなりに時間がかかる。光熱費とかもどうなってしまうんだろうか。父さんからは彼女たちからも生活費は負担してもらうようには言われたが、今日の夕食のことを考えても、金額のことはあまり考えたくないな。

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