第6話 我慢*神野斗真*



*神野斗真*






バタンッ



「あ、見て王子!」

「今どこから出てきた!?」

「見てなかった〜残念」

「最近の放課後は、いつもどこか行ってるって噂だけどねぇ。見逃したね」



うるせぇ。



「神野くん、なんか顔赤いよ? 大丈夫?」

「よかったら私たちが保健室まで送るけど、行く?」

「そうそう!」



うるせぇ。



「よ、神野ー。おい、なんだよその怖い顔。女子達が怖がっちゃうって。ほら、もっと笑顔笑顔!」



いつもうるせぇ中島は、いつも以上……。



「おい神野〜って、おい?本当にどうしたんだよ、顔! さっきと違う! 違う意味でヤバい!」

「……あ?」


「なんでそんなに“ 弱った猫“ 見たいな顔してるんだよ!?」

「弱った……」



ネコ?



『あっ、痛っ……!』



「っ!」



瞬間、さっきの光景がフラッシュバックする。小野宮の頬に貼られた絆創膏。それを俺が取った。しかも、口で。



「(バカか俺は……っ)」



急に顔が熱くなって、その場に座り込む。中島が「大丈夫か!?」とすぐに駆け寄って来た。ついでに、周りにいた女子も数人、便乗して駆け寄ってくる。


中島、お前なんでいるんだよ、部活行かねーのかよ。いつもならこう言うが、うぜぇ女子から俺の情けない顔を隠すには、中島の存在が不可欠だった。



「ね、ねぇ王子大丈夫なの? 中島、あんた何かしたんじゃ……?」

「バカいえよー。俺なんもしてないって。勝手に倒れたんだよ」

「……」



普段なら「倒れてねー」とか言い返すが、ダメだ。中島の声よりも、今は、



『あっ、痛っ……!』



あいつの声が、頭から離れねぇ。



「 (まともに聞いた第一声があれかよ……) 」



さっき初めて、小野宮の「声」を聞いた気がする。透き通るような、綺麗な声だった。いつも途切れ途切れ喋るし、あいつも緊張してるからか、俺が聞いている声はもっと低い。



「(くそ、また聞きたくなっちまう……)」



小野宮、お前、自分の魅力に気づいてんのかよ。そんな可愛い顔して、そんな綺麗な声して、なんでコミュ障なんだよ。大損だろ。早く治せよ。俺と一緒に、早く克服しろ。それで俺と話せばいーじゃねーか。飽きるほど。


その時――周りにいた女子が「あ、神野先輩だ」とザワつき始めた。



「やぁ、斗真」

「……」



瞬時に、目が覚める。そうだ。勘違いするな、俺。小野宮は誰のためにコミュ障を治してんだ。それは、俺じゃねぇ。あいつの努力の全ては、いま俺の目の前にいる、



「莉子ちゃんと帰る約束をしてたんだけど、どこに行ったか知らない?」

「兄貴……」



この兄貴に注がれているんだ。



「知らねーよ」

「知らないわけないでしょ」

「……気に食わねー言い方だな」



ニコニコ話す兄貴に対し、火花を散らして睨みを効かせる俺を交互に見ているのは、中島を初めとする女子たちだ。



「怒ってる王子、素敵」

「王子のお兄さんも背が高い」

「お兄さんもカッコイイ〜」



所詮俺は新入生代表の挨拶をしたから目立って「王子」なんて言われてるだけで、本来の王子ってのは、兄貴みたいなニコニコした奴のこと言うんじゃねーのかよ。


それを何となく分かっている兄貴は、女子たちに手を振って王子らしい挨拶をした後に、俺の耳元でこう言った。



「気に食わねー言い方だなって? そりゃ気に食わないよ。だって――斗真でしょ? さっき、俺と莉子ちゃんの邪魔したの」

「……だったら?」

「決まってるよ」



ニコッと笑った兄貴。

そして――




「返してもらいに来たんだよ」

「っ!」

「じゃーね」



俺の態度を見るに、まだ小野宮が資料室に居るだろう事を確信したらしい兄貴は、手を振ってこの場を後にする。


迎えに行くのかよ。王子様みたいに?



「俺が絆創膏剥がした時よりも真っ赤になるんだろーな、アイツ……」

「ん? 神野なんか言ったか?」


「いや……」

「そっか」


「……」



考え込む俺を見て、中島はもう介入しない方がいいと悟ったらしい。周りの女子たちに「はい解散〜」と手を叩いて追い払った。中島も部活に行くのか家に帰るのか、床に置いていたカバンを「ヨイショ」と持ち上げる。そして、未だ壁にもたれかかって動く気配のない俺に「なぁ」と声をかけた。



「何か悩みがあったら言えよ? いいアドバイスは出来ないけど、聞くだけなら幾らでもできるから」

「……おぅ」

「じゃな!」



颯爽と走っていくアイツを見て思う。俺と小野宮も、このくらいの距離感のはずだったんだ――って。なのに、なんでだ……。



『小野宮が可愛いことするから、つい意地悪でそー言っちまうんだよ』

『俺がお前にキツいことを言っても、それは本心じゃねー。ただ、からかってるだけだ』



気づいたら喋っていた。あの時の小野宮は驚いた顔をしていたが、一番驚いたのは俺だ。あの小野宮だぞ?前は「嫌い」とまで思っていた、あの小野宮だぞ?



『じゃ、もう今日は解散するぞ。もちろんお前が “ バイバイ”ってちゃんと口で言えたらな』



場の空気を戻そうと急いで話題を変えてみたが、俺の気持ちは戻らなかった。俺の目線も、俺の気持ちも……気づいたら小野宮の方へ向いている。くそ、気づいた時は遅ぇじゃねーか。もう好きになってんじゃねーか。


だから今日だって――気づいちまったんだ。アイツが教室に入ってきた瞬間に、あの絆創膏が目に入っちまったんだよ。


なんで兄貴の絆創膏がお前の頬に貼ってあんだよ――ってな。


一日中気になって仕方なくて、資料室ですぐに聞いた。けど、お前は肝心なことは喋らねぇ。何で隠すんだよ、何があったのか俺に言えよ。



『はぁ……だから嫌なんだよ』



だから嫌なんだよ、お前と関わるとろくな事がねーじゃん。いつも貧乏くじ引かされんのは俺だろ?冗談じゃねーよ。ふざけんな。俺はもう我慢しねーよ。


新入生代表の挨拶だって我慢したんだ。兄貴がいる交通委員だって我慢したんだ。うるせぇ亀井も、最初は苦手だった小野宮も、委員のペアとして不服だったけど素直に受け入れたんだ。


俺はもう充分に我慢しただろ?

だから小野宮、覚えとけ。




「今回ばかりは引かねーよ」




諦めるつもりはねーんだ。兄貴のモノにならずに、早く俺のことを見ろ。そして早く好きになれ。俺はお前を、我慢しない。



*神野 斗真*end


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