第3話 ぬくもりへの気づき



「なぁ、お前さ」

「っ!」

「委員長のことが好きなんだろ?」



……ん!?

神野くんにいきなり話しかけられて、めちゃくちゃビックリした……。かと思えば、突拍子もない話が飛んできた……。



「 (わ、私が……希春先輩を……?) 」



好き――?



「……へ?」



そ、そんなわけないよ……。だって希春先輩とは、さっき会ったばかりだし……。好きなんて……うん、違う。絶対、違う。だって……。



「 (まともに喋れない私が、誰かを好きになんて……)」



だけど、希春先輩のことを考えると、胸がポカポカするのはどうしてだろう。希春先輩を目で追ってしまうのは、どうして?



「(もしかして私……。本当に、希春先輩の事が……?)」



手のひらに、じんわりと汗が浮かぶ。熱を帯びた顔が、カッカッと蒸気を吹き出しているのが分かる。こんな私を見られたら、また何て言われるか分からない――平然を装わなきゃ。そう思っていた時だった。私は見てしまう。神野くんの、驚いた表情を――



「 (神野くん……?) 」



私が疑問に思った、その時だった。神野くんは、心無い一言を私に浴びせた。それは――



「人形も、恋とかすんだな」



ズキッ


それは、まさに地獄の瞬間。心がズキズキと傷み、悲鳴を上げる。



「 (人形……っ) 」



人形は恋なんて出来ない。そうだよ、分かってるよ……。希春先輩のことは、好きではないと思う。恋とは、違う。そう思ってる、だけど――


これから先も、私は「人形だから恋が出来ない」のかと思うと、普通の女の子として生きていけないのかと思うと……辛い。だから、改めて神野くんに、その事実を指摘されて……悲しくて、心にポッカリと穴が空いた。



「 (さっきコケた時よりも、何倍も何百倍も……痛くて、ツラい)」



そう思った瞬間。目からパタッと、一筋の涙が零れる。



「 (あ、うそ……っ) 」



泣いたら、ダメなのに……っ。泣いてる事を神野くんに知られたら、今度はなんて言われるか分からないよ……。隠さなきゃ……っ。



「 (髪の毛で隠そう。泣いてるのがバレませんように……っ) 」



だけど私の安易な考えは、「2人」の声によって粉砕された。



「お前、泣いて、」

「副委員長、ちょっとタンマ」



一方の声は……戸惑いながら、ゆっくりと、私の頬に手を伸ばした。それは、神野くん。そして、もう一方の声の人は――


ギュッ



「莉子ちゃんに、触らないでくれるかな」

「な!」



希春先輩だった。


希春先輩は自分の制服が濡れることも厭わず、私の目を、腕で隠してくれた。そして「何事か」と私たちに注目する皆に向かって、ニコリとほほ笑む。



「体調不良の子がいるから保健室に送ってくるね。ごめん副委員長〜少しの間、頼んだよ」

「ちょっと委員長!」

「行くよ、莉子ちゃん」



希春先輩は、もう片方の手で私の肩をグイッと引き寄せ、目隠ししたままの私を誘導してくれた。


その時。私の目を覆っていた腕から、少しだけ神野くんが見える。その時の、彼の顔は――



「 (すごく怒ってる……っ)」



誰もが凍りつきそうな怖い顔。さらに鋭くなった目は、こちらを見て睨んでいるようだった。私は見ないフリをして、会議室を出る。その時、たくさんの人が話しているのが聞こえた。私の噂なのかな? それとも――



「 (希春先輩に、迷惑をかけたくないなぁ……) 」



間違っても、私との変な噂が流れませんように――心の中で、そっと祈った。だって、こんな私に優しくしてくれる先輩には、迷惑をかけたくないんだもん。副委員長の小言も、皆からの注目さえもお構い無しで、私をあの場所から逃がしてくれた。地獄から救ってくれた。


そんな人――希春先輩しかいない。

今の私の、唯一の味方だ。


ガラッ、パタン


会議室を出た時。希春先輩は私の目を解放しないまま、「さて」と声を潜めた。



「皆にあぁ言った手前、一応保健室には行くけど、良い?」

「 (こくん) 」



こういう時、言葉でお礼を言えないのはダメだよね。情けないよ……。ちゃんとお礼を言いたい。あ、でも……



「 (泣き声を聞かれなくていいのは良かった、かな?)」



喋れない私は、泣く時でさえ声が出ないらしい。涙だけが、静かに頬を流れていた。



「 (先輩に直接お礼が言えないなら、せめて心の中で……) 」



先輩に伝わらない、私の静かな「ありがとう」。その言葉を、何度も何度も、心の中で唱えていた。すると、その時――希春先輩が「莉子ちゃん」と肩を叩く。



「到着したから、手を離すよ?」



え? そんなに歩いてないけど、もう保健室に着いたの?


不思議に思いながら頷くと、希春先輩は「じゃーん」と言って、私からゆっくり腕を離す。その時に「ちょっと名残り惜しいな」って思いながら、ゆっくりと顔を上げた。すると、そこには――



「 (綺麗……っ) 」



目の前には、たくさんのアジサイ。そのお花畑が、花壇いっぱいに広がっていた。校舎に沿った数メートルの間に、ピンク、青、紫……満開のアジサイが、咲き乱れている。



「す、ご……っ」



迫力ある光景に、思わず目を奪われた。てっきり保健室に到着したと思っていたから……ビックリ。



「 (こんな素敵な所が、あったんだ) 」



固まったままの私を見て、希春先輩が、「あ、驚いてるね?」と得意そうに私を見た。



「ここはね、ちょっと特別な場所なんだ。今年から美化委員が季節ごとに花を植える計画をしていてね。あ、ここはまだ試作品。だからね、」



関係者以外は、立ち入り禁止なんだ――私の耳に顔を近づけて、内緒話をする希春先輩。ち、近いっ!



「あ、ぅっ……」

「おっと、ごめんね」



私の異変に気づいた希春先輩が、ひょいっと距離をとる。そして、


ポンッ


私の頭に、優しく手を置いた。そして、労わるように撫でてくれる。温かな体温に、ホッと安心して力が抜けた。


その時「ねぇ、莉子ちゃん」と、私の方を見ないまま、希春先輩は尋ねてきた。横から見える先輩の目は、真剣そのもので――私の体に、再び力が入る。



「単刀直入に聞くよ。

アイツに何かされた?」

「え……」



アイツって……神野くんの事だよね?希春先輩の口からトゲトゲした言葉出てきて、少しビックリする。誰かを強く、そして激しく思っているような――そんな口ぶり。



「だ、い……す……」

「え、大好き?」

「ち!」



違っ!大丈夫です、って言おうとして言えなくて……あぁ、もう!私の口って、本当に使えないっ。


急いで首を振り、「違う」ことを伝える。私が神野くんのことを大好きなんて、そんなこと、あるわけないよ。



「ビックリしたよ。そうだよね、泣かされたのに”大好き”って言ったのかと思った」

「 (ホッ、良かった。伝わった) 」



希春先輩を、チラリと見る。さっきの真剣な表情じゃなくて、いつもの希春先輩の顔だ。でも……安心するには、まだ早い。



「ねぇ莉子ちゃん。さっき俺が“ 泣かされた”って言ったの……否定しなかったね?」

「 (え、あ! さっきの) 」



『泣かされたのに”大好き”って言ったのかと思った』



顔を青くした私を見て、希春先輩は「やっぱそうか」と、ため息をついた。



「やっぱりアイツに泣かされたんだね」

「 (希春先輩、鋭い!)」



さすが、あの会議室にいる全員をまとめるだけある。希春先輩は、観察力がスゴい。



「 (私の気持ち、バレないといいな……) 」



ここまで思って……固まる。

ん?

あれ?



「 (”私の気持ち”って……なに?) 」



自分で言ったくせに、分からなかった。

なに、え……

まさか――?



「莉子ちゃん、どうしたの?」

「へ……?」

「顔、真っ赤だけど大丈夫? 熱でもあるんじゃないの?」



か、顔?赤い?

これじゃ、まるで私が恋してるみたいで……え?

あ、あれ?


壊れたロボットみたいになった私を見て、希春先輩は慌て始める。



「だ、大丈夫? 本当に保健室に行く?」

「だい、じ……ぶ、で……す」



かくゆう私も、慌て始めていた。だって、ついさっき「好きじゃない、恋じゃない」って否定したばかりなのに……私が希春先輩を、好き?



「 (喋れないのに、好きになっていいの? いや、そもそも本当に好きなの?) 」



それが、私の気持ち?

今の私の、本当の気持ち?


希春先輩が「おでこ触るね?」と神妙な面持ちで、大きな手を近づける。思わず仰け反ってしまいそうになる気持ちを、グッと抑えて……さっき、目隠しが離れていった時の、あの名残惜しかった気持ちを思い出しながら、先輩の手を受け入れた。



「 (あたたかい、大きな手……) 」



二回も助けられた、希春先輩の手。「私の好きな人」の手。



「(あ――)」



素直に「私の好きな人」と思ってみると、意外なくらいに……心に引っかかっていたものが、ストンと落ちていった。心が、今すごく軽くなったのが分かる。それに、



「 (あたたかくて、心地いい……) 」



先輩が触ってくれているおデコと、そして私の心――二つとも、ポカポカしてあたたかい。それと同時に、無色だった私の心が、次第に色づき始めているのが分かる。



『人形も、恋とかすんだな』



地獄に落とされた言葉だったけど、でも今は――神野くんにお礼が言いたい、かも。



「 (あの言葉のおかげで、自分の気持ちに気づくことが出来た。あの言葉のせいで泣いちゃったけど、こうやって、希春先輩と二人きりでいられる……) 」



あぁ、そっか。なんだ。

恋って、そうなんだね。



「 (自分に恋は無理だって分かっているのに、自分自身を止められなくなる。それを、きっと恋って呼ぶんだ) 」



気づいたら、もう恋は始まっていて、自分じゃどうにも出来なくて、この先きっとツラい事もあって……。でも、心があたたかくなる気持ちが忘れられなくて、もっと、もっともっとって頑張りたくなるのかな。



「 (私も前を向いて、変わっていけるのかな。辛いことがあっても、頑張れるのかな?ううん……違う) 」



頑張れるかな、じゃなくて、頑張るんだ。



「 (私、この恋を……頑張ってみたい) 」



心から、そう思えた。


結局――私が希春先輩を好きだと気づいた、その後。もう涙は止まっているし、心も軽くなったから「会議室に戻っても大丈夫」と希春先輩に何とか伝えた。だけど、先輩は不安そうな顔をして、



『顔が赤いし、体調が悪かったらいけないから保健室に行こう。送るから』



そう言ってくれた。でも顔の赤い原因は分かったし、本当に大丈夫なことを伝えて、保健室に行くのは遠慮させてもらった。すると――



『じゃあ、もう今日は帰ってね。資料は後日わたすね。気をつけてね!』

『……ふ』



あまりに心配してくれるから、なんだかおかしくて、つい笑っちゃった。私の顔を見た希春先輩は体の力が抜けたのか、少し猫背になる。そのまま背中を丸めて、私と目線を合わせた。そして「ちょっと安心した」と言って。また、私の頭を撫でた。



『 (頭触られてる! 嬉しいけど、恥ずかしい……) 』



「好き」と気づいてから、前より余計にドキドキするようになって……。希春先輩の前だと、つい、息をするのを忘れてしまいそうになる。


だけど――先輩と笑い合ったのも、ここまで。


希春先輩は急に真面目な顔になって「莉子ちゃん」と、私から少し距離をとった。そして向かい合って、真剣な顔で、



『またアイツに何かされたら、必ず俺に教えてね』



そんな事を、私に要求した。



「え……」



希春先輩は神野くんの事になると真剣というか、纏うオーラが変わる。


な、なんだろう……?もしかして希春先輩、神野くんのことが嫌いとか?


けど、希春先輩はすぐに笑顔に戻った。それは、いつもの希春先輩の顔だった。



「じゃ、俺はもう戻らなきゃ!と言っても、もう委員会は終わってるかもしれないけどね。莉子ちゃんは気をつけて帰るんだよ〜」



ばいばーいと手を振りながら、希春先輩は、私からドンドン離れていく。



「 (行っちゃう……) 」



もう、さよならの時間……。

次は、いつ会えるんだろう?


と、寂しく感じ始めた時。さっき姿を消した希春先輩が「莉子ちゃん!」と、Uターンして戻ってきた。


え、何?

どうしたんだろう。何かあったのかな?



「莉子ちゃん!」

「あ……う……?」



あの、どうしたんですか?首を傾げる私の両肩を、ガシッと掴んだ希春先輩。えぇ……!?


只事ではないと思って、身構える。すると――



「自分の教室への帰り方、分かる!?」

「……へ?」



そ、そんなことで?

わざわざ戻ってきてくれたの?



「ふっ……」



可笑しくなって、笑ってしまう。すると希春先輩が「また笑った!」と、自分の事のように嬉しそうに笑ってくれた。



「……へへ」



「笑った」って言われる度に、褒めてもらえているようで、なんだか嬉しい。よく頑張ったねって、そういう気持ちが込められているようで……。



「(もっと“ 笑った”って言って貰えるように、頑張ってみよう)」



結局――希春先輩は私の教室近くまで送ってくれ、今度こそ会議室に戻って行った。私は希春先輩の後ろ姿を見送り、そして――



「ま、た……」



また――と、

少しだけ、挨拶を頑張ってみた。



「 (あ、しまった……) 」



先輩と別れて、自分の教室に戻った後――言われた通りに帰る準備をしていたら、あることに気づいた。



「 (筆箱、また忘れちゃった……) 」



会議室に、私の筆箱がそのままだ。最悪……。でも、今更とりにもいけないし……。



「 (明日早く登校して、会議室に筆箱を取りに行こう) 」



はぁと、深いため息をついた時――誰もいなかったはずの教室から、足音が入って来る。それと同時に「おい」という声も。



「!」



その声は、一度だって聞き間違えたことのない――苦手な声。私の肩は大袈裟なくらいピクリと跳ねて、心臓はバクバクと、早い鼓動で鳴り始めた。


恐る恐る振り返る。すると、やっぱり――しかめっ面で仁王立ちする、神野くんの姿があった。



「 (ひっ……) 」



会議室で最後に視線を交わした時のような怖い顔ではなかった。けど、鋭い目つきはそのまま。でも、負けちゃダメ。頑張るんだ……っ。震えてきた手に力を込めて、神野くんを真っ直ぐ見る。すると、神野くんは少しだけ面食らったものの、すぐに元の顔に戻った。



「お前、まだ帰ってなかったのかよ」

「……う、ん……」



なんとか返事をする。まただんまりを決め込むと、次は何を言われるか分からないから……。決して負けまい、と。神野くんから視線を外さず、彼の鋭い瞳を見つめた。だけど、



「おい、なんだよ」

「……え」


「ずっと見んな。気になるだろ」

「き……」



気になる?

私が見てるだけで気になる? なんで?



「 (あ、ウザイって……ことなのかな) 」



きっとそう。このままずっと見てても、それはそれでまた文句を言われそうなので、急いで視線を外す。その瞬間を見計らってか、神野くんは歩き始め、そして――


ピタッ


私の目の前で、止まった。



「 (な、殴られる……のかな?) 」



言葉の暴力の次は、物理的に――そんな物騒な考えが、頭の中でいっぱいになる。さすがにそれはないよね?と思いながら、神野くんを見る。すると、相変わらずの鋭い目と視線がぶつかった。近くで見ると、迫力のありすぎる眼光。ずっと見られると、体に穴が空きそうだよ……。



「 (本当に殴られるのかも……っ) 」



覚悟をした、その時だった。



「これ。残ってた筆箱」

「……え」

「明日渡そうかと思ってたけど、今いるんなら渡すわ。あと資料も」



ほら――


差し出されたのは、言葉の通り、私の筆箱と、委員会の資料。



「あ……は、ぃ……」



殴られるなんて物騒な想像をしたことに、少しだけ申し訳なくて……。心の中で、こっそり謝る。そして、怒られないように怒られないようにと、必死に言葉を紡いだ。



「あ……が、と……」



すると神野くんは「なぁ」と、また私に話しかけた。何を言われるのかと、思わず身構える。だけど――



「さっきの、その……悪かった」

「……へ?」


「お前を泣かしただろ」

「……」



予想しなかった言葉に、意表を突かれる。確かに、そうなんだけど……。すごく傷ついて泣いたけど……。まさか謝ってもらえると思ってなかったから、ビックリ。



「 (悪いって、思ってたんだ……) 」



ちょっとだけ、神野くんのイメージが変わる。最低最悪の人ではない、のかな……?



「も、い……」



もういいよ――そんな意味を込めて、頭をフルフルと振った。神野くんは、私の言葉を少しの時間をかけて理解したようで、でも許してもらうのは気が引けるのか「でもなぁ……」と呟く。



「怒ってねーのかよ」



ギッーーと、近くにあった椅子に座る神野くん。え、まさか、このまま話すの……?すると、どうやらそのようで……神野くんは私にも「座れ」の意味を込め、近くの席をトントンと叩いた。



「 (え、えぇ〜……) 」



ギッ


正直、居心地が悪すぎるから、早く帰りたい……。そうは思っても、まだ神野くんが怖いから、言われるがままに座った。そして考える。



――怒ってねーのかよ



「 (怒ってないかって、言われても……) 」



怒るっていうより、悲しかったんだし……。腹立つっていうより、苦手だったんだし……。実のところ、神野くんへ抱いた感情は、恐怖が先立ってあまり覚えてない。今日も、今までも。



「 (苦手だから、日頃から関わらないようにしてたし……) 」



それに、純粋に怒れない理由もある。

だって――



「 (神野くんは、会議室でコケた私を助けてくれたし、それに……。神野くんのあの言葉があったから、私は自分の気持ちに気づけたんだもん) 」



「希春先輩の事が好き」って言う、その気持ちに気づかせてくれたのは神野くんだ。恋という、あたたかくて心地いい感情を教えてくれたのは――神野くん、あなたなんだよ。


だから、怒ってない。

どころか、少し感謝しているくらい。



「お、こっ……な、い……」

「え、”怒ってない”っつった?」

「う……ん」



むしろ、色々――



「あ、り……が、と」

「……」

「 (あれ、今、私……) 」



ちゃんと、お礼が言えた……?

しかも、あの神野くんに?

す、すごいよ私……っ!


今までは、どんなにお礼を言っても理解されなかったり、変な言葉だと笑われたり……。正直、お礼の言葉が好きじゃないくらいには、伝えるのに失敗してきた。


でも、今は違う。



「 (私のお礼が、きちんと言葉になった……っ) 」



嬉しくて、神野くんの前だということも忘れて「ふっ」と笑ってしまう。その時――一瞬だけ神野くんと目が合ったけど、フイと。すぐに逸らされてしまった。そして目が合わないまま、会話は続く。



「あんなに泣いてたのに怒ってないとか……お前、変なやつだな」

「う、ん……」

「自覚あんのかよ」



ハハッと、今度は神野くんが笑った。その柔らかい笑顔を見て、ハッとさせられる。



「 (知らなかった……) 」



いつも怖いと思ってた神野くんは、こうやって笑うんだね。神野くんのこんな顔、初めてみたよ。それにこの笑顔……誰かに似てる。この雰囲気も――誰に似てるんだっけ?


神野くんは日頃トゲトゲしてるから、新鮮すぎる雰囲気に他人の空似を覚えた。私が笑うこともビックリだけど、神野くんの優しい笑顔も、なかなかビックリなんだよね。



「 (今日は、神野くんにビックリさせられることばかりだなぁ……) 」



なんて思っていた私。まさか、この先に、これ以上ない「ビックリ」が待っているとは知りもしないで、神野くんと話を続けた。



「なんだよ、そんなに見て」

「あ……や……」


「……あー、やっぱ似てるか? 俺ら」

「へ……?」



俺ら?


疑問に思っていると、神野くんが急に不機嫌な顔になった。そして、




「どーせお前も“見た目も性格も正反対だ”とか思ってんだろ」



そんなことを言う。



「どーせ俺は愛想良くねーよ。ニコニコできねーよ。だって今更だろ。どうせ俺は似合わねーんだよ。それに、出来たらとっくにやってるっての」

「??」



もうさっきから訳が分からなくて、神野くんに質問する言葉さえも浮かんでこなくて。なすすべなく、首を傾げる。すると、今度は神野くんがビックリした顔で私を見て「まさか知らねーの?」と。さっき私に渡してくれた資料を、指さした。



「ここ見ろよ」

「こ、こ……?」

「ん」



トントンと神野くんの指がさした場所。

そこには――



“ 令和××年度 第4回交通委員

×月×日 委員会資料

作成者 交通委員長 神野希春“



「 (ん?) 」



神野希春……?

希春先輩の苗字、神野?


え、神野希春?

かんの、きはる??



「ん……え?」

「その顔……やっぱり知らなかったんだな。さっきお前に世話焼いてた交通委員長。そいつは――


俺の兄貴だ」


「……は、」



はい?

希春先輩が、神野くんのお兄さん?

私の好きな人は、私の苦手な人のお兄さん?


そ、そんなことって……

そんなことって――!!



「 (どうして教えてくれなかったんですか! 希春先輩〜っ!!) 」



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