41 THE昭和のスナック
ホストの沼から抜け出すべく、私は昼間のバイトを始めた。
気付けば16歳になっていた。
これでようやく年を誤魔化す事なく、全うな仕事が出来るのが嬉しかった。
1日でも早く、家出ではなく、ちゃんとした形で実家を出たい。
それには引っ越し費用が必要だ。
とりあえず派遣会社に登録して、色んなバイトをした。
スーパーでの試食販売、節電器のテレアポ、工場での流れ作業…。
どれもたいへんだけど、勉強よりよっぽど興味深く楽しかった。
どうやら私は精力的に働くことが向いているようで、がむしゃらに働いていると、自分でもどうにもならなかった異常な性欲が、少し抑えられるようになっていた。
…が、一方で夜の感覚が抜けなかった。
こんなに働いて、これだけしか稼げないのか、とガックリした。
でも、もう売春は極力したくない。
ジレンマを感じていた。
そんな時、なんばの外れ、
結局また年を誤魔化し、休日の派遣の仕事と平行して、平日は学校が終わった後、17時~22時までホステスとしても働きだした。
そこはインテリアもスタッフも客も、何だかみんな古くさい感じがする…。
まさに世間から取り残された、
『THE昭和のスナック』
と言う感じのお店だった。
めちゃくちゃパワフルでノリの良い韓国人の50代のママと、元銀行員でしっかり者の40代のヒサコさん。
それにたまに女子大生のバイトが加わったり辞めたり…。
店内はカウンターと小さなボックス席が3つ。
BGMはユーセンかカラオケで、演歌か昭和歌謡。
最初こそ、そのレトロ過ぎる雰囲気に
「ダサッ…」
とテンションが下がったものだが、慣れてくるとなんとも気楽で心地よく、私も何だか自然と昭和に染まっていくようだった。
…いや間違えた!
それは自然で気楽に心地よいなんて生易しいものではなく、強引な力技で昭和に染められたのだった!
入店して3日程立った頃ママに、
「あんたちょっと地味過ぎるわ。
私の若い頃の服あげるから、今度からそれ着て来て!」
と言われ、バブル期のお立ち台に立てそうな、肩パッドがバッチリ入った派手な服を紙袋2つ分渡された。
ショッキングピンクにドでかい花柄、チェーン!拳銃?馬?!…と…?…もはや謎のガラまで!!
ハデ過ぎて着れない…。着たくない…。と思ったが、雇い主であるママの機嫌を損ねたくなかったので、がまんして大人しく着ることにした。
おまけにヒサコさんがご丁寧に、自前の濃いピンクの口紅を毎回塗りたくってくれる。
ママやヒサコさん、年配の客は、
「可愛い!」
「似合う!!」
と囃し立てたが、20~30代の若い客には
「何で普通の服着ないの?」
「シンプルな方が似合いそうだけど…」
と不評だった。
自分でも思う。
どうやら私の顔ではド派手なジュリアナルックは似合わないようだ。
しかし、ママの昭和教育は止まらなかった!
お次は、デュエットが歌える様に勉強しなさい!と言われ、
『ロンリーチャップリン』や『愛が生まれた日』などが録音されたカセットテープを渡され練習するよう命じられた。
バンドのボーカル経験から歌への苦手意識が強く、これはさすがに嫌だと思った。
…がイヤイヤ歌わされる内に、なんとか上手く歌えるようになり、腰に手を回され、見つめ合い、声を重ねていると…なんだか気持ち良く、リスクの無い、
『ソフトセックス』
とでも言う感じで、男と歌うのは、楽しいなと思うようになった。
デュエットだけじゃない。
演歌やニューミュージックはもちろん…。
フォークやグループサウンズ、ブルース、ジャズ…。
色んな昭和歌謡にこの店で出会い大好きになった。
昭和の服は、いまいち私には合わなかったが、歌と男と女は、平成の新しいのより、昭和のちょっとくたびれたのが、なんだかしっくりくるような気がした。
そして…。
ママの昭和教育は佳境に入った。
「若いのに、年寄りにこんなに話し合わせて上手く会話を回せる子は珍しいよ!
あんた向いてるわ!ウチだけじゃなくて、昼間そこのキャバレーでも働いてみいひん?」
と誘われた。
なんでも、その大阪ミナミの老舗キャバレーは昼間の営業もしていて、ママもそこで昔働いていたそうだ。
実は現在、スナックの売上げは厳しいそうで、しばらく昼間はキャバレーで働きながら客をつかんで、夜はスナックにその客を引っ張って来て欲しいと言うことだった。
キャバレーなんて面白そうだったが、有名な老舗だと年齢確認が厳しそうで気が引けた。
何より、ほとんどまともに行っていないが一応学校もある。断ろうと思った。
が…、
「実はもう、キャバレーの店長には話し通してるから、明日から行ってくれる?」
とまさかの発言!
仕方なく、私は急遽キャバレーデビューを果たすことになった。
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