9 本当の自由とは
途方に暮れる必要なんてない。
私は自由なのだ。どこに行ってもいい。何をしてもいい。
これが自由なんだ!と夜の町を1人、笑いながらやみくもにふわふわ歩いた。
歩いて歩いて、そして気付いてしまった。私は今、決して自由なんかじゃない。
家を出たら親や先生の言うことに縛られず自由になれると思っていた。
だけど実際は違う。私はもう選べなくなってしまったのだ。
当たり前に暖かい布団で眠ること。
母の手料理を食べること。
お金の心配をせずに日常を過ごすこと。
普通に同い年の友達がいて、進学して、就職して、結婚して、子供を産んで…。
そういう当たり前に普通のことを、私はもうきっと選べない。
もう、逃げるしかないのだ。
私を探す人達や現実、そして自分自身からも逃げ続けるしかない。
立ち止まり途方にくれた。
やっぱりもう私は死ぬしかないのか…。
嫌だ。
私はまだ最高のセックスをしていない。
私をあっさり追い出し、助け船も出してくれない、下手なセックスをする男とたった1回の経験だけでお終いなんて死んでも死にきれない。
もう少し頑張ってみよう。
誰か力になってくれる人はいないか、携帯のアドレスをもう一度しっかり確認する。
コタニ君はどうだろうと思い付いた。コタニ君はサカイ君と同じもう1人のボーイで、一週間ほど前にオーナーの知り合いの店に引き抜かれて店を辞めていた。
彼ともよく客引きでペアになり、他愛ない話しをした。たしか19歳で、青い髪をした気さくで明るい人だった。
一晩くらい気楽に泊めてくれる気がした。
電話をすると、
「なんでオレなん?!」
とすごく驚いていたが、事情を説明し、お金もないし行くところもなく、困っているから助けて欲しいとお願いすると、あっさり了解してくれた。
ちょうど仕事が終わって帰ってきたところだから、今から来れば?と言ってくれ、
「この辺は女の子の独り歩きはちょっと危険な地域やから、タクシーで10分位だと思うから乗っちゃいなよ。オレ家の前で待っといてタクシー代払ったるわ」
と有難い提案もしてくれた。
私は初めて自分でタクシーを停め、1人でタクシーに乗った。
そしてたどり着いたところは浮浪者が多く集まり、治安が悪いと有名な
ドアを開けると玄関とも呼べないような、靴を3足ほどギリギリおけるスペースがあり、そのすぐ手前に布団。それだけ。
本当にそれだけの部屋だった。
荷物は実家や友達の家に置かしてもらって、ここは仕事帰りに寝る為だけの部屋なのだと言う。
こんな部屋があるなんて。
こんな暮らしがあるなんてと驚いた。
「とりあえず寝よっか」
とコタニ君がごろっと布団に寝転がる。
今日もすることになるのかも知れない。
少しドキドキしながら私もそっと寝転がる。
「なんか変な感じやな…エッチもしてない子と一緒に寝るとか、なんか落ち着かん…」
とコタニ君がつぶやいた。
「してもいいですよ」
と私が返すと、
「アホ!お前14やろ?犯罪やん…無理無理!」
と背中を向けて本格的に寝ようとしだした。
ほっとする反面、さみしいと思った。
本当はまた裸で肌と肌を合わせて眠りたかった。
「私なんかとはしたくないですか?私にはそういう魅力がないですか?」
コタニ君は答えない。
「お世話になっているからなにかお返しがしたいです。何か私に、出来ることはないですか?」
私は食い下がってみた。
「もう寝なさい」
とコタニ君がため息をついた。
こんなに優しい人を困らせたくはない。
でも、寂しくてどうにも止められなかった。
「寝ます。寝ますよ。だからこっち向いてくれませんか?背中を向けられるとなんか…」
その時、自分でもびっくりしたが不意に涙が溢れてきた。
「…さみしいです」
と言う声は震えていたように思う。
もともと感情の起伏は激しい方だ。
家出してからはとくに不安定だと自覚していた。
でもこんなことで泣くなんてと自分でも、戸惑う。押さえようとすると余計に涙が溢れ嗚咽がもれてしまう。
めんどくさい奴だと我ながら呆れる。
「しょうがないなぁ…。もう」
とコタニ君がこちらを向き、抱きしめてくれる。
「エッチはしないよ。このまま寝よ。で…、お前は明日、実家に帰れよ。な?大丈夫やって。普通に帰れば、案外周りも普通やって。
お前はまだやり直せるよ。な?」
と笑っておでこにキスしてくれた。
それからコタニ君は本当にセックスもせず、一晩中ただずっと私を抱きしめ続けてくれた。
セックスをしなくても裸にならなくても抱きしめられるだけで、こんなに満たされるなんて、幸せになれるなんて知らなかった。
もう、思い残すことは無いと思った。
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