14 THE大阪下町のヤクザなキャバクラ

 14歳、夏の終わり。

 人生2度目の失踪場所は、THE大阪下町のヤクザなキャバクラだった。



 極端な金持ちやおしゃれな人、気取った人は皆無で、みんな下品で明け透けで、欲望も好意も悪意も全部向き出しで包み隠さない。


 同じ大阪のキャバクラでも、ミナミと京橋では少し客層が違うように感じた。

 

 しかし私はすぐに新しい職場に適応し、客が付き、売上げを伸ばした。


『掃き溜めに天使』と私を表現してくれた客が居た。


 さすがに天使は言い過ぎだが、確かに当時、私は下町のキャバ嬢にしては異質な物があったように思う。

 

 特別美人でも無ければ、スタイルが良い訳でもないが、ファンデーションもアイラインも引いていない、リップとマスカラだけのほぼ素っぴんに、天使の輪が光るほどキレイなストレートの黒髪。


 中学校で国語の先生に褒められるほどに、正しく綺麗な敬語で話せたし、披露出来る面白いネタも持ち合わせていなかったので、控え目にただニコニコと相づちを打った。


 まだまだ純粋で無垢だったから、どんな話も本気で信じたし、驚いた。

 真面目だったから、めんどくさい人も、怖い人も、臭い人も、嫌味な人も、皆どこかにきっと良いところが有り、本当に本当はいい人なんだと思った。

 そしてこんな所に行き着く人達はきっと私と同じく孤独なんだろうと考え、どんな時にも誠意を持って接していた。

 

 自分で言うのもなんだが、儚げで健気で男が放っておけないタイプの可愛い子だったと思う。

 

 1ヶ月ほど立った頃、本店のVIP席に頻繁に呼ばれるようになった。


 呼んでくれていたのは、世間知らずの少女でも絶対に只者じゃないと感じるオーラのある客だった。


 いかつい雰囲気に鋭い目。普通のサラリーマンは絶対に着ない派手なスーツに高そうな時計。

 その人をアニキと呼ぶ連れの男の小指が…無い。


 そう、職業はヤクザ屋さんで、しかもどうやら親分らしい人に気に入られてしまったようだった。

 

 え!もしかして本物?

 本当にヤクザって居るんだ!えぇ!

 大丈夫かな?!こ、怖い!!!!


 と最初は緊張したが、怒鳴ることも何かを強要する事もなく、いつも穏やかで優しく、親切な人だった。

 

 でもいつか、他の客のようにプライベートでもお呼びが掛かったらどうしよう?


 やっぱり怖くて断り切れなくて、ヤクザの女になってしまったら…。

 そしてそのまま極道の妻に…。


 と無駄な心配がよぎり出した頃、事態は思わぬ方向に走りだした。

 

 働きだして2ヶ月になる頃だったと思う。閉店後、掃除をしていたら、

「ちょっと来て」

 と店長に呼ばれた。


 店長と言っても女性で、客からはママと呼ばれる、まだまだ若く小柄で可愛い感じの人だった。


 掃除の手を止め店長の前に座ると、

「ねぇ、本当はいくつなん?」

 といきなり聞かれ、とっさに上手く誤魔化すことも出来ず、私は固まった。

 

「はぁ~。本当はやっぱり未成年なんやね」

 私が答えるより早く店長は呟いた。


「いえ、あの本当に18歳です」

 と一応答えてみる。


「いいよ。もう分かってるから。

 あんたも大変やね。なんかあったらこっそり逃がしてあげるから。心配せんでいいよ。

 このことは、私とあんた2人のひみつ。誰にも言わない事。約束ね。

 もう仕事に戻っていいよ」

 とそれ以上追及はされず話しは終わった。


 ヤバい?とは思わなかった。理解してくれる人が出来て心強いとむしろ安心した。

 

 翌日、出勤にはまだ早いお昼過ぎ。


 店が用意してくれた、ワンルームマンションで眠って居るとケータイが鳴った。


 ボーイさんからで、店長とオーナーが話があるそうだから、車で迎えに来ている。すぐに用意して出てきて。と言われた。


 考える暇はなかった。10分程で身支度を整え助手席に座った。


 そこでようやくもしかしてヤバいかも?!と思った。


 オーナーさんには会ったことがない。他のキャストも一緒ならまだしも、私だけ、しかもこんなに急に呼び出されるなんて、何事かと少し不安になりボーイさんに訪ねると、

「俺もよく、知らんけど…入ったばっかりやのに売上げメチャクチャ良いから、ご褒美で美味しいもんでもご馳走してくれるんちゃうかな」

 と呑気に笑った。それですっかり安心した。


 そういえばお腹が空いている。ご馳走ってなんだろう?お寿司?焼き肉?レストラン?とわくわくしていると、到着した所はオーナーの自宅。それも大豪邸だった。


 床はおそらく大理石。吹き抜けの天上には立派なシャンデリアが輝いていた。


 そして、革張りの大き過ぎる白いソファーには、あのVIP席のヤクザ屋さんが座っていた。


 そう彼は客ではなく、オーナーだったのだ。

 

 そのとなりに座っていた店長が口を開く。

「時間もあまりないから単刀直入に言うね。

 ウチでは、未成年は雇えません。で、これからどうしようって言う話ね」

 

 さっきまでのわくわくとは、売って代わり私は青ざめた。


 オーナーはいつも通り優しい目で私を観ていた。


 そして言った…。

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