1-1-4.四月十二日①

 翌日のお昼に、昨日 しゅうくんから受けたお願い・・・について説明するため、わたしは同じゼミの仲間を研究室に集めた。先生がいないことを確認して、適度に話をぼかしながら一通り説明する。


「まあまあ! 興味深いお話ですわ! ぜひ調べてみましょう! その“あにまる保育園”というところにも興味がありますし!」


 目をキラキラさせて真っ先に賛同してくれたのは、清楚な黒髪スレンダー美少女——黒瀧くろたき美祝みのり純粋培養ガチのお嬢様らしいから、萩くんとは多少なりとも感性が近いのか、彼のお願い・・・のことを話すと大抵賛同してくれる。

 ただ、表面的な部分しか聞いていないような気がして、彼とは似て非なる生き物だとは思っているけれど。


「でも大丈夫? 危なくない?」


 心配を口にしたのは、少し小柄でも豊満なバストを持つ鳥原とりはら莉世りせ。わたしも決して貧相というわけではないけれど、彼女と比べてしまうと虚しさはある。


「深入りしなければ大丈夫かなと思うけど。まあ、実際に行ってみないとこればっかりはね。動物と一緒にと言ってもどんな教育をしているのか、想像もつかないし」


 莉世はこの豆田まめたゼミで一番の上級生。四年生の代は誰もこのゼミに入らず、三年生の代も彼女だけ。その間一人で研究に勤しんでいたこともあって、わたしたちとは仲良くやっていきたいのだそうだ。歳も学年も一つ上だけれど、上下関係は気にせずタメ口で接してほしいと言うのでみんなそうしている。


「あたしも特に異論ないよ~。志絵莉しえりの小さなカレシのお願いだもんね」


 なんて茶化すのは、明るい茶色の長い髪をくるくると巻いた、藤好ふじよし愛淑あすみ。彼女は浪人しているから、わたしと学年は同じでも歳は一つ上だ。


「彼氏じゃないって。バイト先の生意気なガキンチョだよ」


「まあまあ、呼び方は何でもいいって」


 呼び方の違いじゃなくて、そもそも彼氏じゃないって言ってんでしょうが。愛淑はすぐに色事に紐付けたがる。この勘違いも何度訂正しても、一向にわかってくれる気配はない。


「具体的にはどうするおつもりですの? さすがに、先生に正直に話すというわけにもいきませんのでしょう?」


「そりゃあね。犯罪の証拠を掴みたいなんて言って、許してくれるわけないもんね」


 わたしたちの所属するゼミの豆田教授は優しいおじいちゃんだけど、何でもほいほい言うことを聞いてくれるわけじゃない。頼むにしても、頼み方は考えないといけない。


「ゼミの研究の一環でって言うよ。美祝の言う通り、“あにまる保育園”がどんな取り組みをしてるのかも純粋に気になるしね。何らかの事情があってこういう結果に繋がっているだけで、実際にはいい試みだとは思うから」


「動物を保育園で飼育して、そのふれあいから命を学ぶってパンフレットには書いてあるけど……。それでどうして殺人事件になるんだろうね……」


 莉世の疑問はもっともで、それが一番の謎だ。何にせよ、今はまだ情報が少なすぎる。

 話が重くなってきたところで、愛淑がすかさず話題を転換した。彼女はこの手の空気はあまり得意ではないのだ。 


「みんな暗くなりすぎ! もっと楽しい話しようよ~、せっかく集まったんだから。そうだ! 合コン組んだんだけど、来てくれる人!」


 賛同者には挙手を求めるように愛淑は高々と手を上げるが、それに続く者はいなかった。


「わたくしはそういうのはちょっと……」


 と、美祝がすぐに辞退する。まあ、お嬢様ということは、男避けのためにわざわざ女子校に入学したんだろうしね。本人の意向でなくても、少なくとも親はそのつもりなんじゃないかな。


 日程は? と莉世が聞くと、今週の金曜日、と愛淑が返す。


「あー、その日は私もパスね。講義遅くまで入ってるから」


 莉世も辞退したことで、必然的に愛淑の期待の眼差しがこちらに向けられる。

 合コンかぁ……あんまり気が進まないんだよねぇ。


「志絵莉は来るよね? 金曜日、シフトないでしょ? だからわざわざその日にしたんだし」


「わたし連れてく前提で組んだんかい……。女子会なら考えてもいいけど、当然男子もいるんでしょ?」


「そりゃねぇ。でも、春に入学したばかりのフレッシュマンを集めといたよ。志絵莉、年下好きっしょ?」


 やっぱり勘違いされている。萩くんは彼氏でもないし、恋愛対象でもない。彼のせいで、わたしが年下好きだと思われているんだろう。誠に遺憾である。


「まあ、考えとくよ」


 暇なのは事実だし、適当に流していればいいか。フレッシュマン中心ってことは、お酒も基本なしだろうし、気楽でいいかもしれない。


「早めに連絡ちょうだいよ? 超絶美少女連れてくからって言ってあるんだから」


「ちょっ、ハードル上げんのやめろよ。行きにくいじゃん」


「大丈夫 大丈夫、志絵莉の童貞キラーっぷりは傍から見ててもヤバいから」


 それを聞いた美祝がまあ! と顔を赤らめている。違う、違うぞ。わたしはそんなんじゃない。これまでの合コンでそんな風に呼ばれる要因があったか? 思い返せば……なくはない、のか?


「いや意味わかんないし。別に童貞殺してないから」


「またまたぁ、ご謙遜を。期待してるからね」


 別に変なことしてないのになぁ。どうしてこうなっちゃうんだろう。

 少し複雑な気分になりながら、時間も時間だったのでこれで解散になった。



 午後の講義が終わって再び研究室に出向いたわたしは、“保育、教育の場で変わった試みをしているので、その取り組みをぜひ現場で体験してみたいんです”と、いい感じに勤勉な学生っぽい理由を付けて豆田まめた教授に交渉してみた。すると、まさかのあっさりOKをもらえた。と言っても、先生の方から保育園に取材許可をもらうから、そこで断られたら諦めるしかないらしいけれど。


「動物とのふれあいで情操教育を行っている保育園とはね。よく見つけてきたねぇ、感心感心」


 などと言われてしまい、少しの後ろめたさもあり、わたしは一礼して早々に研究室を後にした。

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