第2話 運命的な再会
「本当は君の緊張を解くためにちょっとした世間話から始めてあげたいんだけど……、わたしもこの後待ち合わせの時間があるんだ。だからごめん、単刀直入に聞くけど——君、
「心象虚像……?」
「うっそ、ルリ姉、それ
何故かオレよりもあやのんの方が驚いている。オレはと言えば、“心象虚像”なる言葉を初めて聞いたわけで、そのことの重大さがよくわからなかった。だが、聞いたことはなくても、その言葉が指すものはなんとなくわかった。聞いたことがなかったのは、それが見える人に今まで出会わなかったからだ。
「心象虚像って……黒い影みたいなやつのことですか?」
「え……
あやのんの問いに、ルリ姉は得意そうに胸を張って答えた。
「改めて聞くと、わたしもびっくりだよ。この子、心象虚像に呑まれる時、身を庇ったの。見えてないとそんなことできないでしょ? あ、ちなみにその時助けたのはわたしです! お礼はお話聞かせてくれたから、チャラってことでいいからね」
確かに、あの影が見えていなければ不自然な行動だ。いやそれよりも、あの影を消し飛ばしたのが彼女の仕業ということに、オレは驚いていた。
オレには見えるだけで、何もできないのだと思っていた。でもあの影をどうにかすることが、人に可能なのだ。それがわかっただけでも充分だし、どうにかその方法も教えてもらえたりはしないだろうかと、淡い期待を抱いていた。
「でもその様子だと、ルリ姉のことは見えてなかったんだ。だったら、
「かもねー。何にしても、この子の力は貴重だよ。どうしても後手を踏んでしまうわたしたちが、先手を取って動けるようになるかもしれない」
「って、ルリ姉、そろそろ時間マズいんじゃない?」
何か口を挟むタイミングもなく、二人だけで話が進行していく。二人の話についてはいけないが、何かヒントになるかもしれないと耳を傾けていたオレは、あやのんの言葉につられて一緒に広場の時計を見る。針が示す時刻は十五時ちょうどだった。
「そうだった! えっと……これ! わたしの連絡先! 今日みたいなものがまた見えたら、連絡ちょうだい。すぐ行くから! わたしたちなら、あれを何とかできるから! ごめんね、こんな一方的で。お話聞かせてくれてありがとう。じゃあ、またね!」
「あ、ちょっ……」
オレの返事も聞かず、彼女らは自分の連絡先を書いたメモを押し付けて、慌てたように駅前の方へ駆けていった。
……この時計、二十分くらい早いんだけどな。念のためスマホのロック画面を見れば、時刻は十五時の二十分前。だいぶ前からのことではあるが、やっぱりまだ直されていない。それを知らないってことは、彼女らはこの町の人間ではないのだろう。あの影を退治して回っているのだろうか。まるでヒーローみたいだ。カッコよくて、憧れる。そんなことを思いながら、慌ただしく去っていくその背中を見つめていた。
◆◇
オレも今日は予定があったので、少し急ぎめに帰ることにした。
今日は父さんの知り合いが家に来るらしい。といっても、当の父さんは仕事でしばらく家を空けており、今どこにいるのか知らないし帰ってくる予定も聞いていないけれど、いいのだろうか。さすがに今日に合わせて帰ってくるんだろうと思ってはいるけれど、年単位で帰ってこない父さんのことだ。もしかしたら帰ってこないのではないかとも思っていた。
この間 電話があって、二階を掃除しておくように言われた時は何事かと思った。父さんはいつも肝心なことは言わないですぐ電話を切ってしまう。そのくせ、こっちからかけるとほとんど繋がらない。
家に着くと、ちょうどその父さんから電話がかかってきた。
「父さん、今どこにいんだよ? 知り合いの人が来んの、今日だろ?」
『ごめんごめん。今ベトナム。またちょっと、しばらく帰れそうになくてさ』
……国内にすらいないのかよ。ろくに連絡も寄越さないまま各地を転々とするにも限度ってものがあるだろ。
「はぁ? 知り合いの人はどうすんだよ」
『そのことなんだけど……しばらく泊めてやってくれ。父さんの知り合いの娘さんなんだ。その知り合いの人は……しばらく帰れそうになくてな。ちょっと複雑な事情があって、娘さんにも他に身寄りがいないそうなんだ』
「そんで、うちの二階が空いてるから住まわせてやろうって?」
そういえば、ずっと使わないままになっている二階を使って民宿でもやるかと、前に帰ってきた時に父さんが言っていた。その話はまだ生きていたのか。父さんは家に帰ってこないから、オレの仕事が増えるだけだと却下したはずなんだけど。
『そういうこと。生活費は彼女たちからもらってくれって言われてるから、それを足しにするといい。――ああ、悪い。そろそろ仕事に戻るから。じゃあそんな感じで、頼むな』
「あ、ちょっ、待っ……」
またこのパターンか……。こっちの話など聞かず、また勝手に切りやがった。仕事の合間を縫ってかけてきてくれてはいるんだろうけど、もう少し時間に余裕のある時に話はできないもんだろうか。
それにしても、彼女
そんなことを思っていると、家のインターホンが鳴る。もう来てしまったか。オレもさっき帰ってきたばかりで、まだ何の準備もしていないのに。と言っても、別に準備するようなものもないけれど。
インターホンのモニターを見てみると、スーツケースを持った若い女の人がぞろぞろと映り込んでいる。……ちょっと待て、本当に何人いるんだ?
念のため、インターホンに出て相手を確認してみる。もしかしたら父さんの知り合いの人じゃないかもしれない。いや、そうであってくれ。
「はい」
『あ、すみません、
間違いない。父さんの知り合いの娘さんたちだ。オレは諦めて玄関の鍵を開け、彼女たちを出迎えた。
「えっと……いらっしゃいませ? 堀木向太郎はオレの父で、あいにく留守にしてまして……。お話は聞いていらっしゃいますかね。とりあえず二階へ案内するよう言われてますので、どうぞお使いください」
こうして直接対面して見ると、みんな芸能人か何かかと思うほどの美人揃いだ。中には金髪の人や銀髪の人もいる。彼女らは地毛なのだろうか。
よくよく考えれば、この人たちがうちの二階で一緒に暮らすって、結構大変なことになっているのでは? 現実感がなくて実感が湧かなかったから、さっきまではそこまでの緊張感がなかったが、今は違う。こうして目の前で靴を脱いで、うちに上がってくる彼女たちを見て、これは現実なのだと徐々に思い知っていく。
そんなオレの気など知らぬであろう彼女たちは、お邪魔しますと口々にオレに声をかけながら、荷物を持って二階へ上がっていく。二階は三部屋ある。数えてみたところ、全員で七人のようだ。さすがに一人一部屋は用意できない。部屋割りは彼女らに決めてもらおう。
すると、互いに目が合った時、思わずあっと口に出してしまった。
「君、さっきの! すごい偶然だね!」
さっき駅前で会ったルリ姉とあやのんが、娘さんたちの中にいたのだ。こんなことってあるだろうか。
「わたし、
ルリ姉こと瑠璃子さんが丁寧に頭を下げてくれて、隣のあやのんこと絢乃さんも続けて頭を下げた。年上の人に頭を下げられるというのがなんだか慣れなくて、オレもつられて頭を下げてしまう。
頭を上げた瑠璃子さんが、君は? と聞くので、オレはそこで自分が名乗っていなかったことにようやく気が付いた。
「堀木
「よろしくね、凛太郎くん」
「こちらこそ、よろしくお願いします。あの……何か不都合があれば何でも言ってください。皆さんはお客様ですから」
そんないいのに、と言っているうちに絢乃さんに置いていかれてしまった彼女は、慌てて二階へ駆けていってしまった。
「ちょっと、あやのん! なんで置いてくのー!」
「ほら早くしないと、勝手に部屋決められちゃうよー?」
勝手に部屋割りを決められるのは嫌らしい。
彼女たちはどういう関係で、どういう仲なんだろうか。娘さんたちということだから勝手に姉妹だと思っていたけど、あまり似ていなかった気がする。そもそも娘さんたちの“たち”って、どういう意味だったんだろう。これだから父さんは言葉足らずで困る。
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