はるかと食いしん坊な魔法のスプーン
豆井悠
はるか、魔法のスプーンと出会う
学校からの帰り道、
「……え? これは……スプーン?」
自宅近くの細い道路の真ん中に、それは鎮座していた。
「??」
近寄ってまじまじと見ると、18センチほどの古ぼけた金色のスプーンなのだが……。
「なんでツタみたいなのが絡まってるの?」
柄尻から伸びるミニチュアのような青々としたツタが、その柄に絡まりつぼにまでかかっていた。
「これじゃ食べづらそうね……」
きょろきょろと辺りを窺うが、誰もいない。
「うん、そっとしておこう!」
何だか怪しいと感じたはるかはスルーを決め込んだ、のだが……。
(ああっ、待って待って~!)
「!」
頭の中にいきなりかわいらしい声が響いた!
「……え? なに!?」
びくつきながら、再度辺りをぐるりと見まわす。
「誰も……いない、よね?」
つぶらな瞳の童顔が、みるみる青くなっていった。
(います、いますよ~!)
「ひっ!?」
またしても頭の中を駆けめぐる声に飛び上がった。
「あ~ん、オバケ~っ!?」
駆け出そうとしたが、ツタが足に絡んでいた。
「えーっ!? まじかー!?」
(まじだー!)
「な、なんなのよ~、ていうか誰!?」
半泣きのはるかに、なんだか楽しそうなその声は続ける。
(誰って、お姉さんの足もとの、スプーンちゃんですよっ!)
「……」
は? と言う視線を言われた方へ叩き込む。
(いえーい!)
目が合う? と、スプーンが小躍りした。
「あ、まにあってます」
すたすたすた……。
かんからかららーん♪
「……」
すたたたたーっ!
かかからら~ん♪
(きゃっきゃ♪)
「ああ、もう! ツタを放して!」
歩くたびに軽快な音を立てるスプーンに、はるかは頭を抱えた。
(じゃあじゃあ、わたしの話を聞いてください!)
それは、ふわふわと浮かび上がったかと思うと、はるかの白くて華奢な手のひらに着陸した。
「ちょ、やめてやめて~っ!? 呪われる~!?」
(失礼な! こう見えてわたしは、あの森の魔法使い特製の魔法のスプーンなんですよ?)
ぷんすか、とスプーンが震える。
「ひっ! ぶるぶる気持ち悪い~っ!?」
(なんですってー? そんなお姉さんには……こうだーっ!)
ひゅっ、と宙を舞った金色が、ぺたーん! とおでこに貼り付いた!
「ひゃひゃ、ひゃっこいよ~っ!?」
涙目でスプーンの柄を持ち、剥がそうと力をこめる。
(無理無理! ちゃんとわたしの話を聞いてくれるまで、一生このままなんだから!)
その言葉の通り、びくともしなかった。
えい、えい、と力をこめればこめるほど、ずべたー、と強力に吸い付いてくるみたいだった。
「え、えぐえぐ……聞きます、聞かせていただきます~っ」
どう足掻いても取れないそれに、はるかが半べそで白旗を上げた。
(ようやく観念しましたか)
満足そうにスプーンが、ふんす! と鼻息を荒げた。
「はい……だから剥がれて下さい」
それに対してはるかは、頭を下げながら懇願するのであった……。
(──と言うわけで、わたしは魔法のスプーンなのです!)
はるかの手の上で、胸を張っているようだ。
「いや、それはさっき聞いたし……」
(む? また貼り付きましょうか?)
「わあ! すっごーい! あなたって魔法のスプーンなのねっ!?」
(……何だかバカにされているように感じますが……)
大仰なはるかに眉? をひそめているようだった。
「ないない! そんなことないよ!」
(ふむ。まあいいでしょう)
ちょろ! はるかがそう思ったのは、内緒である。
(それで……あのう……)
「なに?」
(実はですね……お願いが……あるんですけど……)
「?」
(……)
不安そうな視線? が、はるかをとらえている。
(……)
だが、その後の言葉はなかなか出てこなかった。
「……そっか」
言いたいことがあっても、それを全部言えないことだってあるよね……。
はるか、いや、人は誰だってそうやって他人に気をつかって、本当の想いを心の中に押し込めてしまうのだ。
だから。
「う~ん、あたしにできる事なら、聞いてあげられるかもしれないけど……言ってみたら?」
はるかはやさしく問いかけた。
(!)
「ね?」
そして、スプーンは数瞬の逡巡を経て、振り絞るように懇願した。
(どうか……わたしの所有者になって下さい)
今までの振る舞いが嘘のような、誠実なお願いだった。
「え? なんであたしなの……あたしはただの高校1年生だけど……」
(お姉さんからは、ほっこりとしたやさしい気が溢れているんです!)
「そ、そう言われたら、悪い気はしないけど……」
そんな理由で? はるかはそう聞き返した。
(はい! 実はわたし……幸せを、掬い取ることができるんです)
「……え? 何それ!?」
唐突な告白に、目が点であった。
(幸せを掬い取れるんです。ですが……それで代々の所有者は、不幸になりました……)
「……」
酷く落ち込んだ声に、はるかも真剣な表情になっていく。
(わたしが小さな幸せをもたらすと、みんな豹変して、次々と際限なく求めだすんです。欲望を叩きつけてくるんです)
その声が、震えていた。
(前の方は、株で巨万の富をもたらさなければへし折るぞ、何てすごみました。その前の方は宝くじ。その前は絶世の美女を出せ……もう誰も彼も金金男女富だ名声だ全てをよこせって──)
「もういいよ」
(あっ……)
はるかがふわり、とスプーンを両手で包み込んだ。
「もういい。わかった。あたしがあなたの所有者になったげる」
(はい……ありがとう……ございます)
「そんでさ、あたしの事はいいから、あなたがあなたのために幸せを掬ってよ」
(そ、それは……)
「たまにはいいじゃん!」
スプーンが、大きく目を見開いた、ような気がした。
(はいっ!)
とても気持ちのいい返事が、空に吸い込まれていった。
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