第12話 神野くんの隣
「……」
私は今、変な光景を目にしています……。朝、会議室で解散をする時に「ちゃんと授業に出ろよ」と言われた、その神野くんが、午後の授業が始まっているのに、自動販売機の前にいるのを見つけました……。
「 (私にはあんな事言っておいて……神野くんはサボっちゃってる) 」
しかも校舎裏に。何か用でもあるのかな?
「 (あ、笑ってる) 」
神野くんが、困ったように笑ったのが見える。でも、優しい顔をしてる……。口が動いてる?あ、きっと誰かと一緒にいるんだ!
私のいる席からは、ちょうど神野くんしか見えない。姿勢を変えて何とか見ようとしたけど、ダメだ……これ以上は先生に注意されるから止めておこう。
「 (でも、今は飛び級の期間中だから……二年生の誰かと一緒に居るってこと?もう友達できたのかな?) 」
さすが、神野くん。ビシバシ物を言う性格は、言い換えれば、分け隔てなく誰にでも話しかけるということ。たった数日、いや半日あれば、神野くんなら友達をたくさん作れそう。
「 (いいなぁ、羨ましいなぁ) 」
でも、同時に誇らしい。さすが私の放課後の先生……っ。だけど……
「 (先生、かぁ……) 」
妙な引っ掛かりを覚えたような……
いやいや、気の所為のような……?
「 (先生の呼び方で違和感があったなら……友達?) 」
いや、でも……友達はキスしないよね……?神野くんが無理やりしたと言えば、そりゃそうなんだけど……っ。何故か、私も全力で拒まなかったし……。
「 (思い出しただけで、暑い……っ) 」
すごいスピードで顔が赤くなる。全身から汗がジワジワ出てくるのを感じ、急いで手で扇いだ。すると「はい」と遠慮がちに、私に差し出された手。その手には、うちわが握られている。
「よかったら使って。今日暑いし」
「あ……」
中島くんとは反対の、私の席の隣の人――早乙女(サオトメ)くん。無口だけど怖くなくて、いつも穏やかな表情をしている人。
「あ、ありがとう……っ」
あまり話した事はなかったから、嬉しいな!中島くんが毎日話しかけてくれるおかげで、神野くん以外の人と話す免疫がついてきた。だんだん緊張せずに話せるようになってるのが、自分でも分かる。神野くんが帰ってくるまでに、もっともっと頑張るぞ!
「ほんと……涼しー、ね……っ」
「……ちょっと驚いた」
「え?」
「最近、中島とよく話してるのを見たから俺も……っていう、ただの好奇心だったけど。すごいね小野宮さん。話せるんだ」
「あ、ありがとう……?」
褒められてる、よね?私が曖昧な返事をしたからか、早乙女くんは「あ、ごめんごめん」と言って少し笑った。
「大丈夫、褒めてるから」
「っ! へへ……嬉しい」
早乙女くんの言葉が本当に嬉しくて、頬に手を当てて照れながら喜ぶ。
「可愛い反応するね。思い切って小野宮さんに話しかけてよかった。また話してね」
「こ、こちら、こそ……っ」
早乙女くんはヒラヒラと手を振って、授業に集中した。私は頭の中で「今かわいいって言われたよね?」と一瞬だけ戸惑う。だけど、
「 (おばあちゃんにもよく言われるし、孫を可愛く思う気持ちなのかな?) 」
早乙女くん、静かで大人っぽいし。私みたいなちんちくりんは、きっと子供に見えるんだろうなぁ。
「 (あー涼しい) 」
ありがたくうちわで仰ぎながら、再び神野くんがいた所に目をやる。すると……
「 (あ、話し相手が見えた!え……?) 」
その時、衝撃な光景を見てしまう。
「 (な、何で副委員長と神野くんが授業サボってまで一緒にいるの……っ?) 」
仲睦まじい様子でジュースを飲み合う二人。話して、笑って。また話して、笑って。この繰り返し。神野くん、あんなに笑ってる……。め、珍しいなぁ。何を話してるのかなぁ……。二人きりで。
「 (あ、副委員長が神野くんに近づいた) 」
副委員長が速いスピードで神野くんに近づくのが見えた。しかも、神野くんの首に顔を近づけて……何をしているんだろう?
「 (まさか、キス……っ?) 」
ザワっと、大きな音を立てて心がざわめく。そしてまた、体の内側が火をつけたように熱くなり、
パタパタパタ――
私はひたすら、うちわを扇ぐ。もちろん授業の内容は、全く耳に入ってこなかった。その後の授業は、もぬけの殻の状態で過ごして……やっと放課後。
「 (なんだか、疲れたな)」
神野くんと副委員長を見かけてから、体が重くなった。重力に逆らえないような、そんな感じ。シャーペンを持つ手もだるい気がするし、いつもは軽いスリッパでさえ脱ぎたくて仕方ない。なんか、居心地悪い。神野くんの隣に副委員長がいた。それだけの事って、思えばいいのに。
「はぁ……」
もう何度目かになるか分からないため息を着いた、その時。
「元気ないね」
うちわを貸してくれた早乙女くんが、帰り支度をしながら私を見ていた。
「元気……ないことは、ない……んだけど……」
「ぷ、どっち」
静かに笑う早乙女くん。滅多に見られない早乙女くんの笑顔に、思わず私もつられてしまう。すると早乙女くんが「聞くよ」と、帰るはずだったのに、また着席した。
「何かあったか、俺で良ければ聞くよ」
「え、でも……」
「隣でずっとため息つかれても気になるしね」
そしてまた、早乙女くんは笑った。私は恥ずかしさから、早乙女くんから未だ借りていたうちわで、顔を隠す。
「じゃ、じゃあ……このままで……話して、いい……?」
「うん、いいよ」
顔を見られながらだと、やっぱり恥ずかしいから……うちわを借りていて本当によかった。
「あ、あのね……」
ポツリポツリ。自分の気持ちの整理をしながら話す。自分でも、なんでこんなにモヤモヤするのか分かってないから。早乙女くんなら、このモヤモヤが分かるかな?
「尊敬する、男の人が……自分じゃない、別の女の人と……いたと、して」
「うん」
「それを、見て……モヤモヤ、するのって……なんだと、思う……?」
私の言いたい事、伝わったかな……?うちわ越しだけど声はきちんと届いたかな?不安になって、チラリと覗く。すると早乙女くんは、私の方は向かずに前を向いたまま「んー」と頬杖をついて悩んでいた。かと思えば、
「それさ、簡単」
と呆気なく答えを出す。
「それは小野宮さんが嫉妬してるんだと思う」
「し、っと……?」
「うん。とられたみたいで悔しいんじゃないの」
「とられた、みたい……?」
とられたって……神野くんを?でも、別に神野くんは私の物でもないし……あ、いや、違う。あの時間だけは、私だけの神野くんだ――
「そ、そうなの、かも……」
「納得いった?」
「うん……放課後だけは、私の先生なの」
「……ん?」
まだうちわで顔を隠したままの私に、早乙女くんが返事をする。その声色に、所々「?」が見え隠れしていた。
「先生ってことは、小野宮さんが弟子?」
「いや、生徒……かな……?」
「そっか……いや、呼び方の問題じゃなくて。え、つまり、小野宮さんは誰かに取られた気分になって悔しいって言うより、先生に構って貰えなくて寂しいってこと?」
「あ。それに近い、かも……。私が隣のはず、だったのにって……その位置は、私の場所、なのにって……」
「そうか。僕はてっきり小野宮さんが――」
「……」
「……」
あれ?急に早乙女くんの声が聞こえなくなって、一分くらい経った。私はまだうちわで壁を作っていたから、早乙女くんの方は見えない。早乙女くんが言おうとしてた言葉、もっと聞きたかったんだけど……。
「さ、早乙女、くん……?」
不思議に思って、うちわを下げる。すると、そこには――
「よぉ小野宮。朝ぶりだな」
「か、神野くん……!?」
確かにさっきまで早乙女くんが座っていた席に、なぜか神野くんが座っていた。しかも、なんだか……ご機嫌ナナメな雰囲気……。
「ど、どしたの……?」
神野くんの眉間に皺が寄ってるとか、口はへの字に曲がってるとか、もっと色々怖い要素はあったけど……!でも、神野くんと話したいから、話しかけた。それなのに……
「ひでーよな、小野宮は」
「へ?ひ、ひどい……?」
神野くんは私を見ない。見ないまま私の髪に手を伸ばして、すくっては落としてすくっては落として――それを何回か繰り返した。
「会議室で別れた後、俺はずっと小野宮に会いてーって思ってたのにな。なのにお前ときたら、喋れるようになったその口で、男と楽しそうに喋ってんだもんな」
「え……?」
いつもと違って、神野くんは静かだ。静かに、怒ってる感じだ。
でも、なに?
私が何か悪いことしたの?
そこでふと、神野くんの後ろに目をやる。すると早乙女くんが「ごめん」のポーズをして、ドアから廊下に出ていった。
「(追いやったの?早乙女くんを?)」
私にあんなに親切にしてくれた人に、神野くんは強引に席を奪ったの?
「……ど、い」
「あ?」
「神野くんは、ひどい……っ」
言っちゃいけない、とか、
言ったら後悔する、とか、
口に出すまで色々考えたけど……
でも、言わせて神野くん。
「早乙女、くんは……私を、心配、してくれて……気に、してくれて……それで、話を、聞いてくれた、のに……」
「それで?」
「お、追い出す、なんて……ひどいっ」
こんな事を言ったら、神野くんの機嫌を損ねるに決まってる。言うべきじゃない言葉。分かってる。もっと言葉を選ばないといけなかったのも、分かってる。でも――我慢できなかった。
「……」
「……っ」
沈黙が怖くて、うちわを壁にする。神野くんと少しだけ目が合った瞬間、自分が動かしたうちわによって、視界は遮られた。すると神野くんは「はぁ」と重たいため息をつき、「お前さ」と、いつもより少しだけ低い声で話し始める。
「なんで他人の気持ちにはそんなに早く気づいて、自分の気持ちには鈍感なわけ?」
「私の……気持ち?」
「もう一回、聞くぞ」
「え……あっ」
グイッ
うちわを持っていた手が、力強くて大きな手に引っ張られる。私は簡単に体勢を崩して、神野くんの胸の中に飛び込んでしまった。それを見る、神野くんの冷ややかな目。朝とは全然違う眼差しに、私の心にも冷たい風が吹き込む。
「か、神野くん、まだ、人が……」
「うるせーよ。いいから、俺の質問に答えろ」
「な、なに?」
瞬間、神野くんは私から距離を取り、私の目線に合うように背中を丸めた。そして――
「俺のこと好きか?」
真剣な目で、少し朝とは違う聞き方で、まるで私の心を試しているかのような、そんな声色で尋ねた。
「え……」
その時――私の頭の中で、授業中に見た、神野くんと副委員長が思い浮かぶ。そうだよ……二人は内緒で会ってたんでしょ?それにキスも……
「っ!」
反射的に、神野くんから身を引いた。
ガガガッ
体を引きすぎて椅子が床に引っかかって、思わず倒れそうになる。それを見た神野くんが、急いで私に手を伸ばした。そして――
ガシッ
「せ、セーフ……」
私を椅子ごと抱きとめる。安堵の息をついた神野くんは、慌てて顔を上げ私の無事を確認した。
「怪我ねーかよ?」
「な、い……」
「そーかよ」
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、私の頭を優しく撫でる神野くん。この手に守られたんだと思うと、心臓がキュッと締め付けられる。
「おい、小野宮。そろそろ立てよ、流石に重てぇんだけど」
「……」
「小野宮?」
神野くんが私を見る。そして驚いた顔をした。朝と同じように、また泣いてる私を見て、目を見開いて驚いている。
「な、なんだよお前。やっぱどっか痛かったのかよ?」
「ち、ちが……っ」
「じゃーなんだよ、言え」
神野くんが自力で、私と椅子を起こす。泣きやもうと思ってるのに、やっと安定した座り心地に何故だかまた泣けてきて……
「神野、くん」
「あ?なんだよ」
私は、とんでもない事を言ってしまう。
「なんで、副委員長と、キス……したの……?」
神野くんを見る。すると、今まで見たことないくらい、驚いた表情のまま固まっている神野くんが、そこに立ち尽くしていた。
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