47 北の国へ
書き忘れていたが、私とエリが暮らすマンションは前に私が1人暮らしをしていたマンションのすぐ近く…。
おしゃれで閑静な
そしてそのマンションは消防署の裏手にあり、ベランダから消防士さん達の訓練を覗き見る事が出来るのだが…それがもう絶景過ぎた。
屈強な男達が走り込み、塀を登り、ロープを渡る。
教官らしき男の迫力ある叱咤激励の怒声が響き渡る日もあれば、時には皆で劣等生へ熱い声援を贈る日もあり、手に汗握り、最期にはホロッとさせてくれたりもした。
何より私のお楽しみだったのは、休み時間にふざけてじゃれ合う子供みたいに無邪気な彼らの姿だった。
プライスレス。
お金を払ってもどうしても手に入らないであろう…その絶景を手に入れたくて、思わず家に火をつけたくなる。
「ねぇエリ、私が今このカーテンに火をつけたら、あの屈強な男達が私を助けに来てくれるのかな…。
我先にと救いの手が差しのべられて、それでその中で一番強くてカッコイイ人が私を抱き締めて、お姫様抱っこで炎を突き破り、もう何にも心配することは無い、安心で安全な場所に連れていってくれるの…。
ねぇエリ、ステキでしょ?」
と私が笑うと、
「イヤ!怖いって!!
サヨチンなら本当にやりかねん…。
絶対止めてな!」
と怒り、マッチやライター等を持っていないかまで確認しだした。
私だってそこまで壊れていない。
只の冗談、ボケだ…。
「えぇ!ステキィ~♡それで、
『ずっと覗いていたでしょう。分かっているんですよ。何故なら僕もずっと貴方を見つめていましたからね!』
って言って見つめ会ってキスするんやろ!
ステキ!ステキィ~♡
本当に火つけちゃおうよ!!
…ってなんでやねん!」
くらいのノリツッコミを、ちょっと前のエリならしてくれたと思うのだ…。
つまらない。
マタニティブルーってやつだろうか?
妊娠、結婚、出産、子育てとリアルな現実に向き合う彼女は神経質になってしまったのか、まだプリプリ怒りながら私のタンスを漁っていた。
本当に火をつけてやりたくなってくる。
炎が瞬く間にあがり、あの屈強な男達は間に合わない。
私とエリは手を取り合う。
「ねえサヨチン観て…。
炎がキレイ…ステキィ…」
とエリが息耐えて、私はエリを死なせてしまった後悔で泣きながらエリに覆い被さるように逝く。
あぁ、それはいいな…。
そうだ。それにしよう…。
なんて考えてしまう。やっぱり私は壊れているのかもしれない。
エリの妊娠を聞いたその日から、あんなに楽しかったエリとの暮らしが苦痛に変わった。
仕事は辞めた。働く気になれなかった。
かなりの貯金があったから、しばらくはなんとかなるだろうと思った。
エリと過ごせる日は残り僅かしかないのに、生活時間をわざとずらし、あまり話さなくて済むように努めた。
エリがわるい訳じゃない。分かっている。
でもどうしても裏切られたようで許せなかった。
この先どうしていいか分からない…。
途方に暮れた。
寝ても覚めてもお酒を呑んだ。
数人のセフレと日替りで、あるいはデリヘルで、淡々としたセックスだけは毎日のようにしまくった。
何も考えたくなくて、でも考えてしまうのがイヤで、
映画やドラマのビデオをたくさんレンタルして観ていた。
中でも『北の国から』お届けされるあの国民的人気ドラマが何だか印象的で、一週間ほどで数あるシリーズを全て観た。
そして思った。
北の国の男達に会いに行ってみようと。
もしかして、私の恋愛がいつも上手く行かないのは、関西の男と根本的に合わないからかもしれない。
北の国で私を待っている人が要るかもしれない。
もう私をとめる人も居なければ、縛るものも残念ながら何もなかった。
エリより先にこの家を出たい。
思い付いた3日後には北海道へ向かう飛行機の中にいた。
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