6 親は何も知らないし知ろうともしない
家出2日目。
出勤前にふと家に電話しておこうと思いついた。
私立中学に1時間半かけて電車で通っていた私は、通学時の緊急用に、登録した3軒しか通話が出来ないキッズ携帯を買って貰っていたが、そんなもの家に置いて来ていた。
『探さないで下さい。』
と置き手紙をしてきた。
父は仕事が忙しいから分からないが、母と祖母は多分私を探しているだろう。
申し訳ないとは全く思わない。
いい気味だと思った。
見付かったら面倒だから、どうか探さないでくれと釘を刺しておこうと思ったのだ。
当時はまだ至るところに公衆電話があり、すぐに見付かった。
受話器を上げ、自宅の番号を押す。
母が出て、
「どうしたの?何があったの?心配している。会いたい。お願いだから帰って来て」
と泣かれるかと思った…。
が、電話に出たのは父だった。
そして怒られた。
「サヨか!…お前は何て事をするんだ!!
お前のせいで皆が迷惑している。ご近所さんになんて説明する気か?お兄ちゃんは受験を控えて大切な時期なのに。世間体を考えなさい。
バカな事は辞めて今すぐ帰って来なさい」
と私の話しは一切聞かず意味不明に怒られた。
私は震える声で、
「元気なので探さないで下さい」
とだけ伝えると受話器を置いて泣いた。
電話をかける前、もしかして泣いてしまうかもしれないと思っていたのとは別の意味で泣いていた。
どうして私が家を出たのか、思いを巡らし反省し、ようやく私を労ってくれているんじゃないかと思っていた。
でも、
『親は何にも知らないし、知ろうともしない』
そして、今まで通り、親の都合で理不尽に私を責め、気遣ってくれることはなかった。
まだ微かに残っていた親への思い、情がすぅと消え、何でこの人達はいつもこうなんだと恨みに変わって行くのを感じた。
大人になった今なら親の気持ちが少しは分かる。
普通、この年代の親は皆大変だ。
仕事に家庭、人間関係…。行き着く暇もなく、怒涛の苦労と面倒が押し寄せる。
彼らは親である前に1人の人間で、まだまだ未熟で、ただ日々をこなすのに一生懸命なのだ。
自分以外の他人を本気で思いやる余裕なんて無かったのだと思う。
だがその後二十歳になった私は親を許す。
と言うか、知らずに強く持っていた親への執着を捨てる事が出来たと言う感じだと思う。
今の旦那と出会い、ずっと欲しかった無償の思いやりと、
「もういいよ」
と言うまでずっと心も体もまるごと抱きしめ続けてくれた、たくさんの時間のお陰で、私は少しずつ、親への恨みを捨てる事が出来た。
今も彼らを親としてはどうかと思うし、もちろん感謝なんてしていない。
でも全くの他人として見る彼らは別に嫌いでも苦手でも無いし、意外な事におじいちゃんおばあちゃんとしては最高だとも思っている。
大人になった私は親の同意が無くても理解が無くても何でも出来るようになった。
その物理的な自由が多分お互いの気持ちを軽くし関係が楽になった。
でももちろん当時の私は、そんな思いには至らない。
私はもう一生涯あの家には帰らない。
その思いを強固なものにし、すっかり陽の暮れた歓楽街へと出勤した。
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