18 緋奈と雛と、君の刃は僕の心に

 突き刺しジャック──神崎三咲が逮捕されたというニュースは、病室のテレビで知った。動機は『衝動に従っただけ』というもので、被害者の規模から連日取り上げられていた。

 お見舞いに来てくれた緋奈は何も言わなかったけれど、零次さんによれば彼女が大活躍したそうだ。色々と大変だったみたいだけど、ほとんど一人で神崎さんと渡り合ったらしい。

 そして、理人さんは凛さん存命時より神崎さんと関係を持っていたとして、会社の役員会議で社長を解任。さらに犯人蔵匿罪により逮捕された。零次さんは久森家に残り、屋敷の管理を続けるそうだ。

 水上さんはというと、緋奈の働きかけもあって数日の停学処分で済んだらしい。それはいいのだけど……。

 新しいオモチャだ、とばかりにペアネックレスのことをイジってくるのはやめていただきたい。……それに加えて。


「あの、久森さん」


 教室でとある男子が緋奈に話しかけると、どこからともなく水上さんがすっ飛んできて二人の間に立ちはだかる。


「あーん? 緋奈ちゃんはあたしのです! 九堂くん以外はあたしを通してもらわないとぉ!」

「こ、怖いよ水上さん……田中先生が呼んでたって言いに来ただけなんだけど……」

「ふうん……仕方ないか。じゃあどうぞ」

「もう聞こえてるわよ……」


 と、頭を抱える緋奈。一方の水上さんは楽しそうにスキップしながら僕の元へ来る。


「どう九堂くん。緋奈ちゃんをあたしに渡す気になった?」

「は? ありえないね。諦めたらどう?」

「ぐぬぬぬぬ」


 睨み合う二人。不良同士でガンつけ合ってるようにしか見えないだろう。水上さんは、以前と比べて面白い人になったと思う。その証拠に、この新しいキャラクターはもう、みんなに受け入れられているのだ。僕は僕で毎日睨み合っているので、悪友みたいになってきた気がする。


「コロしちゃうよ、九堂くん」


 水上さんがそんなことを言うと、今度は緋奈が一足飛びでやってきて僕らを引き離す。


「ダメよ! まゆきくんをコロしていいのは私だけなんだから!」


 で、緋奈と水上さんで睨み合う。

 なんなんだろうな、これ……。

 ちなみに、緋奈は相変わらず僕の家に住んでいる。でも、一人立ちするためにアルバイトを始めようとしているようだ。母さんと父さんはしばらくうちにいていいと言ってくれてるみたいだけど。


「ねえ、まゆきくん」


 いつも通り手を繋いで家路に着いているとき、緋奈が笑顔で振り向いた。


「私の質問に答えなさい」

「な、なに?」


 なんでちょっとビビってるんだ。


「結局、あなたの昔のアダ名ってなんだったの?」

「あー……」


 最初に緋奈に噂の真相を聞けと言われたとき、星野に脅しの材料に使われたもの。知られたら生きていけない……ということで承諾したんだ。

 でも今の緋奈になら……。


「誰にも言わないで欲しいんだけど」

「ええ、もちろん」

「……ヒナ。そう呼ばれてた」

「ほ、本当に?」


 久森が目を丸くする。


「うん。鳥の雛って意味でさ。僕の未熟さをそう揶揄したクラスメイトがいて、みんながそう呼び始めたんだ」

「それは……恥ずかしいわね」

「だろ?」


 二人して苦笑い。でも今だったら、同じ名前でも面白いかもしれないな。

 ……そういえば、僕も聞きたいことがあったのを思い出した。


「僕も聞きたいんだけどさ、僕は結構前から図書室が好きで、よく利用していたけど……君の存在に気づけなかったんだ。どうしてだか、心当たりはある?」

「それは……」


 横顔を見ると、何やら緋奈は照れているようで……かわいすぎる。


「私は、別に図書室を利用していなかったからよ」

「え、でも……」

「それはね。あなたと話すには図書室がいいかなと思って、自分で星野くんに言ったのよ。私が図書室をよく利用していることにしてとね。わざわざ自分でセッティングしたなんて……私も恥ずかしくて、言えなかったの」

「……へぇ……」

「……何よ」

「いや、かわいいと思って」


 顔を背ける緋奈。でも、耳まで真っ赤だ。


「──ほんとにバカなんだから」


 かわいいなぁ……。


「バカついでにもう一ついいかしら」

「バカついで……?」

「心を奪うことが殺すことと同義だとしたら、私、あなたを殺せてる?」


 なんだその質問……?

 心を奪う=殺す。だとしたら僕は、幾度も彼女に殺されている。それこそ数えきれないほどに。


「何回も殺されてるよ。君の瞳や唇や髪……それ以外の全て。君を見るたびに死んでいる……って感じかな。君は?」

「……同じよ」


 あー、なんだろう。そんなキャラでもないだろうに、お互い気恥ずかしくて相手を見れない。本当、どうしてしまったんだろう、僕らは……。

 うちが見えてきた。そこで突然、緋奈が立ち止まる。


「緋奈?」

「帰る前に、やっておきたいことがあるの」

「え──」


 その瞬間、口を塞がれた。それはとても柔らかく、しかし弾けるような電流を全身に走らせる。目の前には緋奈の顔があった。睫が長い……。

 自分が何をされているのか気づくのに、どれくらい時間がかかったのか。わからない間に、緋奈は唇を離した。夕日のせいで顔色がよくわからないが、僕の顔はきっと燃えるような緋色だと思う。


「これで、トドメね」

「トドメ……?」

「そう。あなたは一生私のモノよ。ね?」


 と、可愛らしく首を傾げて魅せる。そして、まだ状況を飲み込めない僕を置いて、うちに向かって駆け出した。嬉しそうに満面の笑みを浮かべて。


「あ……ちょ、待って緋奈!」


 ようやく事態を受け入れた僕も走る。彼女には一生追いつけないような気がしたけど……それでも必死に走った。


「もう一回! もう一回して! 今の!」

「ダメよ、そう簡単にはしてあげない!」

「じゃ、じゃあ今度は僕からするからさ!」


 彼女に近づいた者は殺される。心どころか全てを奪われる。そんな彼女も今では友人に囲まれて、毎日楽しそうだ。

 本当に色々あった。そして、僕は様々なことを知った。サディズムの裏にある恋や、友情と敵意の合間。間違ってしまっていても決して嘘ではない愛情。それから、殺人者たちの愛。

 十人十色な愛のかたち。僕自身が歪なものを見てきたように、それは人それぞれなのだ。

 僕はきっと、これからも彼女と生きていくだろう。それは彼女のことが好きというだけでなく、お互いがお互いに足りないものを持っているから。僕は日常と彼女を繋ぐ。そして彼女は、僕を非日常へ連れていってくれる……そんな風に。

 彼女の名は、久森緋奈。今日も今日とて、彼女の風は絶えない。その風が、二つで一つのネックレスを揺らす。これからも、ずっと。

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緋奈と雛と、君の刃 夏川はち @AUGUST30

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