第4話 破滅フラグ発動!?悪役令嬢を守るための初試練

エドワード公爵家の生活にも少しずつ慣れてきた。朝には侍女たちが起こしに来て、昼には執事から次の予定が知らされる。すべてが形式的で、誰も俺を本当の早川亮として見ていないことに多少の違和感を覚えつつも、異世界での生活というのはこんなものだと割り切るようにしていた。


ただ、この日ばかりはいつもとは違っていた。朝食を終えた後、執事が静かにやってきてこう告げたのだ。


「本日、エドワード家にはゲストがいらっしゃいます。アリアお嬢様のかつての友人である、リリー・アシュフォード嬢です」


リリー・アシュフォード──その名前に、俺は冷や汗を感じた。彼女は乙女ゲーム「夜明けのラプソディー」においてアリアの破滅フラグに深く関わるキャラクターで、いわば「ライバルヒロイン」とでも言うべき存在だ。


ゲームの中で、リリーはアリアの悪役令嬢としての性格や行動に対して激しい反感を抱き、ことあるごとに彼女を非難する立場にいた。リリーの登場によって、アリアは周囲から孤立し、破滅への道を歩まされることになる。


「リリー・アシュフォード…彼女が今日来るのか」


俺がそう呟くと、執事は一瞬だけ不思議そうに首をかしげたが、何も言わずに去って行った。俺の頭の中には、リリーがどのようにアリアを追い詰めていくのか、ゲームの展開が鮮明に蘇る。ここで何もせずに彼女に会わせるのは、アリアにとって破滅フラグを一歩進めることに他ならない。


俺はすぐにアリアの部屋を訪れ、彼女にリリーの来訪について伝えた。


「アリア、リリー・アシュフォード嬢が今日訪れるらしい。大丈夫か?」


アリアは一瞬、驚いた表情を浮かべたが、すぐに冷静な顔つきに戻った。


「リリーが…そう。別に何の問題もないわ。彼女も私と同じ公爵令嬢としての立場を持っている。互いに敬意を持って接するべき相手よ」


その口ぶりからすると、アリアはリリーとの関係に特に問題を感じていないようだ。もしかすると、彼女はリリーが自分の破滅に関わる人物だとは気づいていないのかもしれない。


「でも、リリーは…君に対してあまりいい感情を持っていないんじゃないか?」


俺が心配そうに尋ねると、アリアは少し微笑んだように見えたが、すぐにその表情を消して冷静な口調で答えた。


「亮君、あなたが私のことを心配してくれるのはありがたいわ。でも、私はエドワード家の令嬢よ。どんな相手が来ようと、毅然とした態度で迎えるべきだと思っているの」


彼女の強がりは痛いほど分かるが、俺としてはやはり不安を拭いきれない。だが、アリアがそこまで覚悟を決めているのなら、俺も彼女を支えるしかない。


しばらくして、エドワード公爵邸の大広間にリリー・アシュフォードが到着した。彼女は小柄で愛らしい顔立ちの少女で、その瞳にははっきりとした意思が宿っていた。ふわふわとした金髪が光を浴びてきらめいており、まさに「ヒロイン」の風格を漂わせている。


「アリアお嬢様、久しぶりですね」


リリーは微笑みながらアリアに挨拶をするが、その目にはどこか冷たさが感じられた。アリアもまた、冷静に微笑みを返しながら応じる。


「リリー、久しぶりね。今日はどうしてまた私のところに?」


「ええ、単にお話ししたかっただけですわ。幼い頃からの友人として」


その言葉は一見すると友好的に聞こえるが、俺にはリリーの本当の意図が読めていた。ゲームのシナリオでは、リリーはアリアの過去の「友人」でありながらも、次第に彼女に反感を抱き、破滅に追い込む一因となる。ここでアリアが少しでも感情を揺らしてしまえば、リリーの意図通りに破滅フラグが立ってしまうだろう。


俺は二人の会話に緊張しながら耳を傾けていたが、リリーがふと俺に視線を向けた。


「あら、そちらの方はどなたかしら?」


その質問に、アリアが少しだけ視線を逸らしながら答えた。


「彼は…私の婚約者よ。早川亮」


その一言に、リリーは驚いたような表情を浮かべた。どうやら彼女はアリアに婚約者がいることを知らなかったらしい。


「まあ、婚約者ですって?それは驚きましたわ。アリアお嬢様が婚約なさっていたなんて」


リリーの口調は穏やかだが、その瞳には嫉妬と疑念が見え隠れしていた。彼女にとって、アリアが婚約者を持つことは意外であり、なおかつ気に入らない事実であるようだ。


「ええ、亮君は…私の隣にいるのにふさわしい人よ」


アリアはそう言って俺の腕に軽く手を添えた。その手の温もりに驚きつつも、俺はその場にいる全員に向けて微笑み返すことで、彼女の言葉を肯定した。


「リリーさん、俺はアリアを支えるためにここにいます。彼女がどんな状況にあっても、俺が彼女を守るつもりです」


その言葉を聞いたリリーは、さらに驚いた様子で俺を見つめた。しかし、その表情には不満と嫉妬が明確に表れていた。


「まあ…そうですの。それは素晴らしいことですわね」


リリーは表情を取り繕い、無理やり微笑んでみせたが、その内心は穏やかではないだろう。彼女がアリアに抱く感情は友愛だけでなく、競争心と嫉妬が入り混じっているようだ。


その後もリリーは様々な話題を持ち出し、アリアに対して挑発的な言葉を投げかけた。彼女の言葉は一見すると礼儀正しいが、そこには皮肉や冷笑が隠れており、アリアを試すかのようだった。


「アリアお嬢様、あなたの立場もいろいろと大変そうですね。悪役令嬢として周囲から見られることも少なくないでしょう?」


リリーがそう言った瞬間、俺は背筋が凍りつくような感覚に襲われた。彼女は明確にアリアを「悪役令嬢」として位置づけ、その立場を揺さぶろうとしている。


アリアも一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに冷静な笑みを浮かべて答えた。


「確かに、私は悪役令嬢として見られているわ。でも、それもまた私の選んだ道よ。リリー、あなたには分からないでしょうけれど、私は自分の誇りを守るためにこの道を歩んでいるの」


アリアの言葉には毅然とした決意が感じられた。リリーの挑発にも動じない彼女の強さを見て、俺は心の中で彼女を誇らしく思った。


「そうですか…まあ、それもあなたの生き方なのでしょうね」


リリーは表面上は微笑みながらも、その目には明らかに嫉妬と敵意が込められていた。これ以上ここにいることはアリアにとって有益ではないと判断し、俺は意を決して口を開いた。


「リリーさん、今日はここまでにしておきましょう。アリアも少し疲れているようですし、また次の機会にお会いできればと思います」


リリーは俺の言葉に一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに礼儀正しく微笑んでうなずいた。


「ええ、そうですね。またお会いしましょう、アリアお嬢様。それでは失礼いたします」


リリーが去っていくと、アリアは深いため息をついた。彼女もまた、内心ではリリーとの会話にかなりの緊張を強いられていたのだろう。


「亮君、助かったわ。あなたがいなかったら…私は…」


彼女がそう言いかけた瞬間、俺は優しく彼女の肩に手を置いた。


「アリア、俺は君を支えるためにここにいるんだ。何かあれば、いつでも俺に頼ってくれていい」


アリアは少しだけ目を潤ませながらうなずき、俺の言葉を受け入れてくれた。こうして、俺たちは初めての試練を乗り越えたのだった──。

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