46 喪失

「ステキィ~♡」

 と言うのがエリの口癖だった。 


「ご飯食べに行かん?」

 と誘うと、

「ステキィ~♡行こう!行こう!」

 としっぽを振ってついて来た。 


 買い物に行くと、

「ねぇ!サヨチン見てぇ!

 この服めっちゃステキィ~♡」

 と目を輝かせた。 


 そう!エリは私のことを『サヨチン』と呼ぶ。

 脳内のほぼ全てがエロで埋め尽くされた私にとって、『チン』といば『アレ』だ!

『アレ』は別にキライじゃない。

 でも名前につけて呼ばれるのはなんか嫌!

 …やめてとお願いすると、

「えぇ?!サヨチンてなんか可愛い響きじゃない?ステキやぁん♡」

 と素敵な笑顔で言われると確かに何でもキラキラして☆ステキィ~☆に思えてくるから不思議だ!


 エリの口癖が好きだった。

 エリが可愛くてしょうがなかった。

 エリと一緒の毎日は本当に楽しくて最高だった。 


 でもその幸せは長くは続かなかった。


 思えば2人の出会いは18歳の秋。

 私達はすぐに仲良くなり、ほぼ毎日一緒に働き、遊び、寝食を共にした。


 しかし、めでたく同居生活をスタートさせた冬。

 早くもエリは、新しい彼氏を作り、私よりその男との時間を優先しだていた。


 そして春…。

 エリは妊娠した。

 それはエリと今カレが、暴力を伴う何度目かの激しいケンカ別れ中に発覚した。 


 エリが元カレと別れた原因はDVだった。

 温厚に見えた今カレにも、いつからか暴力を振るわれるようになり、ついに先日、彼が住むアパートの階段からエリは突き落とされた…。


 幸いかすり傷で済んだが、別れを決意した矢先に、生理が遅れていることに気付いたらしく相談を受けた。


「もし本当に子供が出来たのなら、産めばいいよ。 

 私が2人を養うから。

 エリは何にも心配せず子育てに専念すればいい」

 と咄嗟に口にした自分に自分でも驚いたが、きっと落ち着いて考えても同じことを言ったと思う。 


 2人でエリの子供を育てる未来を想像するとワクワクした。


 だけどエリは違ったようだ。

「いや!それは無理やわぁ~。 

 多分…って言うか確実に妊娠してるやろうし、彼とやり直して結婚しようと思う。

 それで近々ココ出ることになるけど、この家どうするぅ?」

 とあっさりフラれた。


 それは、子供が出来たかも…どうしよう?

 と言う相談ではなく、 結婚するから不要になったこの家はどうする?


 と言う相談だったのだ。


 当然の選択だと思う。

 子供の父親は間違い無く今カレだろう。


 暴力を振るうと言っても、それは実は正当防衛だと私も感じていた。


 バイオレンスなのは今カレではなくおそらくエリだ。 


 エリの言動が男のDVを誘発する。


 実際に私は2人のケンカを隣の部屋で聞いた事がある。


 どうやらちょっとした口論から、興奮したエリが何かを投げたらしい


 ガシャン


 と言う音が聞こえた。

(後で聞いたらそれは今カレの携帯がタンスに直撃した音だった)


「ごめんって謝ってるやんか…」

 と言う今カレの声が聞こえた瞬間、

「謝ってすんだら警察いらぁ~ん!」

 とエリの叫び声とともに


 ガラガッシャ~ン!!


 と言うすごい音と、 

「痛っ…」

 と言う今カレのうめき声が聞こえた。

(後で聞いたらそれはテレビが今カレの顔面に直撃した音だった!) 


 そしてまたガラガッシャ~ン!!


 のすごい音と共に今度はエリの、

「痛っぁぁぁ~!何すんのよ!もぉ~!!」

 の叫び声。

(後で聞いたらそれは今カレがエリにテレビを投げ返した音だった…) 


 もちろん私はエリの部屋に飛んで言って、

「ちょっと何してんのよ!!」

 とドアを開けた。


 するとそこには、馬乗りになってつかみかかるエリと、必死に抵抗する今カレの姿があった…。


 まぁ、そんな具合でおそらく先に手を出すのは、いつもエリのようなのだ。


 アパートの階段から突き落とされたと言う話もそう。

 実は、ただエリが足を踏み外しただけの話で、隣に居たのに急な事で助けられなかった、今カレを非難していただけだった。

(しかも落ちたのはたった2段!!)


 後日、2人は早々に仲直りをし、お互いの両親にも挨拶をすませ、翌々月には新居に引っ越す事が決まった。


 私の出る幕は無い。

 エリが2人の家から出ていく。


 私を置いて。 


 旦那と子供と暮らす幸せな未来の中に消えて行く。


 私を置いて。 



 私はまた一人ぼっちになった。


 ほらね。


 やっぱり女は皆、どんなに心を通わして、通じ会えたと思えてもそれでお仕舞い…。


 気付けば私のヒロイン達は私じゃなく、彼女達のヒーローの元へしっぽを振って帰って行く。


 私は1人寂しく舞台の袖にひっこむ…。

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