第7話 告白


次の日――

嵐までとは行かなくても、ザーザーと激しい雨音がする、結構な悪天候。そんな日が、今日の私の晴れ舞台。晴れ舞台と言っても「交通委員での初めてのお仕事」ってだけなんだけど.......。


だけど、



「あ、め……」



この雨じゃ、気分が落ち込む。ただでさえ、昨日のことがあって寝不足なのに……。



「 (今日は、神野くんは当番の日なのかな?) 」



今日が当番の人の名前を、全員分見ればよかった.......。昨日はなんと、希春先輩が資料室まで迎えに来てくれて、無事に一緒に帰ることが出来た。来てくれた時は驚いたけど、でも、



『莉子ちゃん、顔が真っ赤だよ。どうしたの?』



そのことになんて答えようかドキドキしてしていたら、いつの間にか学校を出ていて、いつの間にか家に着いてしまっていた。せっかく希春先輩と帰れるほとんどの時間を上の空で過ごしてしまった私.......



『 (もったいないことした.......!) 』



後悔していたら、希春先輩が帰り際に「そうそう」と教えてくれたの。



『莉子ちゃん、明日初陣だね!』

『うい.......じ、ん?』


『交通委員だよ!明日は莉子ちゃんの当番だから、朝の7時に校門まできてね』

『 (7時!!) 』



一気に現実に引き戻された、けど.......。お風呂入る時も歯磨きをしている時も、鏡に映る自分の顔を見たら、自然に神野くんの事を思い出しちゃって.......。


剥がされた時は赤くなっていた頬も、今は戻ってしまっていつも通り。絆創膏も手元にないし、剥がされた痕もないし、私の顔はいつも通り「私の顔」をしていた。ただ、この火照った顔色を除いては.......。



「 (鏡見るの禁止! 明日も見ない!) 」



早く寝なきゃとは思ったんだけど、結局、全然寝られなかった。両目にクマをつけた寝不足な顔で、7時に校門に到着する。傘をさしているから分かりづらいけど、ざっと20人くらいはいるのかな?



「人数揃ってるようなので、各自ポイントに移動してください。傘の先が小学生に当たらないよう気をつけてくださいね」



傘の集団の中から一人だけ声がする。確かこの声.......委員会の時に教壇に立っていた女の人の声?


結局姿は見えないまま、傘はバラけていく。前、神野くんが渡してくれた資料を見たけど、私地図読めなくて.......



「 (どこに行けばいいのか、分からない.......!) 」



ペアの人に聞きたかったけど、知らない名前の人だったし、顔も分からないから、聞きようがないよ.......!



「 (だ、誰か.......っ) 」



その時だった。

グイッと、私の持つ傘が引っ張られる。



「!?」



急な事でビックリしたけど、引っ張られた方向に振り向くと、そこには――



「来いよ。しばらくは俺と一緒になったから安心しろ。案内してやるよ」



悩みの種の、神野くんがいました。



「 (しばらくは一緒になったから安心しろって言われても.......) 」



神野くんがそばに居るだけで、私の心は全くの平常心ではいられないのですが.......。神野くんは私を前にして「何も気にしてません」みたいな、何とも涼しい顔をしている。私だけ気にしてるのも恥ずかしい……。


これは、昨日のことはもう「なかったこと」にして、いつも通り話すのが一番良いのかもしれない.......。



「俺の後ろをついてこい」

「う.......ん」


「本当はチャリで移動すんだけど、雨で残念だったな。結構歩くぞ」

「わ、わか.......た」



神野くんの背中を見て、激しい雨の中を歩く。ピチョンピチョンと、2人が歩く音に合わせて、雨音も楽しそうに跳ねていた。



「狭いな、この道。の割には、車も結構通んだよ」

「そ.......なん、だ」



すると神野くんの言う通り、道に似合わない大きな車が、速いスピードでこちらに向かっていた。ブロック塀にピタッと寄って止まる。後ろから迫ってきていたからか、神野くんはまだ気づいてない様子だった。傘が、車道に少しだけはみ出している。ちょっと、危ないかも.......?



「か、の.......く」



私の小さな声は雨音に消されてしまう。でも、車はもうすぐ近く。急いで走って神野くんまで追いつき、そして、


ギュッ


神野くんが傘を持っていた腕ごと抱きしめて、ブロック塀の方へ押しやった。




「は? おのみ、」



「や」と言う前に、神野くんも車の存在に気づく。車道側にいた私とブロック塀側にいた自分の位置を、クルッと素早く変えた。そして傘を背中に背負う形に持ち替えた瞬間、大きな車は「プッ」とクラクションを鳴らして通り過ぎて行く。


バシャンッ


大きな水しぶきを残して。



「あっぶねー。なにが“ プッ”だよ。こんなに水かけて、あれで謝ったつもりかよ」



「スピード落とせよな」と文句を言う神野くん。幸いにも、間一髪で傘の向きを変えたので、傘がバリアになって神野くんはほとんど濡れていない。私はもちろん、ブロック塀と神野くんに挟まれていたので濡れることはなかった。そして改めて感じる、神野くんの存在。



「 (だ、抱きしめられてる.......!) 」



急いでいたから、っていう事もあるけど、神野くんは傘を持たない手で、私をギュッと抱きしめていた。



「 (全然痛くない、優しく触れてくれてる……) 」



あんなに咄嗟のことだったのに、自分が濡れるのを避けるんじゃなくて、まず私を心配してくれ庇ってくれた。



「 (神野くん、本当に王子様みたいな人だなぁ.......) 」



皆が夢中になるの、分かるよ。神野くんは見た目は少し怖いけど、中身はこんなに優しい。喋ったら喋ったら分だけ、触れたら触れた分だけ、神野くんが相手の人を思っているのが、こんなにも伝ってくるんだもん。



「 (と言っても、昨日の絆創膏の事はまだ許してないけどね.......っ) 」



あと、タチ悪い冗談言った事!仕方なく水に流すけど、私の中ではいつだって忘れられないんだから.......っ。


と、色んなことを考えていて、ふと思う。神野くんが静か?


不思議に思って顔を上げると、私をジッと見つめている目と視線が合いました。



「な.......に.......?」

「お前の百面相を見てた」


「ひゃくっ......! し、して、ない」

「してた」



「してない」と強気で返すと、神野くんはしばらく考えた素振りをして「あと思い出してた」と、柔らかく笑う。



「さっきお前に抱きしめられたの、思い出してた」

「っ!」



ニコッと笑われると.......弱い。前にとろける笑顔を見せられた時もドキッとしたけど、普段あんなにツンケンしてる人が見せる笑顔って.......なんか、破壊力がすごい。



「だ、きしめ.......て、ない」

「そーゆーことにしといてやるよ。あ、でもな」



神野くんは私がさしている傘をたたんで、自分の傘を持ち上げ2人の上にさす。未だ密着しているこの距離は、1つの傘で充分過ぎるほどだった。


相合傘――私は一生することないと思っていたのに、今、神野くんと.......。



「~っ!」



突然はずかしくなって、顔をそらす。だけど神野くんの手が、私に「視線を外すな」と言わんばかりに顔に手を添えたから、再び視線が交わった。そして、また、前髪同士が触れ合う距離になる。



「なぁ、小野宮」

「〜っ!」



神野くんの顔が目の前にある。恥ずかしさで、おかしくなってしまいそうだった。



「小野宮、ちゃんと俺を見ろ。ちゃんと聞け」

「やっ.......はず、かし.......っ」



見て欲しい神野くんと、見られたくない私。だけど勝ったのは、神野くん。



「好きだ」



この言葉で、私は動けなくなってしまい、やっぱり神野くんの手によって、見つめあってしまう。



「す.......き.......?」



聞き間違いかと思った。でも、見つめあった目が、見てしまった彼の顔が、それを否定する。神野くんの全身が、私に好きだと伝えていた。固まる私に、神野くんが私の頭を撫でる。



「何でだって思うだろ。どうしてだって、分かんねーだろ」

「 (コクン) 」



素直に頷くと、神野くんが笑った。クシャッと、まるで少年がするような笑顔。そして「俺もだ」と言って、今度は眉を下げて笑った。



「気づいたらお前を目で追って、気づいたら好きになってた。誰かを守りてぇと思ったのは初めてだ」

「 (あ、昨日の.......) 」



帰り際に神野くんに言われたことを思い出す。



『俺なら、お前に絆創膏なんて貼らねーよ。お前を守る。傷一つ付けさせねぇ。だから……早く俺を見ろよな』



思い出して、また顔が熱くなる。昨日のあれは冗談じゃなかったんだって思うと.......っ。



「 (本当に神野くん、私のことが好きなんだ.......) 」



神野くんから送られる熱で、溶けてしまいそうになる。私は熱を帯びた目を、神野くんに向けた。



「か、んの.......く.......」



嬉しい。幸せ。私は、いらない子なんかじゃないんだ。雑用係でもなく、存在を忘れられるでもなく、一人の人として、私のことを見ていてくれる人が居る。それだけで、本当に幸せ。


でも――



「 (でも違う。それは、恋愛感情じゃない.......。それに、私は.......っ) 」



私は言わなきゃいけない。神野くんがこんなに必死に伝えてくれた想いを、私がどう返すのかを、きちんと、伝えなければいけない。



「わ、わた.......し.......」



意を決して口を開いた、その時。



「分かってる」



神野くんが、笑わずに言った。



「お前が兄貴を好きなのは分かってる。俺を恋愛感情で好きじゃないのも、分かってる」

「え.......」


「でも諦めねぇって決めたんだ。お前が俺を見てくれる、その時まで」

「で.......で、も.......」



本当にそれでいいの.......?私、神野くんのお兄さんが好きで、しかも、この先神野くんを好きになる保証はどこにもないんだよ.......?


けど神野くんは、また私の思っていることが分かったのか「いいんだよ」と笑った。



「俺がそうしたいっつってんだから、いーんだよ」



撫でられた頭から伝わる温もりに、私は思い出していた。



『俺の思ったことが俺の希望だから、莉子ちゃんさえ良ければ叶えてやってよ』



いつか、希春先輩もそう言ってくれた。いつか、希春先輩もそう頭を撫でてくれた。2人の共通点に、胸が締め付けられる。



「 (なんで、神野くんと希春先輩は兄弟なんだろう.......残酷すぎるよ.......っ) 」



雨か涙か――

私の頬を一粒の雫が、こぼれ落ちた。


その時だった。


ペシッ



「い、た.......」

「泣くな、うぜぇ」

「え.......」



見ると、いつもの強面の神野くん。傘に乗った雨を傾けて落としながら、「女子っていつもそーだよなー」と面倒くさそうに話した。



「勝手に憐れむんじゃねーよ。俺はお前を好きにならせるって、宣戦布告したつもりなんだぞ」

「せんせ.......え?な、に?」

「だから、お前は絶対俺を好きになるって、そう言ってんだよ」



自信満々に言ってみせる神野くんに、ポカンと、口がだらしなく開いてしまう。


さっき私のことを好きって言ったよね?あまりの「いつも通り」に、思わず聞き返したくなってくるほど.......。


混乱していると、



「なぁ、斗真って言ってみろよ」

「へ.......?」


「いーから。今はこれで勘弁してやるって言ってんだよ。良いか? スムーズに呼べよ? 途切れるなよ?」

「え、え.......」



絶対呼べ、と言わんばかりの圧力に、私もしぶしぶ答える。頭の中で「とうま」と何回もシミュレーションした後に、いざ――



「と.......」

「うん」


「斗真」

「.......」


「.......」



ん?

私、今いえた?

スムーズに言えた!


亀井さんの時は「亀さん」って聞き間違えられてしまったけど.......!


言えた!

言えたよ、神野くん!



「へ、へへ.......っ」



思わずふにゃと笑ってしまう。酷いプレッシャーからの開放感というのもあるけど、でも、素直に嬉しい。私、少しずつ喋れるようになってる!


だけど神野くんは別のところで感極まったらしい。



「あー、もう.......やべぇ.......」



一言、絞り出すように喋ると、真っ赤にした顔をゆっくり私に近づけた。角度を変えて“ 何か”を合わせるかのように。



「 (あ.......キスされる.......っ) 」



さすがの私でも分かる。でも「神野くんにキスされる」というのが分かった所で、なすすべはない。いつの間にか神野くんに抱きしめられて両手は自由がきかないし、後ろはブロック塀で逃げ場がない。


もう! 神野くんのバカ.......っ。


そう覚悟を決めた時、あと数ミリのところで神野くんが止まった。そして、真っ赤になってプルプル震えている私を見て、



「お前、初めて?」



と、色気を帯びた声で聞いてくる。「はい」ということも、頷くことも、もう出来ない。私は恥ずかしさから、ただポロポロ泣くだけだった。そんな私を見て「ごめんな」という神野くんではない。



「じゃあ、これで勘弁してやる」

「んっ.......!」



ただ唇を合わせるだけのキスを、長い間、私にした。



「 (全身が、溶けてしまいそう.......っ) 」



キスではない

唇が当たっているだけ


そう思おうとしても、神野くんの唇から伝わる熱が、私を麻痺させていく。もう離れようと、何度頭を動かそうとしても、傘をさしたまま器用に私の頬に手を添えている神野くんから、逃げられない。


結果、何度も、何度も.......。離れそうになる唇をくっつけられて、私は完璧にショートしてしまったのだった。


結局――



「あー! おねーちゃんとおにーちゃん、チューしてるよー!」



登校していた小学生たちに見つかってしまい、私たちは逃げるように雨の中を走る。その時に、



「遅せぇ。手ぇ出せ」

「え.......あっ!」



走ったせいなのか、手を繋いだせいなのか、胸は高鳴っていくばかりで.......私の中のドキドキは、一向に消える気配がなかった――

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