1-1-6.四月十四日①

 合コンの当日、愛淑あすみから連絡をもらって、女性陣は少し早めに会場入りすることになっていた。場所は泉台せんだい駅前のカラオケ居酒屋“ありったけ”。昨年に二回くらい行ったことがあるが、鶏肉のおつまみメニューが多く、意外と美味しかった記憶がある。

 泉台駅はわたしの通う翠泉すいせん女子大学の最寄り駅でもあり、いわばこの駅周辺は翠泉生のホームグラウンドというわけだ。ここを会場に選んでくれて、まだ良かったと思うことにしよう。


 聞いていた部屋番号の個室の引き戸を開けると、中に居たのはまだ愛淑だけ。お座敷の部屋に入るのは初めてで、中央には大きな座卓と、壁際にはカラオケ用の大モニターが備え付けられていた。座卓の両向いに座布団が四つずつ置かれているが、そこそこ広い部屋で、実際には十余人くらいは収容できるだろうか。男女八人で使う部屋としては、充分すぎる広さだと感じた。


「お~お~、意外にも志絵莉しえりが二番目かぁ。乗り気じゃないっぽかったのに、結構気合入ってんじゃん」


 揶揄からかうような笑みを無視して、上座の二番目に座っていた愛淑を通り越し、一番奥の席に座る。幹事でも主役でもないわたしがここに座るのは少々はばかられるが、合コンでそこまで気にする必要もないかと思い直した。合コンという性質上、男女が向かい合って座るのは想像に難くないが、端っこならば視線が集中しにくいかと思って、せめてもの抵抗を試みたのだ。


「別に……。愛淑がハードル上げるから、がっかりさせたら可哀そうかなと思って」


 実際、服装もそれほど気合を入れたわけじゃない。いつもよりは小綺麗にしているけれども、化粧も香水も抑えめだ。帰りは冷えると思って、露出だって控えてきた。


「そんなこと言って、攻め攻めの清楚路線じゃん。なぁに、その格好」


 大人しめでいこうと思っていたけれど、淡い水色のブラウスに白のハイウエストスカートは色味的にも清楚寄りになっちゃうか。いや、それとも胸元のリボンがいけないのか? そういえば今日は、髪もワンカールだけでほとんど巻いてないしなぁ。これは時間がなかっただけなんだけど。


「こんばんは~」


「おっす~、美帆みほちゃん、佐葵さきちぃ」


 女子のもう二人がやってきて、わたしは人見知りがちに軽く会釈する。二人も結構可愛いじゃないか。レベル高いな、今日の合コン。普通にしていても、わたし 空気かもしれない。それはそれで良かったとほっとした。


「えーっと、こっちは同じ学科で同期の志絵莉。そんで、こっちがやな大の佐葵ちぃと、その後輩の美帆ちゃん。ああ、佐葵ちぃはうちらと同じ二年生ね」


 よろしく~、と適当に挨拶を交わして、二人は愛淑の隣——入り口に近い方に並んで座った。

 すると程なくして、男子陣も一斉にやってくる。梁川やながわ大学は共学だけど、翠泉は女子大だから、当然わたしと同じ大学の男子はいない。だから偶然知り合いの男子が来たり……なんてことはそうそうない。とは言え一応顔ぶれを確認して、今回も知り合いがいないことに一人安堵していた。


「うわぁ、みんな可愛いね! あすみん、やるぅ!」


 入ってきて早々に、いかにも軽薄そうな男が愛淑にウィンクする。他の面々を率いてやってくる彼が、男子陣の幹事なのだろう。


「でしょ~?」


 まず奥に通されたのは、いかにも初々しい様子の男の子。清潔感があって、顔つきがまだ高校生みたい。緊張しているのか、向かいのわたしと目を合わせようとはしない。


 続けて入ってくる男子は、茶髪の盛り上げ役、大人しそうに見えて獰猛な笑顔を見せるイケメンに、短髪で背の高い仏頂面の男の子。全体的に、顔のレベルはそんなに悪くない。いや良い方か。


「とりあえず、ドリンク頼んじゃおっか。あたしビールいっちゃうけど、みんなどうする?」


 愛淑が女子陣に声を掛けていく。いや、今日二十歳未満多いんじゃなかったっけ? っていうか、わたしも厳密には誕生日前だから二十歳未満なんだけど。


「あ、じゃあ私もビールで」


「えっと私は……ジンジャーエールでお願いします」


 佐葵ちゃんもいきなりビールいくんだ。でも美帆ちゃんはちゃんとアルコール避けたね。


「わたしはアイスティーで」


 わたしもしっかりアルコールは避ける。最初からアルコールだと、たぶん最後までアルコールを飲まされるから、これもせめてもの抵抗の一つだ。


「男子諸君はどうする?」


「俺ビールで。お前たちは?」


 茶髪の盛り上げ役くんは一応二十歳超えてるのかな。偏見で申し訳ないがそんな感じの見た目だし、合コン慣れしてそうだから、たぶん年長者なんだろう。


「あ、じゃあ、コーラで」


 一人がそう言うと、残りの二人もそれに続いた。


「じゃあ自己紹介しておこうか。あたしは翠泉の二年生の、アスミです! 二年生だけど一浪してるので、もうとっくに二十歳は超えてます。よろしくね♪」


 真ん中の愛淑が自己紹介したので次はどっちに行くかと思ったら、こちらに周りの視線が向いたので、少し遅れて自己紹介する。


「えーっと、わたしも翠泉の二年生で、シエリです。あ、わたしは現役です」


 他に何か言うこともなかったので、最後にニコっと微笑んでおいた。


「私は梁大の二年生の、サキです。あすみんからはサキちぃって呼ばれてまーす」


「私も梁大で、サキさんの後輩の一年生です。ミホと言います」


 今度は男子陣に自己紹介の順番が移り、まずは茶髪の盛り上げ役くんが名乗る。


「俺はヒビキ。ふな大の二年生っす。よろしく~」


 続いてわたしの正面に座った初々しい男の子。


「あ、えっと……カズキです。船大の一年です。よろしくお願いします」


 うん、真面目な子なのかな。あと声小っちゃいね。

 今度はカズキくんとは反対の、ヒビキの隣に座る獰猛なイケメン。


「同じく船大一年の、ユイトです。よろしく」


 またしても物静かな内に秘める肉食系の微笑みを見せる。

 そして最後に、短髪長身の男の子。彼も体格にしては顔つきは幼くて可愛らしい。


「フミヤです。僕も船大の一年生です」


 そこへちょうど、注文していたドリンクが運ばれてくる。各々がグラスを手に取り、愛淑の音頭で乾杯した。


 それにしても、男子はみんな船大か。言いたくないけれど、船迫ふなさこ大学の偏差値は中の下くらい。私立としてはお世辞にも良いとは言えないレベル。だけれど世間一般的には可もなく不可もなくといった感じ。まあ梁大も似たようなもんか。愛淑も翠泉の学生と言っても一浪してるからそこまでの格差を感じづらいかもしれないけれど、わたしは違う。偏差値七十超えの名門、翠泉女子大に現役合格しているわたしは、流石に場違いかもしれないと思ってしまう。

 翠泉はいわゆるお嬢様校だし、様々な業界の令嬢が集まっている。まあ、わたしみたいに一部例外もいるけれど。普通の高校から普通に大学受験をして大学生になった彼らとは違う。愛淑はどういう意図でこの面子を集めたんだろう。


 適度に料理を突きながら、適当に相槌を打って、耳障りな歌唱を聞いて、グラスを空にする。

 場違いだとわかっていても、たまにはこうしてバカになってみるのも悪くない。しゅうくんには悪いけれど、わたしにとってはこれがちょっとした気分転換でもあるのだ。


「じゃあそろそろ、恒例の席替えタイムと行きますかぁー!」


 愛淑の提案で、より交流を深めるために男女交互に座るよう、席替えが行われた。わたしの隣には、カズキくんと、ユイトくん。っていうかカズキくん、席変わってなくない?

 そして正面にはヒビキ。ヒビキの両隣は梁大の二人か。愛淑は入り口側の一番端っこで、彼女の正面のフミヤくんと仲良く談笑していた。彼はあまり打ち解けられていなかったみたいだったから、彼女なりの配慮だったのかもしれない。


「シエリさんって、休日何して過ごしてるんですか?」


 この獰猛なイケメンは、結構ぐいぐい攻めてくる。隣に愛淑もいるというのに、お構いなしに身体ごとこちらに向けて話を振ってくるのだ。


「休日はバイトかな」


 嘘である。休日はバイトのシフトを入れていないから、家でゴロゴロしていることが多い。ただ、暇だということを話してしまうとつけ入られるので嘘を吐いた。


「へぇ、バイトしてるんですね。翠泉の人ってバイトとかしないのかと勝手に思ってましたよ」


「まあ、傍から見ればお嬢様学校っぽいもんね」


 実際 お嬢様学校ではあるのだが、お金の忖度とかは一切ない、超実力主義のサバイバル校でもある。内部進学組はエスカレーター組じゃなくて修行者とか言われているくらい、入試以上に難解なテストに合格してきている連中だし。


「バイトって、何してるんです?」


「家庭教師だよ。中学生の」


「すごいなぁ、先生ですか。さすが翠泉ですね。えぇー、いいなぁ。俺も中学生の時、こんな美人の先生に教えてもらいたかったですよ」


 また一段と甘言が増えてきたなぁ。少しずつ出来上がってきてる・・・・・・・・・みたいだし。


「っていうかさ、キミさっきから飲んでるそれ、お酒でしょ。一年生なのにいいの?」


「あー……バレました? 先輩が、バレなきゃいいって」


 そう言いながら、ユイトくんはぐいっとグラスを空にした。そんな彼をフォローするように、ヒビキが嫌らしく笑う。


「シエリちゃん真面目だなぁ。若いうちから酒に慣らしておいたり、こういう場で自分の限界を知っておくのもありっしょ? シエリちゃんは、普段お酒飲まないの?」


 そう言われると弱い。わたしもまだ二十歳前ではあるが、実は一人でたしなんでいたりするのだ。


「まあ、そこそこは飲むかな。でもバレないようにしてよ? うちは一応名門校なんだから、バレて停学なんてごめんだからね」


「大丈夫 大丈夫。バレないって」


 そう言いながら、ヒビキは隣の美帆ちゃんと、向かいのカズキくんに酒を勧めていた。二人ともまだ二十歳前なのに。

 そして隣のユイトくんも、どうぞ、とわたしに酒を注ぐ。これは何の酒だろう。得体の知れないものを飲まされて、潰されるわけにはいかない。


「これは?」


「日本酒ですって。飲んだことあります?」


「わたし、普段梅酒くらいしか飲まないから。ビールとかも、苦くて苦手なんだよね」


 無難に梅酒に逃げて、何とかこの場は凌ぐことにした。それでも、量を飲まされると時間の問題だ。……愛淑のやつ、思いの外 面倒なのを連れてきたな。

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