魔法のスプーンとカップアイス
「乙女たるもの、身だしなみが大切よ!」
家に戻ったはるかは、着替えもそこそこに台所に立っていた。
(なな、何をするの?)
その手の中で、スプーンが不安そうにつぶやく。目の前には、ぐらぐらと沸騰するお湯をたたえたお鍋が!
「何って、煮沸よ煮沸!」
(……いや!)
全身全霊をかけたかのような拒否だった。
「いやってあなたねー。地べたにあったんだから、そのまま使えないよ。食べ物を掬うんだから清潔にしないと」
(ん? わたしを……使う? え? わたしで食べ物を……掬う?)
「そ。だってスプーンだし」
(いやいやいや! わたしの話、聞いてました?)
うん、とはるかは頷く。
(じー……でも、その顔は怪しいですね……やっぱり重要な事なのでもう一度言わせてもらいます。いいですか? わたしは、幸せを掬うスプーンなんですよ? 食べ物なんか、掬いません!)
ここだけは譲れない、そんなスプーンの叫びだった。
「えー、騙されたと思って掬ってみようよー」
(いやです!)
「いいじゃんいいじゃん! 何事も経験だよ~。それにおいしいよ~」
スプーンとはるかは、いやです! いいじゃん! の押し問答を永久機関のごとく繰り返した……。
(はあ、はあ……ここ、こんな人、はじめてです……幸せより……食い気だなんて……)
「えー? だっておいしい物を食べたら、それでもう幸せだよ?」
(……食べることが……幸せ? って、あ、え? 何をするんですか!?)
急に慌てだすスプーン。
「何って、このツタ邪魔だからさ、取っちゃうね?」
手加減せずに、ぐいぐいとツタを引っ張っていた。
(きゃー! えっち! すけべ! へんたいさんっ!)
「変態にさん付けって……」
(おお、乙女の衣服に手をかけるなんて最低です!)
呆れるはるかにさらに苦情を述べる。
「いや、衣服って言うかツタでしょ? それにさ、なんか巻き付いてるだけだから、色々見えちゃってるよ?」
(そ、それは……乙女のチラリズムです……!)
ジト目のはるか。
「へー? ほーん? チラリズム、ねえ?」
自分で言ったことに若干の無理があったと自覚しているのか、ぷるぷると震えるスプーン。
(……もう! 茹でたければ茹でればいいんだわ!)
「じゃ、遠慮なく」
言うが早いか、ふんふーん、とツタを丁寧にはずすと、ちゃっぷーん! と熱湯に浸したのだった。
(あ~、いいお湯だった……)
べっぴんさんが、はふ~、と息を漏らす。その身体はぴかぴかと輝き、まるで新品そのものだった。
「でしょ? やっぱお風呂は最高だよね! あ、動かないでね」
慎重な手つきで、ツタを巻いていく。
「こんなもんかな?」
柄尻を起点にして、つぼにかからないように柄だけに巻きつけた。
(……ま、まあまあね)
鏡に映る自分を見て、スプーンはまんざらでもなさそうだった。
「じゃあ、お風呂上りと言えば、これだよね!」
じゃーん、とはるかが何かを取りだした。
(こ、これは……?)
まあるい紙製の青いカップ。見ているだけでなんだか涼しくなってくる。
「カップアイスだよ!」
言ってそのフタを、ぱく、と剥がした。
(……?)
不思議そうに中を覗き込む。そこには、乳白色のきらきらとした塊が入っていた。
(……あ?)
バニラビーンズの甘い香りが、鼻腔? をくすぐる。
「よ~し! いただきまーす!」
スプーンを軽く握って、ふわ、とそれを掬った。
(わわ、わわわわわ~!?)
途端にとろけるような絶叫があがった。
(なな、なんですか? このつぼ触りは!? ひゃっこくて、何て滑らかな……はあ~ん! 甘~い! でも、しつこくない甘さね! それにそれにこのミルクの濃厚な味わいが最高……ん? このしゃりしゃりしているのは……はっ!? これはシャーベット状の氷ですね! そうか、これのおかげであとあじがさっぱりとして……ああ~んっ! いくらでも食べられそう!)
「そいつはよかったね? じゃ、あたしも、と」
はるかが躊躇なくスプーンをぱくり、とやった。
(なな、ひえ~っ!?)
スプーンの絶叫が、はるかの中で暴れていた。
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