1-1-7.四月十四日②
ふと反対側の隣を見れば、カズキくんがヒビキにお酒を飲まされていた。いい飲みっぷり、まだまだいける、などと囃し立てられて。
先輩であるヒビキの注ぐ酒は断れないし、正面に座る
実際、カズキくんが断れば、ヒビキの飲ませて盛り上げようとする欲求は美帆ちゃんに移るだろうし、賢い選択ではある。
しかし当のカズキくんはテーブルに肘を立てて、今にも崩れそうな身体を支えている。だいぶ瞼を重そうにして、顔色も悪いように見える。もうほとんど限界だろう。
「いいぞ、カズキ! 飲め飲め!」
またグラスにお酒を注がれてしまった。これ以上飲ませたら、本当に急性アルコール中毒で倒れるかもしれない。さすがに見ていられなくて、わたしはカズキくんの手からグラスを奪い取り、一気に飲み干した。
うわ、結構強いな、これ……。空気を悪くしないよう一気飲みしたけれど、調子に乗るとわたしもヤバいかも……。
「ヒュー、やるぅ、シエリちゃん!」
「あ、の……ありがとうございます」
正直、他人のことを気にしている余裕はない。けれど、隙を見せればつけ込まれるから、わたしは涼しい顔でいるよう努めた。
「カズキくん、大丈夫? 水飲みなさい、ほら」
カバンからペットボトルの水を出して、カズキくんに差し出した。どうせ最終的には酒を飲まされることになるだろうと思っていたわたしは、事前にカバンに忍ばせておいたのだ。まさかこんな形で使うことになるとは思わなかったけれど。
「ありがとうございます……」
素直にそれを受け取った彼は少し口を付けたけれど、あまり飲めないようだった。もうほとんど眠ってしまっているように舟を漕ぐ彼がどうにも不憫に思えて、わたしはカズキくんの肩を抱き寄せて、そのまま膝の上に倒した。
「少し横になってなよ。膝使ってくれていいからさ。楽な格好して、寝ちゃっていいからね」
うわごとのように、ありがとうございますと言う彼は、少し体勢を探るように身体を動かして、最終的に、わたしの腹の方を向くようにして落ち着いたらしい。
その子どものように丸まって眠る姿が可愛らしくて、思わず頭をそっと撫でた。
「シエリさん、意外と母性的なんですね。俺、包容力のある女性って、結構好きなんですよね」
「わたしそんな包容力とかないって。普段はこんなお清楚じゃないしね」
「へぇ~、それはそれで興味あるかも」
くそ、終わらないのか、この会話。とりあえず愛想笑いだけ振りまいておくと、ちょうどタイミングよく、ラストオーダーの案内に店員さんがやってくる。
わたしは一杯だけ水をもらって、みんなは二次会の相談をし始めた。
「
「あー……わたしはパス。ごめんね」
「だよねー」
意味深なウィンクを投げながら、愛淑はそっと耳打ちしてきた。
「その子、持って帰っちゃいなよ」
彼女のその言い方は誤解を生みそうだけれど、どうせこの人たちとももう会わないだろうし、どう思われてもいいか。
「じゃあ、そうしようかな。ほら、起きて。帰るよ」
カズキくんの頬をぺちぺちと叩くと、ぱちぱちと眩しさに目を細めながら、彼は目を覚ます。目を
「大丈夫? 気持ち悪くない? 立てそう?」
わたしの問いに、半分寝ながらこくこくと首肯するカズキくん。これはまだダメかもなぁ。まあでも、ユイトくんにわたしを諦めてもらうにはちょうどいい口実か。
自力では歩けるようなので、彼の手を引いて、個室の入り口の前に連れ出した。
「じゃあ、わたしたちはこれで。今日はどうもありがとう。またご縁があったら、誘ってくださいね~」
愛淑たちに見送られながら、わたしはカズキくんを連れてそそくさと店を出た。とりあえず彼らから解放されたはいいけれど、この後のことは何も考えていない。うちに連れていくにしても、ここから歩いていくにはちょっと遠いしなぁ。
結局、ここから一番近くて、それなりに
等間隔に並ぶ薄暗い街灯と、それ以上の明るさを感じる月光に照らされた広場のベンチ。わたしはその一つに腰かけて、カズキくんを隣に座らせる。
「ここは……?」
「駅の近くの公園。だいぶ酔ってるみたいだし、もう少し休んでいきなよ」
「ありがとう、ございます。……すみません」
そう言いながら、隣に座るカズキくんはわたしの肩に力なく頭を乗せてくる。わたしはさっきと同じように、彼の頭を膝の上に降ろした。今度は仰向けに寝かせて、持ってきていたいつものカーディガンを掛けてあげた。
「謝らなくていいんだよ。合コン、初めてだった? 正直、あんまり向いてないと思うよ?」
「俺も、そう思います。大学に入ったら、彼女できたらいいなぁって、漠然と思ってて。合コンで彼女作ろうぜって先輩に声かけられて、ちょっと舞い上がっちゃってたんだと思います」
夜風に当たって少し酔いが覚めてきたのか、思いのほか冷静に答えてくれる。きっと後で思い返して、今日のことは黒歴史だと思っちゃうのね。でもそんな忘れたい記憶も、お姉さんに優しくしてもらった記憶として上塗りしてあげる。そうすれば、思い返しても恥ずかしい思いはしないと思うから。
「彼女、欲しいの? わたしは彼氏って、あんまりいらないけどなぁ。どっちかって言えば、仲のいい男友達の方が欲しいかな」
「それ、彼氏とは違うんですか?」
「そりゃあ、違うよ。だって彼氏として特別扱いしてあげなくてもいいんだから、面倒くさくなくていいじゃない? 過剰に求められても、それに返してあげる義理もないし。楽しい時間だけを共有していたい。わたしは一人の時間も好きだから、適度な距離感っていうのかな、そういう関係がいいなと思ってるんだ」
そんなだから、付き合ったって長く続かないんだ。今まで最長でどのくらいだったかな。一ヶ月持ったことあったっけ。まあ大抵は、わたしを受け入れられなくて、みんな離れていっちゃうんだけど。
そんなわたしの話に、彼は興味深そうに相槌を打っていた。この考えを理解してくれるのだろうか。
「確かに……よく考えれば、俺も彼女が欲しい理由はパッと浮かばないです。ただ何となく、恋人がいない人生は寂しいっていう先入観で、求めていただけかも」
「まあ、周りはとやかく言ってくる人もいるしね。それに、わたしがおかしいだけで、恋人が欲しいのは正常なことだよ。男の子なんだし、えっちなことにも興味あるでしょ?」
「それは……まあ、そうなんですが……。でもたぶん、興味しかないんです。知らないから、知りたいっていうだけで。知ってしまったら、どうでもよくなってしまいそうで……。スキンシップも確かに重要かもしれませんが、身体のふれあいだけが、心を繋ぐものとも思えませんし。そういう意味では、シエリさんの言う、仲の良い異性の友達という関係は魅力的かもしれません」
淡々と紡ぐカズキくんは、わたしの方を向くでもなく、今まさに自分自身を理解しようとするように、どこか遠くを見つめながら話してくれた。きっとこれが、彼の本音に近い部分なのは間違いない。
世の中にはそういう男の子もいるんだねぇ。もしかしたら彼となら、わたしの理想とする関係が築けるかもしれない。ほんの少しだけ、そんな期待が生まれ始めていた。
「ねぇ、カズキくんさ。彼女にするなら、やっぱり自分の好みの女の子がいい? それとも、好みの女の子じゃなくても彼女にできるタイプ?」
わたしが突然そんなことを言い出すと、えっと……、とわたしの言葉の意味を探ろうとする。考えすぎてしまうタイプも嫌いではない。むしろ相手の言葉の裏にある部分を汲み取ろうとする姿勢は歓迎できる。でもこれは、純粋に聞いてみただけだ。素直に答えてくれればそれでいい。
「どちらかと言えば、好みの女性の方がいいです。でも、好みでなくても、たとえば俺を好きになってくれた人とか、には、俺の方からも歩み寄りたいなとは思います」
「そっかそっか。じゃあさ、カズキくん――わたしの彼氏にならない?」
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