第11話 再会*神野斗真*
*神野斗真*
「相変わらずだせーな、小野宮」
扉を入ってすぐ横に控えていた俺に、全く気づかなかった小野宮。こんなチョロくていいのかよ……。若干不安に思いながら、小野宮を見る。
「(久しぶりに、小野宮を見たな)」
おもしれーから狼狽える小野宮をもうちょい見よーと思ったが、久しぶりに会えた高揚感で、我慢ならなくなった。引き寄せて、抱きしめる。
相変わらず細くてちっせー体だな。でも、風邪はもう治ったんだろ?なんたって、ここまで走ってきたんだもんな。
ドア越しに、小野宮の息遣いが聞こえていた。あんなに息切れるくらい走れりゃ、健康そのものだろ。
「副委員長じゃなくて俺でビックリしたか?」
小野宮を少し離して、その顔を見る。
「は?」
その時、ビックリしたのは俺の方だった。
「か、かん……神野、くん……っ」
「お前なんで泣いてんだよ」
小野宮が泣いていた。俺に縋りつくように、いや実際にすがりついて、ポロポロ涙を流している。
「なんだよお前、来る時コケたのかよ」
「ちが、う……っ」
「顔が赤ぇぞ。まだ風邪治ってねぇんだろ?」
「それも、違……っ」
「……」
お手上げだ。俺はてっきり「もう!意地悪しないで!」って怒るくらいだと思ってたのに、なんで泣いてんだよ……。
「(あ)」
ここで「ある考え」が脳裏に浮かぶ。でもこれ、違ってたらかなり恥ずかしいやつだぞ……。でも、聞きたい――「なぁ小野宮」と意を決して口を開いた、その時だった。
「さ、寂し、かったの……」
「……は?」
「ある考え」を、まさか小野宮が自分の口から話してくれるとは予想もしなかった俺。小野宮がゆっくり喋る言葉を、心の中で「早く早く」と急かしながら待つ。
「神野、くん、に……会える、と、思って……学校、にも、見守り、にも、行ったのに……いな、くて……」
「……」
「寂しかった、の……っ」
「っ!」
小野宮の言葉を、もう一度俺の頭の中で再生する。そして――思わずしゃがんでしまう。
「な、んだよ……それ」
おい、ズリーだろ小野宮。お前、なんでそんな可愛いこと言っちまうんだよ。
「かん、の……くん……?」
「……っ」
久しぶりに会ったんだぞ。初めてキスして、それから何もなしで数日間……お前に会わず触れずで過ごしてきた、俺の気持ちを知ってんのかよ。
「ど、どうした、の……?」
「一応、我慢……してんだよ」
もう我慢しねぇって決めてたけど、お前、一応病み上がりだろ?待ってましたってばかりに迫ったら、さすがのお前も引くだろ?だから今だけ、我慢してんだよ俺は。
そんな俺の気持ちも知らねーで、お前って奴は……。
「神野、くん……あの」
「……なんだよ」
「私、神野、くんに……会ったら、お礼が……言い、たくて……」
「お礼?」
なんのだよ――
不思議に思いながら立ち上がる。身に覚えのねぇ俺に、小野宮は「忘れたの?」と驚いた顔をした。小野宮は「あのね」と、離れていた俺との距離を詰める。そして俺と同じように座り、俺の手を握った。小野宮の両手で、俺の片手が握られる。すごく汗ばんだ手に包まれ、小野宮が今いかに真剣かが伝わった。
「お、おばあちゃん、ありがとう」
「あ?ばーちゃん?」
「うん……前より、も……仲良く、なれた」
「そりゃ、よかったな……?」
なんで俺にお礼なんだよ。
俺がなんかしたか?
だけど「もしかして」と思う所もあった。俺とばーちゃんが小野宮家の1階で話していた時だ。
「まさかお前、あの時聞いてたな?」
小野宮はコクリと頷く。「そっか」と、俺は震える頭を撫でた。
「怖かったろ。ばーちゃんの本音を聞くのはよ」
「こ、わかっ……た……」
「ん、よく頑張ったな」
「……うんっ」
一度は止まっていた涙が、再び溢れ出す。もう濡れないようにと、両手で小野宮の顔を包みこみ、涙を拭ってやる。
「ばーちゃんが、本当は小野宮のことを恨んでるんじゃないかって、小野宮はずっと不安だったんだよな」
「うん……っ」
「ばーちゃん、お前のこと可愛くて仕方ねーんだよ。命の恩人って言ってたぜ。お前が宝物なんだよ」
「ふふ、そー、かなぁ」
「……」
照れたように笑う小野宮が可愛くて、潤んだ瞳が光って綺麗で。いけないとブレーキをかけていた判断が、途端に鈍る。そして――
「小野宮、悪ぃな」
「え、あ……」
小野宮も察したのか、俺の顔を、そして唇を見た。だんだんと近くなる二人の距離に、顔が赤くなっていくのが分かる。
「(ごめんな、小野宮。やっぱ我慢出来ねぇわ)」
その時だった。パシッと言う音と共に、唇に変な感触の物が当たる。見るとそこには、
「ご、ごめんね……神野、くんっ」
小野宮のちっせー手が、俺と小野宮の唇の間にいる。しばらく頭が真っ白になった後に初めて、小野宮にキスを拒否されたのだと理解した。
「……」
拒否されたと知って、改めて冷静になった俺。立ちあがる俺とは反対に、小野宮は気まずさからか、座ったまま目を合わそうとしない。
「……ほら、立てよ」
「あり、がとう」
差し出した手の上に、キスを邪魔された小野宮の白い手が乗る。
グイッ
腹立ち紛れに強引に引っ張り、そのまま抱きしめた。
「はぁ……ムカつく」
「か、神野、くん……っ?」
「お前さ……いや、何でもねーよ」
兄貴だったらキスさせてたのかよ――思わず聞いてしまいそうになるが、口に出さないようにグッと我慢をした。その時、小野宮が「決めてたの」と口を開いた。
「神野くんに、会ったら……言おうって……決めて、たの」
「何をだよ」
「た、たくさん……キス、しないで、って……っ」
「たくさんって……」
じゃあアレかよ。「ちょっとなら良いです」ってことかよ。チラッと小野宮を見ると、言いたかった事の半分も言えなかったような――そんな後悔の表情を浮かべている。
「(やっぱりな)」
小野宮を更に引っ張り、再び――前髪同士が当たる距離まで近づく。小野宮はまた赤面するものの、急いで唇を手でガードした。もちろん気に入らねぇ。だからガブッと、あまり歯を立てないように、ガードしている手の指先を、数本まとめて噛む。「あ」と、小野宮が驚きと少しの痛みに顔を歪めた後、畳み掛けるように問い詰めた。
「キスするの、一回なら許すのか?たくさんしなけりゃいんだもんな?」
「ち、ちが……っ」
「じゃあハッキリ言え。好きでもない人からキスされるのは嫌だからキスしないでって、ちゃんと俺に伝えろ」
「っ!」
俺の言葉がいかに的を射ているか、小野宮の表情を見れば分かる。実際、小野宮は「ごめんね」と俺に謝る始末だ。「分かりゃいーんだよ」と平然を取り繕った、表面上の俺。けど、内心はまぁまぁ凹んでいるのが嫌でも分かる。
「(やっぱり、まだ全然俺のこと好きじゃねーよな。告白してから日数経ってねーから当たり前だけど)」
小野宮の少しの変化で勘違いしちまう。期待しちまう。だからな、小野宮。曖昧な言葉を口にすんじゃねーよ。お前に少しでも迷いがあれば、すぐかっさらってやろうって思ってんだぞ――
「神野くん……?」
「あ?」
「だ、大丈夫……っ?」
生憎、お前のせーで落ち込んでるよ――そう言えたら、どれだけ良いか。
「なんでもねーよ。で、もう“ 伝えたい事”ってのは終わりか?」
「ううん、まだ……あるの。で、でも、」
「……さっきも言ったろ。正直に話せ。変に隠し事すんじゃねぇ」
「う、うん……」
なぜか潤んだ瞳の小野宮。俺の目を見て、覚悟を決めたように口にした。その言葉は――
「希春先輩の、事なの……」
「……」
この女、どこまで俺を落とせば気が済むんだよ……。けど「正直に話せ」と言った手前、突っぱねるわけにもいかねぇよな……。だけど、
キーンコーンカーンコーン
高い音でチャイムが鳴る。時計を見ると、午前9時。一限目の開始を告げるチャイムだ。チャイムが鳴り終わるのを待って、小野宮が口を開く。
おい、一限目はサボる気かよ。真面目が取り柄の「あの」小野宮がサボるなんて、意外すぎんだろ。けど裏を返せば、それだけ「話したい」って事なのか?
お前「が」好きな兄貴の事を?
お前「の」事が好きな俺に?
「(今日は厄日だな……)」
項垂れて席に座る。俺が座った席の前に来て、立ったまま小野宮は話し始めた。
「さっき、見守りの時……希春先輩が、変……だったの」
「は?今日の見守りは兄貴と一緒だったのかよ?」
「そうだよ……って、あれ?希春先輩は、神野くんが、昨日の夜、確認しに、来たって……言ってたよ?同じ苗字、だから、どっち、なんだって……」
「そー…………だったな。忘れてたわ」
自分自身を落ち着かせるため、一呼吸おく。そして何事もなかったように、話を続けた。
「で、その兄貴が何だって?」
「え?あ、うん。なんか⋯⋯悩んでる……みたいな……元気が、なくて……。」
「ふぅん……」
俺が黙ったのを見て、心当りがあるのだと踏んだ小野宮。だが、残念だが検討違いだ。
「俺はなんも知らねーよ。兄貴も、家じゃ普通だったしな」
「そう、なんだ……」
「俺が気になったのはむしろ、」
と喋りかけて、止める。小野宮の不安そうな顔が目に入ったからだ。ここで話すのは、賢明じゃねーな。
「……なんでもねーよ。それで?俺に家でリサーチしてこいって?兄貴に元気がねぇ理由を」
「え……?や、違うの……。希春先輩が、元気なかった、のは……すごく心配、した。けど、私……」
ギュッと、手に力を込める小野宮。あまりに力を入れすぎて、ただでさえ白い手が真っ白だ。俺は包み込むように、その手を握った。すると、小野宮は……
「うっ……」
なぜか泣いた。おい待てよ小野宮。お前、今日意味が分かんねーよ。
「(どうすりゃいんだよ、とりあえず頭撫でときゃいーのか……?)」
オズオズと手を伸ばし、小野宮の頭を撫でる。すると小野宮が俺の手に、自分の手を重ねた。そして必死に伝えてきた。今の、自分の想いを――
「この手を、思い、出しちゃうの」
「あ?」
「好きな希春先輩が、元気ないのに、そんな、時でも……神野くんの、顔を、見たら……神野くんで、いっぱいに、なっちゃう……」
「っ!」
「こんな薄情な、私が、いるなんて……知らなくて、驚いて……っ」
俺の手から自身の手を離した後、両手で顔を覆う小野宮。その姿を見て、なんとなく察した。今日最初に会った時に小野宮が泣いたのは、俺に会えなくて寂しかったから「だけ」じゃねぇ。自分の中にいる「薄情な自分」に気づいちまって、ショックだったんだろ。
「(ってか小野宮、お前、授業は簡単にサボるくせに、こんな事には真面目かよ)」
だって、そうだろ。コイツが今喋った事って、別の言い方で言えば――兄貴の事よりも俺の事を考えちまうって事だろ?
「(……は?いや、待て待て)」
自分の言葉に自分が慌てる。待て、落ち着け。俺。だって、ついさっき「全然俺のこと好きじゃねーな」って確信したばっかだろ?
「(でも、クソ……期待しちまう)」
だって、聞き間違いじゃねーんだよ。小野宮が言ったのを、この耳で聞いたんだ。目の前にいる小野宮が、俺の事――
「っ!」
瞬間、顔から火が出たように熱くなる。うわ、だせぇ……。ぜってー顔を見られねぇようにしねーと……っ。
「神野くん……?」
「なんだよ、なんでもねーよ」
「で、でも、すごい汗……これ」
そう言って、白い手で握ったハンカチを差し出す小野宮。恥ずかしさでそれどころじゃねー俺は、ハンカチじゃなくて白い手を迷いなく掴む。そして、
「今近づいたらキスするからな」
と牽制をして、自分の体裁を守った。小野宮が素早く俺から離れたのを確認して、念の為、聞いておく。
「なぁ、お前さ」
「な、に……?」
変な構えで俺からの質問に答える小野宮。そんな事で笑えてくるのは、俺の機嫌がいいからだろーな。「聞きてーんだけど」と、ニヤけた顔を隠しながら尋ねる。
「今どれくらい俺のこと好きになってんだよ?」
「え……?」
遠慮がちに笑う小野宮。その頭上に「?」が飛んでいるのが見える。瞬間、頭に隕石が当たったかのような衝撃を覚えた。だって、おい、嘘だろ……。
「(本人が無自覚とか、そんなんありかよ……っ)」
どうやら小野宮は兄貴への恋に一生懸命になりすぎてて、自分の気持ちが俺に向きつつある事に気づいてねぇらしい。いくら好きになりかけてもらったとしても、本人が「その気持ち」に気づいてねーんじゃ、そっから進展なんてあるわけねー。
俺が言われて嬉しい言葉も、されて嬉しい態度も――小野宮にとっては恋の「こ」の字もねぇ無意味な事だ。
「(前途多難すぎるだろ……)」
小野宮の中で俺がまだまだ友達の範疇に居ることが分かり、さっきのは全てぬか喜びだったと思い知らされる。体の力が、抜けていく……。
「はぁ……」
「か、神野くん!どうし、たのっ?」
「なんでもねーよ……」
誰でもいい。誰かこいつに「それが恋なんだ」って教えてやってくれ――
◇
一限目をサボった後の授業は、きちんと出た。そして昼休みになり、ある所に来ている。
ガラッ
ある教室の扉を開けて、中を見回す。近くの男子が「なんで一年がここにいんだよ」と不思議そうにしていると、女子が「王子!なんでここに〜?」と声を上げた。
話す義理はねぇ。無言で中に入って、足早に目当ての席まで歩いた。すると、立ち止まった瞬間に、
「珍しいね、斗真が俺の教室に来るなんて」
と話しかけてきた。
「……こっちを見もせずに、よく俺だって分かったな。兄貴」
すると、今まで何やら書き物をしていた手をピタリと止めて、兄貴が俺を見る。そして「分かるよ」と言った。
「三年の教室に臆することなく入ってくる一年なんて、斗真しかいないでしょ。それに“ 王子”って周りが囁いてる声に、俺が気づかないとでも〜?」
「周りが勝手に、そう呼んでるだけだ」
「でも……誰か一人の“ 王子”であることには変わりないでしょ?」
「は?」
何言ってんだ?全然理解できねー内容に、思わず小首を傾げる。なぁ小野宮。本当に兄貴が「元気がない」ように見えたか?よく回る口だぞ。今だって、視力が悪ぃから板書の時だけ掛けるらしいメガネの奥が、怪しく光ってる。何か企んでるのか?いや、企んで「いた」のか。
「聞きてー事があんだよ。俺はここでもいーけど、兄貴が困んじゃねーの?」
「別に俺は困る事ないけどなぁ」とニコニコしながら席を立つ兄貴。どうやら場所を変えるらしい。そして二人で教室を出ようとした時、副委員長とすれ違った。
「あら、弟くん」
「おう、副委員長」
挨拶をしただけなのに、周りの女子がヒソヒソ話してるのが聞こえる。「いーなー」とか「ズルいー」とか、そんな声が聞こえた。
「おい」
声のした方を見て、思わず声をかけちまった。イライラしてたから何を言おうか何も考えてねぇ……くそ。なんて言えばいーんだよ。けど、そこで目にした「三年の」女子達。小野宮よりも大人っぽい女子たち。
「(小野宮もこれくらい成長したら“ 恋”が何なのか、さすがに気づいてるんだろーな)」
そう思ったが、急いで訂正だ。だって、さすがに鈍感が過ぎるだろ。三年間オアズケとか、さすがに待てる気しねぇよ。
「(でもあの小野宮だぞ。平気で人をときめかす言葉を吐いて“ 微塵も好きじゃない“ とか抜かす、あの鈍感オンナだぞ?)」
もしかして、覚悟しねーといけねーかもな。
「はぁ……」
ため息が出て、女子たちを見るのをやめる。すると、
「見た?今の王子!いつもは狂犬っぽいのに、憂いに満ちた表情して」
「クルよねぇ〜」
「ソソるわぁ」
「あの熱を持った目で見つめられたいよねぇ」
その声は俺や副委員長、そして当然、兄貴の耳にも届く。
「さすが我が校の王子。モテモテだねぇ」
茶化すように俺の肩を叩く兄貴。クソ、腹立つ……。
「噂されんのは慣れてる。それより副委員長、一緒についてきてくれ」
「え?」
「交通委員として直々に聞きてーことがあんだよ。頼む」
副委員長は戸惑いながらも、俺達の後を着いてくる。俺たちがいなくなった教室では「なんだー委員会のことかー」と残念がる声が響いた。そして――近くの空き教室に集う。
「で?交通委員の事で聞きたいことってなに?斗真」
「……うぜーな」
「え!なんで!?」
女子たちがよからぬ噂を立てそうだったからカモフラージュで「交通委員」て言っただけだよ、気づけよ。
「一年からずっと同じクラスだから薄々は気づいてたけど……ホント、神野くんって鈍感よね」
「え、上重(カミシゲ)さん気づいてたの?」
副委員長は「上重」って名前かと俺が知った横で、副委員長が冷めた目で兄貴を見ていた。確か副委員長、兄貴の事が好きなんだよな?
「(そういや兄貴も昔から鈍感だったな……副委員長も苦労しそうだな)」
まるで自分を見ているようで、いたたまれなくて……副委員長から目を背ける。そして本題に切り込んだ。
「今日の見守り、小野宮とペアだったのは兄貴かよ?」
「え」と驚いたのは副委員長で、兄貴はクスっと笑って答えた。
「そうだよ。俺が斗真を騙して、今日、莉子ちゃんとペアになった」
「何のために?俺には、“ 見守り中にキスした罰で、俺は暫く見守りは無しになった”って言ったじゃねーか」
「言ったね」
「しかも、きちんと代わりの人を割り当てたから安心してって言ってた癖に、何ちゃっかり自分が小野宮とペアになってんだよ。全然安心できねーだろ。説明しろ」
「説明、ねぇ」
「……」
そう。朝、小野宮と話していた時に覚えた違和感はコレだ。
『希春先輩は、神野くんが、昨日の夜、確認しに、来たって……言ってたよ?同じ苗字、だから、どっち、なんだって……』
小野宮はそう言った。けど、全然ちげーよ。俺に嘘ついてまでお前に会いに行ってんだぜ?元気そのものだろ。やっぱ兄貴は食えねぇ奴だ――
「俺も聞きたいことあるんだけどね」
壁によりかかって腕を組み、俺と副委員長を交互に見る兄貴。ピクっと、一瞬だけ副委員長が構えたのが分かった。
「朝の放送は何?小野宮さんの呼び出し、あれは上重さんの声だよね?でも上重さんは放送後すぐに教室に戻ってきてた。会ってたのは――斗真だね?」
「……だったら何だよ」
「小野宮さんが初めての見守りの日も、斗真がペアの人と代わって小野宮さんと一緒にいた。それは、副委員長の許しがあっての事だったんじゃないかって、俺は思うんだよね」
副委員長に目をやる。しれっとした表情して立ってるけど、大丈夫か?
「ねぇ上重さん、斗真。二人で何を結託してるの?それを話してくれないと、俺も話さないよ。ってか、裏でコソコソされていい気はしないでしょ?話す気すらおきないね」
ニコッと笑う兄貴の顔面に、猛烈にパンチを入れてぇ……。妙に正論なのも、また腹が立つ。
「利害関係が一致してんだよ。これ以上は副委員長のプライバシーに関わるから言わねぇよ」
「弟くん……」
利害関係――委員会で小野宮が泣いた時、委員会が解散した後に副委員長と話した、あの内容だ。
『たった一人の“ 誰か”が手を差し伸べてくれるだけで、地味子って案外逞しく変われるものなのよ』
『で……言いたいことは?』
『何もその“ 誰か”が委員長じゃなくて、あなたでもいいんじゃない?って話よ』
副委員長は、兄貴が世話を焼く小野宮の存在を心配していた。二人が付き合うんじゃねーかって。だから、その世話役を俺がすれば良いじゃないかと持ちかけてきた。そして俺は――その話に乗っちまった。いや、気づいたら乗ってた、と言うべきか……。
「(小野宮の仮面の下をもっと見てぇって思ったら、つい言っちまったんだよな)」
俺がお前を変えてやる――って。だから、その日、小野宮と解散したその足で、副委員長を探した。そして何とか合流できた副委員長に、小野宮と特訓することになったと話した。
『そっちの要件飲んだんだから、これからは、俺の要件も飲んでくれよな』
無事に同盟を組んだ後、手初めに、小野宮の見守りのペアを「俺」に変えてもらうように頼んだ。後は兄貴の推察通りだ。今朝の放送も、俺が副委員長に頼んでやってもらった。小野宮を驚かせたかったし、まさか兄貴にここまで気づかれてるとも思わなかったしな。けど、兄貴はそれが気に入らねーらしい。「それに」と副委員長を見た。
「以前、斗真が放送で呼び出されたアレも。小野宮さんが風邪で倒れて曖昧になってたけど、あの放送も上重さんだった。現に、俺と小野宮さんがコッソリ覗いた時、二人は何か話してたでしょ」
「キスの噂が流れて、それを叱ってただけよ」
「“ こんな問題になるくらいなら、ペアの交代なんて許すんじゃなかった”――大体こんな内容かな?」
「……」
「(おいおい……)」
副委員長、震えてんぞ。兄貴、気づいてんのか?ちょっと詰め寄り過ぎだろ……。
いつの間にか蚊帳の外になっていた俺。副委員長の様子がだんだんおかしい事に気づく。けど、兄貴の口は止まらない。今に限って、いつもより口がよく回るようだった。
「隠す気があるのかないのか……放送を使ってお互い美味しい蜜を吸ってるんだから、何だか可笑しな話だよね。でも、だからこそ俺も気づく事が出来たわけだけど」
すると、その時。
小さな声が聞こえた。
「……のよ」
それは副委員長の声で、確かに声は小さいが、でも……それ以上の気迫を感じる。今度はこっちが身構える番か……?そう思った時だった。
「何が悪いのよ」
「え?」
副委員長が――――爆発した。
「私が神野くんの事を好きだから弟くんに協力してもらってんのよ!!なに?それが悪いわけ!?」
「え、えぇっ?」
「小野宮さん小野宮さんって、何なの!?確かに可愛いわよ!華があるわよ!私じゃ足元にも及ばないわよ!!でもねぇ、あの子よりも私は神野くんの事を知ってるのよ!あの子が神野くんの事を知る前から、私は神野くんの事が好きだったんだから!!これくらいしたっていいでしょ!
この鈍感バカ男!!」
バタンッ
「……」
「……」
あ、あまりの勢いに、圧倒されちまった……。あの女、全部ぶちまけて出て行っちまったけど、大丈夫なのかよ。兄貴と同じクラスなんだろ?もう昼休みが終わるぞ?
「斗真……今の、話って……」
「あ?本人から聞いただろ。事実だよ」
「え……?」
まるで乙女みてーに顔を赤らめる兄貴。いやちげーだろ。やる事が。
「自分に惚れた女を泣かせておいて、なに呆けてんだよ。追いかけろよ」
「え、泣いてた?」
「副委員長のどこ見てたんだよ……そうやって三年間、副委員長に目を向けなかったんだな」
「で、でも俺は……っ」
「でも」も「へったくれ」もねーだろ。俺は兄貴を見損なって、教室から出る。
「もういい。俺が探す」
兄貴が俺を止める事は、なかった。
◇
こういう時は大体、校舎裏にいるよな――ほぼ勘だけど、当たった。校舎裏でブロックの段差に座っている副委員長を見つけた。その瞬間に、チャイムが鳴る。午後の授業の始まりだ。
「おーい、副委員長〜」
「! 弟くん、かぁ……」
「あからさまに残念がるの止めてくんね?」
さすが図太い女だな。さっき泣いてたのも忘れたように、今では案外普通にしていて、手持ち無沙汰なのか雑草を抜いている。
「残念がってないわよ。神野くんなら絶対追いかけてこないだろうなって分かってたから」
「さすが、よく分析してんだな」
「まぁね……」
好きだからね――その一声が、悲しく聞こえる。やっぱ副委員長も、人並みに傷ついてんのか?
「あんな啖呵切って平気かよ?」
「平気に見える?ずっと気持ちを隠してたのに、あんな形で告白しちゃって……バカみたいよ」
「ハァ」とため息をついて、土の上を歩くダンゴムシを丸める。心做しか、副委員長も、背中をキュッと丸めた気がした。
「同じクラスなのに、委員会だって同じなのに、これからどうしよう……」
「ずっとサボるか?今みたいに」
「バカ言わないでよ」
「案外本気だぜ。俺もサボりてー気分なんだよ」
副委員長が俺の方を向く。そして「何があったの」と尋ねた。
「別に。鈍感なヤツを相手すると、ウゼーなって話だよ」
「ふふ。小野宮さん、鈍感なのね」
「国宝級のな。兄貴も兄貴でポンコツだし……。俺ら、似た者同士を好きになった、似た者同士だな」
すると、副委員長が「あはは!」と笑った。体を伸ばして歩き始めたダンゴムシを見て、副委員長も立ち上がる。
「もう開き直って行くしかないわね」
「そーそー。長期戦覚悟でな」
「お互い、とんでない人を好きになったわね」
「……ぷ、そーだな」
いくら「面倒な奴」って思ってても、ソイツを好きになっちまったんだから仕方ねぇよなぁ。きっと副委員長も同じだ。諦める事が出来ねぇから、突き進むしかねぇんだよな、俺ら。
「よし、愚痴に付き合ってくれたお礼に何か奢るわよ」
「じゃあステーキ、今すぐ」
「学校から出るわけないでしょ。ほら、どのジュースがいいの?」
「チッ。結局ジュースかよ」
そして俺と副委員長はジュースを飲んだ後、大人しく授業に戻る。あんまりボイコットしてると「神野、二年の授業についていけなくて嫌になったか?」とか担任に言われそーだからな。
「そういや弟くん、二年の授業にはついていけてるの?」
「まぁそこそこ」
「ふーん、可愛くないわね」
「うっせ」
境地が似ているだけあって、副委員長との会話が弾む。気を使わないから、話していて楽だ。男友達みてーなもんだな――そんなことを思っていた。
だけど、この瞬間。
俺は知らなかった。
「 (あれ、神野くん……?) 」
まさか今までの光景を――副委員長と仲睦まじく話している光景を、小野宮本人が見ていたなんて知る由もなかった。そして、まさかこの出来事が、小野宮の潜在的な気持ちを引き出すきっかけになる事も、
「何でジュースが首についてるのよ」
「仕方ねーだろ。炭酸なんだよ」
「あ、動かないで。今ティッシュで拭くから」
この時の俺は、知る由もなかったんだ。
*神野斗真*end
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