第17話「舞踏会の誘い」

夕陽が西の空を赤く染める中、亮は広大なエドワード公爵家の庭園を見下ろしていた。昨夜の試練の疲れは残っているが、今夜は貴族たちが集まる舞踏会が控えている。華やかな場だが、亮の胸には一つの考えが渦巻いていた。


アリアをダンスに誘う。


彼女の冷たく尖った態度の裏に孤独が隠れていることに気づいた亮は、少しでも彼女が楽しい時間を過ごせるようにしたかった。しかし、彼のような平凡な男がどうやって彼女を楽しませられるのか、確信はなかった。


「まあ、誘うだけ誘ってみるか」


亮は意を決してアリアの部屋へ向かった。


アリアの部屋へ


ノックをすると侍女が応じ、亮を部屋の中へ通した。ドレスに着替え終えたアリアが鏡越しにこちらを見つめる。その姿は、純白と淡いブルーのドレスを身にまとい、緩く巻かれた金髪がまるで宝石のように輝いていた。


「何の用かしら?」


振り返ったアリアは、いつものように冷たさを含んだ声で問いかけてくる。その表情に若干の疲れを感じるが、それでも彼女の美しさは際立っていた。


「いや、その…すごく似合ってるな、ドレス」


亮が不意に褒めると、アリアは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに顔を背けた。


「何を言ってるの?そういうのはもっと自然に言えないの?」


「う…ごめん。でも、本当に似合ってると思ったからさ」


亮が苦笑いしながらそう返すと、アリアはつんと鼻を鳴らして再び鏡越しに視線を合わせた。


「まあ…当然よね。これを着こなせる人はそう多くないもの」


その言葉とは裏腹に、耳がわずかに赤く染まっているのを亮は見逃さなかった。


ダンスへの誘い


亮は気を取り直して本題に入る。


「今夜の舞踏会、俺と一緒に踊らないか?」


その言葉にアリアは一瞬動きを止め、目を丸くして振り返った。


「…何を言っているの?」


「そのままの意味だよ。せっかくの舞踏会だし、ダンスの一つくらい一緒にどうかなって思ってさ」


「…わざわざ私を誘うなんて、酔狂なことをするのね。他に踊りたがっている子がいるんじゃない?」


「そんなの気にしてないよ。俺は君と踊りたいから誘ってるんだ」


亮のまっすぐな言葉にアリアは溜息をついた。


「面倒くさいわね、あなた。普通ならそんなこと、私に頼まないでしょうに」


「そうかな?俺は別に普通じゃなくていいと思うけど」


その返答に、アリアはしばらく亮をじっと見つめた後、小さく肩をすくめた。


「…まあいいわ。そこまで言うなら付き合ってあげる。どうせ踊らないと場が持たないでしょうし」


「ありがとう」


亮がほっとした顔を見せると、アリアは少しだけ頬を膨らませて言った。


「でも、あなたのダンスがひどかったら、すぐにやめるからね」


「了解。できるだけ君の足を踏まないように頑張るよ」


「それくらい当然よ」


言葉は冷たいが、その声のトーンはどこか柔らかく、亮に対する小さな信頼のようなものが感じられた。


舞踏会の幕開け


夜が訪れると、エドワード公爵家の大広間には煌びやかな装飾と豪奢な服装に身を包んだ貴族たちが集まり、舞踏会の幕が上がった。シャンデリアの光が会場を柔らかく照らし、豪奢な空間が広がっている。


亮は黒のスーツを身にまとい、少し緊張しながらアリアを待っていた。そして、ついに彼女が姿を現す。


「お待たせ」


入り口から現れたアリアは、一瞬で会場の視線を集めた。彼女の姿はあまりに美しく、言葉を失う者もいるほどだった。亮はそんな彼女を見て、つい声をかけた。


「やっぱり、すごく似合ってる」


アリアはちらりと亮を見て、「当然でしょ」と短く返す。


「それじゃあ、行こうか」


亮が手を差し出すと、アリアは少しだけ迷うような素振りを見せたが、結局その手を取った。


「仕方ないわね。せっかくだから付き合ってあげる」


二人はダンスフロアへと進み、音楽が始まる。亮はぎこちないながらも、彼女に合わせて一生懸命ステップを踏む。


ダンスフロアでのひと時


「足元が危ないわよ。練習くらいしてこなかったの?」


「悪い、練習する時間なんてなかったんだよ」


「はあ…全く、しょうがない人ね」


そう言いながらも、アリアは亮の動きに合わせてくれる。次第に亮も慣れ、ダンスのリズムが二人の間で徐々に合い始めた。


「ありがとう、アリア」


「何が?」


「君と踊れて嬉しいよ」


亮の率直な言葉に、アリアは少し驚いたように目を見開き、すぐに視線を逸らした。


「…変な人。でも、まあ悪くないわ」


最後の言葉は小さな声だったが、確かに亮の耳に届いた。その瞬間、彼は笑みを浮かべた。


周囲の視線を気にすることなく、二人の時間は穏やかに流れていった。

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