試練!? ねばねばと魔法のスプーン

『はるかちゃ~ん、起きて~』

 まだ薄暗い部屋に、かわいらしい声が響いていた。

『起きてってば~』

 その声の主は、いまだ夢の中で反応のない所有者のまわりを、ふわふわと飛び回りながら目覚まし時計のように呼びかけ続けている。


 ──3分経過──


『ねえねえねえってば~!』

 徐々に声量を上げていくも、はるかは一向に起きない。

『んん~、もう! お寝坊さんにはこうだー!』

 そして、ついにしびれを切らしたスプーンが、実力行使に出た!


 ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺーち!


 そう、あどけなさが残る寝顔を、しつこく叩きまくったのだ。


「なな、何事ーっ!?」


 たまらず跳ね起きるはるか。だが、運悪くぺーち! と叩きに来ていたスプーン凶器とおでこがごっつんこ!!


 べえぇちーん!! と部屋中に衝撃音がこだました。


『あ、ごめ──』

「いった~いっ!?」


 被害者は額を押さえ、ベッドに沈んだ……。



「もう! こんな朝っぱらから一体何なの?」

 時計を見れば、まだ5時である。

『ごめんなさい……』

 はるかの前で、土下座? をするスプーン。本当に申し訳なさそうだ。

「……はあ。もういいわよ。顔を上げて」

 どこが顔かは定かではないが、その言葉に、ぱあ! と破顔? してスプーンは浮かび上がった。

「で、一体なにかな?」

『うん、アイス食べよ!』


 ちゅんちゅん、と窓の外から小鳥のさえずりが聞こえてくる。どうやらすずめも起きだしたようだ。


「……は?」

『だからアイス!』

 寝起きで若干不機嫌なはるかに、スプーンはかまわず続ける。

『あの甘さ、つぼ触り、しゃりしゃり食感……じゅるり……さ、食べましょ?』

「……」

『ひっ!?』

 ジト目のはるかが、無言のまま両手でスプーンをつかんだ。


「今……何時だと思ってるのーっ!?」

『ひゃあああっ!?』

 ばささ、とすずめが飛び去る音が聞こえた。


 可愛らしい薄ピンクのパジャマを纏った鬼瓦が、どたどたと階段をおりて台所に向かう。


「あら? はるか、今日は早いのね?」

 すでに朝食の準備をしているお母さんが、きょとんとしていた。

「おはよう、お母さん」

「はい、おはよう」

 軽くあいさつを交わすと、冷蔵庫へ一直線。

(わくわく!)

 はるかの手の中で、スプーンは目? を輝かせていた。


「あ、お母さん、これ先に食べていい?」

「ん? いいけど……ごはん、まだ炊けてないよ?」

「うん、大丈夫。あ、ねぎだけお願いしてもいい?」

「OK!」


 そしてゆっくりとテーブルに向かう。

(わーいわーい! ア・イ・スっ! ア・イ・スーっ!!)


 イスに座ると発泡スチロールの容器のふたを、べきき、と剥がす。

(ん? べきき?)

 付属のたれとからしは使わない派だ。そっと、お母さんに手渡した。


 ぺぺー、と中のビニールを剥がすと、みにょーん、と糸を引いた。

(ななな、なになに……い、糸引いてるよ!?)

「うん。気にしない気にしない」

 刻んでもらったねぎを投入して、しょうゆをぴゃー、と入れる。

 そして……。

「さ、出番だよ!」

(……ん?)

 茶色いつぶつぶと刻んだ白いねぎが、ぐぐーと近づいてくる。

(きき、きゃー! くっさーい!?)

「大丈夫大丈夫!」

(大丈夫じゃないよ~!? これ、はるかちゃんのお父さんの足の臭い!)

「お父さんと納豆に謝りなさい! って言うか、あんたまだお父さんに会ってないでしょう?」

 独特な臭いにやられて半べそなスプーンを一喝!

(やーめーてー!)

 だが、はるかは懇願するスプーンにかまわず、それに突き立てた!


 にちょ~、とした感覚が、つぼに伝わってくる。

(あ、ああ……お、おえ)

 たまらずえづくスプーン。

「何よ〜? おいしいんだよ、納豆」

 少しだけいじわるく言って、ぐりぐりとかき混ぜていく。

 ねちょねちょねちょ……。

(あ、あ、ああ……あへぇ……)

 そこでついに彼女はこと切れた。



(あ、あれ? なんで?)

 しばらくかき混ぜていると、スプーンがよみがえった。

(ちょっぴり苦いんだけど、ねぎとおしょうゆの風味が相まって……おいしいんだけど!? それに、臭くない……むしろ、食欲を刺激する香りに昇華している……これは、薬味と調味料が合わさったおかげかしら……いえ、そんなことよりはるかちゃん? 白飯はどこですか?)


 現金なスプーンは、乙女らしからぬ食い意地を爆発させ、声を弾ませていた。


 はるかの小さな仕返しは、空振りに終わった。でも、なんだか笑ってしまうはるかであった。

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はるかと食いしん坊な魔法のスプーン 豆井悠 @mamei_you

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