第3話 孤独な悪役令嬢と、婚約者の誓い

夜会が終わり、俺たちはエドワード公爵邸に戻った。アリアと隣同士の席に座りながら、あの豪華な夜会の場で俺が感じた違和感が頭から離れない。アリアは平然とした表情を崩さず、相変わらず冷たい雰囲気を漂わせているが、その背後には彼女だけが背負っている何かがあるように感じられる。


俺はこの世界に来てから、アリアを「救う」と決めた。しかし、それがどういう意味を持ち、どのように実行するべきかがまだ見えていない。彼女の冷酷な態度には何か隠された理由があるはずだと感じているのだが、それを引き出すのは容易ではなさそうだ。


「…亮君」


突然、アリアが小さな声で俺の名前を呼んだ。彼女が自ら話しかけてくるのは珍しいことだ。思わずドキリとする。


「なんだ?」


「……その、今日はありがとう。あなたの言う通り、確かに私は少し疲れていたわ」


驚いた。彼女が自分の感情を表に出すことは滅多にない。それが「ありがとう」だなんて、俺には信じられないほどの変化だった。


「いや、俺は何もしてないよ。君があの場で堂々としてたから、俺も恥をかかずに済んだんだ。むしろ、俺の方が助けられたっていうか…」


「謙遜する必要はないわ。あなたはちゃんと婚約者としての役割を果たしていた。それに……」


そこまで言って、アリアは言葉を飲み込んだ。だが、その目には何かしらの期待や不安が混じっているようだった。彼女はいつも冷たく装っているが、その仮面の下には何か別の感情が隠れている気がする。


「それに、何?」


俺が問いかけると、アリアは一瞬だけ視線を外し、冷静を装ったまま続けた。


「……あなたが私のことを気にかけてくれるのは、少しだけ…嬉しいと思ったわ」


その一言が心に響いた。彼女が抱える孤独は、俺が想像していた以上に深いものなのかもしれない。悪役令嬢として、彼女は常に周囲から冷たく扱われ、誤解されてきたのだろう。そんな中で誰かが自分に手を差し伸べてくれることに、少しでも心が動くのは当然かもしれない。


「アリア、俺は君を守るよ。君がどう思ってるかは分からないけど、少なくとも俺は、君を破滅の運命から救いたいと本気で思ってる」


俺の言葉に、アリアは驚いた表情を浮かべた。彼女は何かを言いかけたが、すぐに視線を逸らして口を閉じた。そして、少しだけ頬を赤らめながら小さく呟く。


「……愚かなことね。破滅の運命なんて、ただの物語にすぎないわ。私はそんなものには屈しない」


彼女の言葉には強がりが混じっているように思えた。だが、その強がりの奥には、何かを信じられずにいるような不安も感じられる。彼女が何を考え、何を恐れているのか、もっと知りたい──そう思った。


翌朝、俺はアリアの部屋を訪れた。昨夜の会話がきっかけで、俺はもっと彼女のことを知りたいと感じたのだ。彼女は冷たく振る舞っているが、その裏には必ず理由があるはずだ。


「アリア、ちょっと話があるんだけど、時間をもらえるかな?」


部屋のドア越しに声をかけると、少し待ってから扉が開かれた。アリアは少し不機嫌そうに俺を見ている。


「こんな朝早くから何の用かしら?」


「いや、君のことをもっと知りたいと思ってさ。婚約者として、俺も君のことを少しでも理解しておきたいと思ったんだ」


俺の言葉に、アリアは少し驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの冷静さを取り戻した。


「そんなことをしても無駄よ。あなたが私を知ったところで、私たちの関係は変わらないわ」


彼女の言葉は冷たいが、その裏にはわずかな戸惑いが感じられた。彼女もまた、誰かに理解されたいと思っているのかもしれない。


「それでも、俺は知りたいんだ。君がなぜ『悪役令嬢』として周りに振る舞っているのか、その理由が知りたい」


そう言うと、アリアはしばらく黙って俺を見つめた。何かを決断するような眼差しだった。そして、やがて彼女は口を開いた。


「……そうね。どうせ、あなたにはいずれ話さなければならないでしょうから」


アリアは俺を部屋に招き入れ、そして重い口調で話し始めた。


「私はこの国の公爵家の令嬢として育てられたわ。でも、エドワード家に生まれたというだけで、周囲からは期待と嫉妬、そして敵意を向けられる。だから、私は『悪役令嬢』として振る舞うしかなかった」


彼女の言葉には深い悲しみが込められていた。貴族の世界では、表面上は礼儀正しく見えても、その裏では陰湿な陰謀が渦巻いている。彼女はその中で自分を守るために、冷酷な仮面をかぶり続けてきたのだろう。


「でも、それが本当に君の望んだことなのか?」


俺が尋ねると、アリアは少しだけ眉をひそめた。


「私の望み?そんなもの、存在しないわ。ただ、私はエドワード家の誇りを守るために生きている。それが私の存在意義よ」


彼女はそう言い切ったが、その瞳にはどこか寂しさが宿っていた。彼女は「エドワード家の誇り」を守るためだけに生きていると自分に言い聞かせているのかもしれない。本当は、彼女も誰かに愛され、理解されたいと願っているのではないか?


「アリア、俺は君の婚約者だ。だから、君がどんな思いを抱えているのか、少しでも理解したいと思ってる。それだけじゃダメか?」


俺の言葉に、アリアはわずかに頬を赤らめた。そして、少しだけ視線を逸らしながら、小さな声で答えた。


「……勝手にすればいいわ。でも、あなたがそう思うなら、私も少しだけ期待してもいいかしら?」


その言葉に、俺は心の中で小さな達成感を感じた。彼女がわずかでも心を開いてくれたことが嬉しかった。俺は彼女を守ると決めた。それはこの異世界に来てからの俺の決意だ。彼女の運命を変えるために、俺はどんな困難にも立ち向かう覚悟がある。


こうして、アリアとの距離が少しだけ縮まった俺は、この世界での生活に少しずつ適応し始めていた。俺がこの世界に来た理由はまだ分からないが、アリアを救うためにやれることをやるしかない。そして、彼女を取り巻く運命を変えるための道を模索する日々が始まった。


だが、この平穏な時間は長くは続かなかった。俺たちの前には、さらに厄介な問題が待ち受けている──それは、アリアの「破滅フラグ」と密接に関係するものだった。

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