1-2.
1-2-1.四月十七日①
週が明けて、いつも通り学校へ行く。
いつもの講義室に入り、いつもの席に着く。席は決められていないけれど、大体いつも同じ席に座ることが多い。それに周りも、あえて他の子がいつも座っている席を取ることもない。
わたしの両隣には
二人を待つ間の暇つぶしでスマホを弄っていると、一紀くんからメッセージが届いた。
〈今って自撮り送ってもらうことできます?〉
あまりにも唐突だった。わたしの写真なら、昨日あれほど撮っただろう。しかも今ほしいのだと言う。これは何かある。彼の意思ではないのだろうか。
〈ちょっと待ってね〉
わたしは彼の期待に応えるべく、スマホに向けて指でハートを作ってみた。いや、これだと物足りないかもな。せっかくなので、シャツのボタンを一個余計に外して、少しだけ胸元を覗かせる。スマホを持ち上げて上目遣いで、できるだけあざと可愛く映るように、それでいて素でいるかのように撮る。
「……何やってんの?」
少し遅れてやってきた愛淑が怪訝そうな様子で聞いてくる。
「んー? 彼氏が自撮り送ってって言うから」
何枚か撮って、一番良く撮れたものを適当に盛って、一紀くんに送っておいた。
そうして外したシャツのボタンを締め直していると、いつの間にか美祝も隣にやってきていたらしく、きらきらとした眼差しを向けられた。
「
鼻息を荒くして詰め寄ってくる美祝と、その口調を真似て、あらハレンチですわ~、なんて揶揄う愛淑。
「ちょっと落ち着いて、二人とも。別にどこまでも行ってないから」
すると、一紀くんからメッセージの返事が来て、わたしが画面に視線を落としたのにつられて二人も視線を落とした。
〈最高に可愛い一枚をありがとうございます! 愛してます!〉
これはちょっと、言い逃れるには苦しいか……?
格好の餌に食い付いた愛淑が、舌なめずりするようにわたしの耳元で囁く。
「……それで、どこまで行ったんだって? 聞かせてもらおうじゃない。じっくり、たっぷり」
「何もないって」
「何もないのに“愛してます”だなんて言われるんですの? 逆に、そこまで心酔させるテクをお教えいただきたいですわ」
美祝も逃がさないというように、二人してわたしの両脇を固めて詰め寄ってくる。わたしは観念したように小さく両手を上げると、二人も満足そうに席に座り直した。
「手は?」
「まあ、繋いだかな」
まあ! と大げさに反応する美祝。
「キスは?」
はぐらかしても良かったが、話すかどうかを悩む一瞬の間を作ってしまったため、諦めて潔く答えることにした。
「……した」
まあまあ! と美祝はますます興奮しだす。愛淑も質問を重ねるたびに少しずつテンションが上がっていっている。
「えっちは?!」
「それはまだ」
「え~、本当は?」
ちゃんと正直に答えているのに、愛淑は納得しないようだ。欲しい答えではなくてつまらないのだろう。
「ガチでまだだから。本当だってば!」
「でもまあ秒読みってことで」
こうして噂が独り歩きして、“童貞キラー”などという不名誉な二つ名が付けられているというわけか。わたしはまだ処女なのに。しかし、相手がいないわけでも興味がないわけでもない健康体なわたしが処女だと言っても、なかなか信じてはもらえないのかもしれない。だから周りは勝手に納得しやすい方の噂を飲み込んで、あたかもそれが本当かのように思ってしまうのだろう。
「そういう愛淑だって、あの後どうしたの? 何にも言ってこないけど、フミヤくんのこと狙ってたよね?」
「えぇっ!? 愛淑さんにも彼氏が?!」
案の定、簡単に食い付いた美祝を味方に付けて、矛先を愛淑にすり替える。
「いや、ちょっと待てって。彼氏じゃないから。別に付き合ったりとかないし」
「え、でもシたんでしょ? あの後」
「え゛っ、な、何で??」
わたしの問いに明らかな動揺を見せた時点で、イエスと言ったようなものだ。まあ、その前からそう思ってはいたんだけれど。
「あの場での愛淑の視線の遣り方と距離感で推定、わたしのメッセへの返信時間でほぼ確信、今の反応で確定、かな」
「いやマジで何で? 怖いこの子」
翠泉の子ならこのくらいみんなできる……とは言えないようで、実際にわたしの周りでここまで洞察力のある子はいない。翠泉生以外なら萩くんなんかはできるだろうけれど、確かにそうそういないというのはそうだろう。
だけど、毎度毎度そんな引かれるとさすがに傷付くな。わたしだけが特殊というわけでもないことなのに。
愛淑は観念したようにため息を一つ吐いて、あの後フミヤくんとどうなったのかを話してくれた。
「二次会の後でホテル連れてったわけよ。そんでまぁ、酔った勢いでって風を装って一発ヤったはいいんだけど、正直 別にタイプじゃないとか言われてさ。あたしはまぁ、ちょっとくらいは狙ってたんだよね。一応、今フリーだし? 悪くはないなぁと思って。で、まぁ、ちょっと落ち込んだわけなんだけど、でも、死ぬほど気持ち良かったらしくて。体だけの関係で良ければ今後も会いませんかって言われたのよ。はぁ? って感じでしょ? それってつまりセフレってことじゃん。マジ都合のいい女になれってことじゃん。タイプじゃないんでしょ? しかも最初にそう言われちゃったら、もう脈とかなくない? と思ってさ」
こうやって長々と愛淑が語る時は、今話した主旨から逆の結末になる時だ。この場合で言えば、彼女は彼の申し出を受けたのだろう。
「でも結局受け入れちゃったんだ。そっからの心変わり何? 何がどうなってオッケーしたの?」
「だって、タイプじゃないなんて言ってた男が死ぬほど気持ち良かったとか恍惚の表情で言うんだよ? タイプじゃないのに求めちゃうくらいだって言うんだよ? マジ自己肯定感満たされるよね」
しょうもな。と口に出そうとして、危うく飲み込んだ。
男はやっぱり顔より体なのだろう。一紀くんも内心では、心は自分に向かなくてもいいから体だけは許してほしかったなんて思っていたりするのだろうか。実際、わたしの太股が目当てだったことが発覚したし、体目当てという意味では間違っていないのかもしれないが。
でも、わたしが彼にセフレではなく“男友達”を提案したのには理由がある。気軽に体の関係を許せない以上、そうするしかなかったのだ。
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