1-2-3.四月十七日③

 わたしは一紀くんやその両親から聞いた話をありのままに彼に話した。それから一紀くんが執着しているお姉さんのことも。

 昨日 家に帰ってからまとめ直したメモを萩くんにも提供し、萩くんはそこに自分で情報を追加しながらわたしの話を聞いていた。


「なるほどな……やはり“あにまる保育園”には何かがある。実際に行われていることもそうだが、その真の目的のような何かがあるのは間違いなさそうだ。先生はその話を聞いて、どう思った?」


 いつものように、萩くんはわたしに意見を求める。大体は話した通りではあるが、改めてもう一度考え直し、整理しながら口にする。


「色々情報提供があったとはいえ、それはもう十何年も前の話。まあ、十何年も前からそんなことをやっていたというのも恐ろしいけれど。今はまたやり方が変わっているかもしれないし、実際に行ってみないと何ともって感じかな。でも、“あにまる保育園”の言う情操教育が子供たちの死生観に何らかの影響を与えているのは間違いないと思う。そしてそれが殺傷事件の異常な発生率にも関係しているのも。あとは、その“お見送り”で選ばれた子が実際には何をさせられたのか。たぶんその選ばれた子が、後に犯罪者となる資質を備えてしまった子なんだと思う」


「僕もほとんど同意見だ。ただ、“連続的殺人事件”で逮捕された四人の幼馴染が、全て選ばれた子たちだとは考えにくいんじゃないか? 半年に一度くらいのペースで動物が死ぬとして、四人が選ばれるのに二年かかる。とは言えそれは、全ての機会でその幼馴染たちが選ばれたらということだ。死んだ動物と仲良くしていた子が、毎回毎回 仲良し四人組の誰かになるか?」


 確かにそれはそう。もしかすると、その選ばれる子というのも、何らかの作為的な基準で選ばれているのかもしれない。


「逆じゃない? その度に選ばれた子たちが仲良くなって、幼馴染になった。それならそんなに不自然でもないでしょう?」


 それか、仲良し四人組と仲の良かった動物を、意図的に弱らせたか。その可能性はあまり考えたくはないが、あり得ないことではないだろう。


「それもそうか。この“連続的殺人事件”については、今一度“連続的”だと捉えずに分析をしてみた方が良いかもしれないな。それにまだ犯人が捕まっていない五件目の事件のこともある。こちらは模倣犯の可能性もあると、警察は考えているらしい。どうも幼馴染ということで犯人を突き止め、捕まえてきた四件の事件と直接的な関わりはないということにしたいらしい」


 馬鹿馬鹿しい、と悪態を吐く萩くん。真実を追究することにこだわる萩くんとしては、その自分たちの面子を気にする警察の捜査には不満があるようだ。


「その可能性もなくはないかもね。これまでの犯人と違って今回の犯人はかなり用心深いのか何なのかはわからないけれど、まだ容疑者を絞り込むことすらできていないっていうのはちょっと異質だと思う」


「いや、容疑者は一人候補がいる。翠泉女子大教授、里脇さとわき克載かつのりだ」


 被害者の配偶者が容疑者になるのはよくあることではあるが、根拠はあるのだろうか。確かに事件以降、里脇教授は学校には来れていないらしい。夫婦仲は良いような噂も聞いたことがあったし、その“連続的殺人事件”を模倣した理由も謎だ。


「実は里脇は、事件以降 行方不明になっているんだ。いや、正確には事件当日に一度警察から聴取を受けているが、その後に失踪している。未だにその行方が掴めていないことから、一応 重要参考人として手配してはいるが、監禁されているか、殺害されている可能性もあるかもしれない」


「手口だけは模倣していたとしても、その目的が何だったのか、ということだよね。里脇夫妻を殺害することが目的だったり、もしくは里脇教授に何らかの脅迫を行うために、その妻を殺害したとかってことも考えられるわけか」


 そもそもこれまでの“連続的殺人事件”では失踪者は出ていない。この事件はこれまでの事件とは違う。だけれど“あにまる保育園”とは関係がないのかまではわからない。この事件を起こした犯人は、明らかに別種の犯人だ。だからと言って、“あにまる保育園”の情操教育が生み出した犯人ではないとする根拠はない。

 容疑者の一人として里脇教授が挙がっていて、その理由が失踪しているからだとしたら、実質的に容疑者はいないに等しい。証拠から突き止めた容疑者ではないのだから。


「まあ、こちらも引き続き僕の方で調べておく。先生は元凶の“あにまる保育園”の方に注力してくれ」


「わかった」


 話が一段落したところで時計を見ると、意外にも時間はまだ早い。話すことはたくさんあった気がするけれど、お互いに報告することが中心になって話があまり逸れなかったり膨らまなかったりで、スムーズに進んだのだろう。


 すると萩くんの方から口を開いた。資料をどけて、わたしの方をじっと見据えている。先ほどまでとは異なる真剣さを内包するその目は、冷静さと冷徹さと、あえて感情を殺したような無機質さを感じさせた。


「先生は、父親に母親のことを聞いたことはあるのか?」


 何故そんなことを聞くのだろう。一紀くんとのやり取りを話す中で、当然そのことにも触れた。それに彼には以前にも、わたしの家族については話したことがある。だけれどそんな突っ込んだ話をされたことはなかった。

 別に聞かれること自体は構わない。気になるのは、何故このタイミングで聞いたのか、だ。


「聞いたことはあるけど、答えてもらったことはないよ」


 すると萩くんは、小さく一息吐いて、また口を開く。


「……隠していたのは申し訳ないが、実は先生を採用するにあたって、事前に先生のことを調べさせてもらったんだ」


 すまない、と頭を下げる萩くんに、別にいいよ、と頭を上げさせる。

 かく言うわたしも、“彼”を使って萩くんのことは調べさせてもらっていたからお相子だろう。“彼”のことを萩くんに話すのは少々面倒だから、こちらこそ申し訳ないけれど、萩くんにそのことは言えない。


「立派で、面白い経歴の人だと思ったと同時に、不思議だったのが母親のことだ。調べても、先生の母親に関する情報がほとんどなかったんだ。行政的な情報として調べられたのは、先生の父親は先生が産まれる少し前に“加藤かとう観怜みれい”という女性と結婚し、先生の出生後にすぐ離婚しているということ。そして先生の親権は父親のものになり、今の家庭環境が続いているということくらいだったんだ」


 それはわたしも知っている。自分の戸籍を見て、自分の母親の存在をすぐに確認した。だけれどわたしはそれを不自然に思っていた。その出産のタイミングだけ婚姻関係にあったというのは、まるでお父さんが“加藤観怜”から産まれる子の親権を手に入れたかっただけのように見える。

 “彼”に調べてもらった時も、大した成果は得られなかった。“加藤観怜”は現在は別の男と再婚し、子供もいる。特に変わった経歴もないが、特筆するなら翠泉学園グループに通い続けていたことだろうか。

 中学はお父さんの強い薦めで翠泉女子大学付属中学を受験した。でもその理由を教えてはくれなかった。すぐに離婚したはずの“加藤観怜”の母校に通わせたかったのだろうか。

 それなら何故離婚したのだろう。それに、お父さんが見ていた位牌は誰のものだったのだろうか。調べればわかってしまうことを、頑なに隠し続けてきた理由もわからない。


「そして不思議に思ったのは、先生の戸籍上の母親は“加藤観怜”で間違いないが、産みの親が“加藤観怜”であることを示す公的なものが何一つ見当たらないんだ」


 公的なものというのは、出産の記録等だろうか。確かに、言われてみればそうだ。戸籍上は母親となっている人が、実際にわたしを産んだとは限らない。だとしたらお父さんが見ていた位牌は、わたしの産みの親のもの……?

 いや、だとしたら、そもそもどうしてお父さんは“加藤観怜”と結婚したのだろう。“加藤観怜”が産んでいないのであれば、わざわざ親権を得るためだけのような結婚すら必要ないはずだ。


「もし可能なら、いずれDNA検査をしてみるのもいいかもしれないな。頼まれれば、“加藤観怜”のDNAサンプルを手配することくらいは協力してもいい。普段 僕のワガママを聞いてもらっているささやかなお礼だ」


 そう言ってくれるのはありがたいが、わたしにはまだ、そこに踏み込む勇気がなかった。“加藤観怜”は今、別の家庭を持っている。どんな経緯でわたしが手放されたのかはわからないけれど、今更わたしが彼女と関わることは、彼女の迷惑になるかもしれない。萩くんが仲介するとしても、だ。


「……ありがとう。少し考えてみるよ」



 少しだけ時間は早かったけれど、今日はもうこれで終わりで良いと言われ、わたしはいつものように佐路さんに送ってもらった。


 萩くんがあんな誘いをしたのにも合点がいった。わたしが保留している、彼からのお願い。というより、あれは相談、交渉の類だったのだろう。


――うちで暮らさないか?


 萩くんはその時、女性の一人暮らしよりは安全だし、セレナさんもいるから困った時は力になれる、経済的にも支援するし、悪い提案ではないと思うと言っていた。確かに悪い提案ではないが、悪くなさ過ぎて、むしろ不審に思っていた。

 彼はたぶん、わたしはもう家族と上手くやれないと思っているのだろう。わたしが本当の母親にたどり着いたとして、その人が生きていたとして、もうその人と“家族”としてやっていくことはできないだろう。ここまで秘密を貫き通してきたお父さんとも、和解はできてももう“家族”として信じることはできないだろう。

 だからわたしに、家族を提供してくれようとしたのだ。彼自身がそれを求めて佐路さんとセレナさんを連れてきたように。


 だけれど、わたしは一紀くんの家で知ってしまった。本当の家族というものを。萩くんが作り出したのは、とても家族とは言えない代物だ。本人だって心のどこかでわかっているはず。だからわたしを求める。本当の家族を模倣するのに何が足りないかわからなくて、とりあえず自分の大事なものを集めている。


 もし“家族”を求めるなら、今のわたしにとって一番良い方法は、一紀くんと“家族”になることなんだろうな。だからきっと、わたしはいつまで経っても一人なんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る