第4話 七人の異父姉妹
程なくして、夕食の支度が整った。オレだけではこれだけの量をこんなに早くはできなかっただろう。冷蔵庫の食材はほとんどなくなってしまったが、また明日買ってくればいい。それに、別にオレがやらなくてもいいんだ。この家で暮らす八人の誰かが行けばいい。そう思えるだけで、だいぶ気が楽になった気がする。
ダイニングのテーブルは四人掛けの大して大きくないものだから、リビングのテーブルとに分かれて夕食を取ることになった。彼女たちもいつまでいるかわからないから、家具を新調するというわけにもいかないし、しばらくはこの形式が続くことになりそうだ。
それでも箸やスプーンの数はギリギリだし、小物類は早々に買い物に行かないといけないな。
やがて、絢乃さんがぞろぞろと残りの姉妹を引き連れて二階から戻ってきた。適当な席に着いてもらって、ようやく夕食だ。一人で食べていた時とは違って、なんて手間がかかって騒々しいんだ。だが悪い気はしない。それどころか、この賑やかさに心が弾んでいる自分もいた。
「みんな、ちょっと聞いて。今日からしばらくお世話になるんだから、食事の前に、きちんと自己紹介して、挨拶しておくべきだよね?」
リビングの方にいる
「じゃあ、まずはわたしから。さっきも自己紹介したけど、改めてね。長女の瑠璃子です。一番小っちゃいけど、わたしが一番上です。たくさん迷惑かけちゃうと思うけど、これからよろしくお願いします」
礼儀正しく、わざわざ立ち上がってお辞儀をしてくれたので、オレもつられて会釈を返した。
オレはまるで学校さながらに、挙手をして彼女に質問を投げかけてみる。彼女も彼女で、はい、
「えっと、失礼を承知で……いくつ、なんですか?」
「え~、いくつに見える~?」
「そういう面倒くさいのいいから教えてあげなよ。困ってるじゃん」
可淑さんがダイニングの方から声を飛ばして
「えーっと、こう見えても21です。一応大人なんだから、凛太郎くんはわたしのこと、子ども扱いしないでね?」
オレ
思わず苦笑いを返すと、次にオレの隣に座っていた可淑さんが、彼女もわざわざ立って自己紹介してくれる。
「順番的に、次はわたしかしら。次女の可淑です。瑠璃子と同じ21歳で、双子の妹です、一応。一番しっかりしてるって覚えてくれればいいよ」
「いやいや、一番頭が固いの間違いでしょ」
瑠璃子さんの向かいに座っていた絢乃さんが、思わずそう溢してから、しまったと慌てて口を押える。……どうもわざとらしい。わざと聞こえるように言ったのか? 嫌な面を見てしまった気がする。
「双子ってもっと似てるのかと思ってましたけど、違うんですね。二卵性双生児ってやつですか?」
いや、違う。二卵性双生児でも、もっと似てるはずだ。彼女らは、普通の姉妹程度も似ていない。はっきり言ってしまえば、他人同士レベルで似ていない。
オレの質問から言わんとしていることを察してくれたのか、可淑さんは瑠璃子さんとアイコンタクトを交わしてから、小さく息を吐いて、話してくれた。
「実はわたしたち七人は、全員が異父姉妹なの。だから双子でも、あんまり似てないのよ」
待てって、異父姉妹の双子って、それはつまり……そういうことなのか?
それも七人全員の父親が違うって、彼女らのお母さんは随分とその……破天荒な人なのだろう。なんか、あまり考えたくない想像をしてしまった。彼女らは、その事情を理解していてなお一緒にいる道を選んだのか? どんな気持ちで一緒にいるのだろう。
「事情は色々あるけど、普通に姉妹だから。リンちゃんはそんなに深く考えずに、わたしたちのこと、お姉ちゃんだと思ってくれればいいよ。ああ、わたしは
可淑さんの自己紹介を打ち切るように勝手に割って入ったのは、綺麗な銀色の髪を、両耳の下でそれぞれ結わえたお姉さん。彼女は明らかに顔立ちも体格も日本人離れしていて、会った時から血の繋がった姉妹ではないのだろうと思っていた。
本人たちがそう言うなら、たしかに外野がとやかく言うことじゃない。だが、本人が希望していても、“ひーちゃん”と呼ぶのは遠慮したい。
オレが反応に困っているのを察してくれたのか、柊菜さんを制するように、オレの向かいのお姉さんが立ち上がる。さっき夕食作りを手伝ってくれた長い黒髪の、調子さんだ。
「はいはい、次はわたし。そうか、そういえばさっきは自己紹介してなかったな。四女の調子。17歳。さっきのあいつはわたしの一つ上ね」
「あー、ツキちゃん、あいつとか言うんだ。お姉ちゃんに向かって」
「悪かったよ。口が滑っただけだから」
怒っているようなのに、柊菜さんはほとんど表情を変えない。ほんのり微笑んだままで、ちょっと怖い。対して調子さんは、そんな柊菜さんに対して明らかにわざと“あいつ”呼ばわりしていた。謝っている風なのに、“口が滑った”というのは本心ってことじゃないか。
さっきの可淑さんへの絢乃さんの一言もそうだが、この姉妹、実は結構ギスギスしてるのか? 一緒に暮らしていくんだから、そういうのは勘弁してほしい。父親が違うとか、正直そんなことよりもオレにとっては気持ちよく毎日が過ごせるかどうかの方がよっぽど大事だ。
瑠璃子さんの隣の柊菜さんと、オレの向かいの調子さんが席に着いて、今度は入れ替わるように調子さんの隣の小柄な子が立ち上がる。きらきらと輝くような金髪の女の子。ハーフアップにされたその髪色は、金色というよりは小麦色というか、少し茶色みのある金だ。柊菜さんに比べれば顔立ちは日本人らしい。彼女もハーフなのだろうか。
瑠璃子さんはともかく、ここまでやけに胸元のボリュームのある面々が続いたから、ようやく目線を意識しなくても大丈夫そうな人が来てくれた。そんなことを言ったら絶対失礼だから、口には出さないけれど。そんなオレの心の余裕を察したのか、彼女はちょっとムスッとしたように名乗った。
「五女の
あからさまに機嫌が悪く棘のある言い方をされ、オレの方もムッとして返してしまった。
「お子様で悪いけど、ここはオレの家で、あなたたちは居候だってことは忘れないでくださいね。今のこの家で一番権力があるのはオレですから。それなりの待遇を求めたいなら、態度は考えた方がいいと思いますよ」
「あらあら、大した亭主関白っぷりですこと。これだからお子様は。それで、あなたに媚びへつらうとどんないいことがあるんですの?」
勢いで反論してしまったはいいが、正直年上と言い合って勝てる気はしない。どんないいことって言われても、特に考えているわけでもない。それにしても、ああ言っても退くどころかさらに刃向かってくるなんて、よっぽどオレのことが嫌いか、身の程を理解していないかなんだろう。
「それは、自分の身をもって確かめたらいいんじゃないですか?」
苦し紛れに言ったつもりだったが、それ以上言い返すことができなかったらしく、霧摘さんはおとなしく席に着いた。それ以降、オレと目を合わせてはくれなくなったが。
「こんなにツンツンしてるけど、ちょっと素直じゃないだけなのよ。きっと仲良くしたいと思ってると思うから、嫌いにならないであげてね?」
「な、何を言いますの、可淑姉様! 適当なこと言わないでくださいまし! もう姉様なんて嫌いですわ!」
ほらね、と可淑さんに意味深にウインクされるが、何が“ほらね”なのかわからない。今嫌いって言ってたぞ。
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