1-3-14.四月二十七日④

「っていうか志絵莉しえり! あんたって人は……。どうせまた好奇心のままに突っ走っちゃったんでしょ? いい加減その癖どうにかしないと、いつか本当に死ぬよ?」


 百花ももかにはしゅうくんとの本当の関係を話していない。だからこうして事件に巻き込まれるのは、わたしの好奇心の度が過ぎているからだと思われている。実際、昔はその通りだった。今はさすがに好奇心のままに動くなんてことはない――はずだけれど、昔のわたしを知っている百花からすれば、そう思っても仕方ないのだろう。


「わかってるよ。無茶はしない。こうして皆に迷惑掛けることになるからね」


「迷惑って言うか……悪いのは保育園の方だけど。あ、そっか、ニュース見てないんだっけ。早速取り上げられてたよ。地元紙だけだけど」


 そう言って、スマホで地方紙のデジタル版を見せてくれる。思ったよりも大きく取り上げられていて、“あにまる保育園”は名前まで出されていた。わたしの名前が伏せられているのは萩くんあたりが手を回したのだろうか。

 表向きには今回の事件は、保育園に実習に来ていた女子大生を園長が監禁した後 殺人未遂、とある。もっと根本的な部分には触れられないようだ。これを見た保護者たちも、園長先生が問題のある人物だったと思うだけで、保育園そのものへの不信感はさほど抱かないだろう。当然、そこに勤めている保育士さんたちも同じだ。

 でも、それでいい。実際、ちゃんと運営していれば“あにまる保育園”のやり方は間違っていないと思う。動物とのふれあいで心が豊かになるのは違いないだろう。記事の続きでは、築島グループが株式会社青空教室から“あにまる保育園”を買収し、保育園は今後も稼働していくそうだ。萩くんはこのことを何も言ってくれなかったけれど、彼が本家に出向いていたのはこのことと関係があるのかもしれないな。


「ねえ、百花。今回、わたしは何で狙われたんだと思う?」


「うーん、そうだねぇ……」


 何も事情を知らない百花ならどう思うだろう。それが気になって、聞いてみた。百花だって翠泉すいせん生の一人だ。しかも小学校から付属の学校に通う、生粋の翠泉生。頭の出来はわたしと比べても遜色ないはずだ。そんな百花なら、どう考えるだろう。


 百花は少しだけ悩んだけれど、思いの外すぐに答えを出した。


「志絵莉が可愛かったからじゃない? 殺人未遂っていうか、本当はエロいことしたかったんじゃないの? だって、ロッカールーム盗撮してたんでしょ? 志絵莉は昔から、思想強めな変な男に絡まれるからなぁ。あ、だから自分から寄っていく男はちょっと奥手そうな子なのかな」


 そういう見方になるか。確かに、当たらずといえども遠からず、といったところか。結局のところ、“優等生計画”については何もわからなかったし、わたしを使って何をしようとしたのかによっては、百花の見立ても全くの見当違いというわけでもないか。

 後半はどうだろう。そんなことはないと思いたいが。


「そっか。それならしょうがないか。わたしが可愛いのがいけないんだもんね。他人を狂わせちゃうほどに」


「おいおい、そこで開き直るか」


 なんて笑い合っていると、病室の扉ががらりと開かれた。別に“使用中”だなんて札が掛けられているわけではないので、誰か見舞いの先客が居ても、入ってはいけないというルールはないが、やってきた男は百花のことなど目もくれずにベッドの傍まで近付いてくる。

 そしてその後に、少し遅れて一人の小柄な女の子が慌ててついてきた。相変わらず片目が隠れるほどに――いや、隠すために前髪を伸ばしている。その髪型、まだ変わっていないのか。


「ちょっと、えいちゃん。ダメじゃない。先に人いるでしょ!」


 するとすぐに百花も彼女に気付いたようで、百花の方から声を掛ける。


「……あれ、真悠子まゆこ?」


「え? あ、モモちゃん……?」


 お互いの素性に気付いたようで、久しぶり! と二人して抱き合っていた。そのまま互いの近況を聞き出すまでがテンプレで、運良く見逃してもらえたらしい彼が、その間にわたしに声を掛けてくる。


「女っていうのはどうしてこうも話したがりなんだ……騒々しい」


 うんざりしたような彼に、わたしは呆れてため息を吐いた。


「……それわたしに言う? わたしも一応女なんですけど」


「お前はむしろ、どうしてああ・・じゃないんだ?」


 そう不思議そうにしながら、彼は持ってきた紙袋をベッド脇のテーブルに置いた。紙袋を見ると、“月竹堂げっちくどう”のロゴが入っていた。有名な和菓子屋さんだ。わざわざ買ってきてくれたのか。


「土産の一つくらい、持ってきてやろうと思ってな。俺の用はこれだけだ」


 無愛想にそれだけ言って帰ろうとする彼を、彼の妻が引き留めた。


「勝手に帰らないでよ。しーちゃんに話すって約束したでしょ?」


「あれ、その指輪……二人とも結婚したの!?」


 百花が彼女らの左手の薬指に気付いて声を上げると、マユもついつい反応してしまう。


「そうなの!!」


 こうしてまた話が始まってしまい、彼はうんざりしたように頭を抱えながら壁にもたれかかった。彼の態度は確かに無愛想だし、決して良いとは言えないが、こうやって見ていると少し不憫にも思えてくる。


「っていうかあんた、表に出てきちゃって大丈夫なの?」


 彼はいわゆる裏の情報屋のような位置付けの存在だったはず。厳密に言えば、外部顧問として力を貸してほしいと各所から依頼が絶えないのだと聞いたことがある。警察の捜査にも協力し、多くの凶悪犯罪者の脅威となっているらしい。それも都市伝説的な噂に過ぎないが、彼の存在そのものがそうした空想上のものではないかと言われるくらい、実態が掴めないようなのは確からしかった。わたしは偶然にもこうして直接的な関係を持っているから彼と面識があるが、彼の名前と顔が一致する人間はわたしやマユ以外ではどれだけいるのだろう。


「別に顔が割れてるわけじゃないんだ。元々隠れていないといけない理由はない」


「なら何でいつも引きこもってるの?」


「引きこもっているわけじゃない。外に出る理由がないだけだ。大抵のことはオンラインで済むからな」


 聞かれたことにしか答えないのは、単に話をするのが面倒なのか、情報屋としてのプロ意識からだろうか。彼の持つ情報の中には価値の高いものや秘匿性の高いものも含まれているだろうから、普段から余計な話をしないように心掛けているのかもしれないな。


「じゃあ、私はそろそろ帰るね。志絵莉の元気そうな顔も見れたし」


 結局、百花はほとんどマユと話していたような気がするけど、彼女の目的は達せられていたそうで、満足そうに笑みを浮かべていた。


「あ、うん。ありがとう、百花」


「彼氏と仲良くね。また面白い話あったら聞かせて!」


 明らかにわたしと一紀かずきくんの関係を面白がっているような捨て台詞を残して、彼女は病室をあとにした。

 これまでのわたしの恋愛遍歴を知っている彼女からしたら、今回はどう転ぶだろうと展開を楽しみにしているのだろうな。だけれどわたしとしては、今回こそはまともな形で付き合いたいと思っている。もう既にまともという言葉が不釣り合いな様相を呈している気はするが、これでも今までに比べればまともな部類には入ると思う。


「ごめんね、しーちゃん。モモちゃんと長々話しちゃって」


 ようやく落ち着いてマユと話ができるようになって、彼は彼女の後ろに控えていた。


「ううん、大丈夫。それでまた、どうしたの? 夫婦揃って」


「どうしたの? じゃないよ! 心配したんだから!」


 マユはそうかもしれないが、彼を連れてきたのには別の理由があるはずだ。彼はわたしの心配などしていないだろうから。


「ごめんって。悪運の強いことに、こうしてピンピンしてるから大丈夫だよ」


「まったく……しーちゃんは昔から変わらないね。週末にお出かけしようって言ってたの、延期しても大丈夫だからね? 本当に無理はしないでね?」


「まあ、たぶんこの調子なら明日には退院できると思うから、週末までには元気になってると思う。でもやっぱり無理そうだったら早めに連絡はするね」


 マユはそれを了承してくれて、ここからは大事な話なんだけど、と前置きしてから後ろの彼を引っ張ってきて、話すように促した。


「土産を渡したからいいだろ」


「ちゃんと説明してあげてよ。大事なことでしょ」


 またも言い合っている。この二人、本当に夫婦としてやっていけているのだろうか。というより、彼はそんなにわたしと話をしたくないのか。

 彼は一つため息を吐いて、渋々といったように話し始めた。


「お前が持ち帰った園長のパソコンのデータは非常に価値の高いものだった。あれだけでも、危険を冒した価値はあったというものだ」


「え、あんたもあれ見たの?」


「御曹司くんがあれを警察に流したら、警察から情報共有されている俺も当然中身を確認するだろう?」


 そうじゃなくて、あのパソコンには……いや、彼はそんなものを見ても大して何も思わないだろう。思わないだろうが、あんなシーンを見られた相手がこうしてわたしの目の前にいるというのは、どんな羞恥プレイなのだろうと思ってしまう。


「だからこそ、お前にも知らせておきたい。お前が今回暴いたデータの中にあった“綿垣わたがき佑之すけゆき”という人物だが……、そいつが真悠子の両親を殺し、顔にこの傷を付けた犯人だ」


 そう言って、彼は愛おしそうにマユの右頬に触れた。前髪の隙間から、彼女の右頬に残った痛々しい火傷の痕が見える。その時の傷が元で、彼女は右目の視力がない。

 幼い頃に事件に巻き込まれて負った傷だと聞いていたが、その犯人が“あにまる保育園”の裏側に居る者だったとは。思いもよらないところで話が繋がって、思わず言葉を失った。今もこうして“綿垣”の名が出てくるということは、マユの両親を奪った事件も、まだ片が付いていないのだろう。そしてきっと、彼が今最も解決したい事件がそれなのだろう。


「今回のことでわたしは“綿垣”に目を付けられてしまった。となれば、わたしの利用価値はいい囮ってこと?」


「まさか。その頭も利用させてもらうさ」


 萩くんだけではなく彼も、わたしを高く評価し過ぎだ。萩くんはともかく、彼の物差しではわたしはさして賢い部類には入らないだろう。それなのにわたしの頭脳を欲しているのは、わたしが賢いからではなくて、わたしがお母さんの血を引いているからなのだろうか。


「今週の日曜日、真悠子の用事が済んだら少し俺に付き合え。会わせたい人がいる。恐らくお前の父親と同じくらい、お前の母親について知る人物だ」


 そう聞かされて、俄然興味が湧いてくる。恋人だったお父さんと同じくらいお母さんについて知る人物とは、一体どんな関係の人だろう。親、兄弟、親友……色々考えられるが、恐らくお父さんの持っているお母さんの情報とはまた違った情報を持っているだろう。お母さんのことをほとんど知らないわたしからしたら、どんな情報でも欲しい。


「わかった。その日は丸一日空けておく」


「帰りに真悠子を迎えに行くから、そのままお前も連れていく。それじゃあな」


 用は済んだとばかりに、今度こそ病室を出て行こうとする彼を、マユが慌てて追いかける。


「ちょっと、何でさっさと帰っちゃうの? ごめんね、しーちゃん。体調戻らなかったら無理しないで全然いいからねー。じゃあ、またねー!」


 彼の後を追いかけて病室を出たマユがぐちぐちと文句を言っている声が、病室の扉が閉まっても聞こえてくる。

 マユはだいぶ変わったな。いい方向に。火傷のこともあって、あんなに快活な子じゃなかった。彼のおかげなのだろう。


 まったく今日は、次から次へと騒がしい。わたしはこれでも入院中の病人なのに。少し休もうと思って横になると、眠ってしまうつもりはなかったのに、そのまま意識を落としてしまった。

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