6 突き刺しジャック

 僕が持ってしまった久森への興味を消すことは、もはや不可能に近いだろう。悔しいけれど、それは認めざるを得ない。

 星野たちのエゴを利用し久森に問いかけるという行為を通じて、彼女の他人とは違う色の付いた声や仕草に触れ、少しだけ有意義な時間を過ごす。大体の場合なぜ今まで誰も聞けなかったのか不思議に思うほど素直に、久森は質問に答えてくれる。

 これは僕のエゴ。僕は彼女との時間を楽しいと感じていた。

 そんな非日常を過ごし、数日が経過した頃。

 昼休み、いつも通り図書室へ行く前に弁当を食べている……はずだったのだけど。

 一つだけ相違点がある。向かいの席に久森緋奈が腰を下ろしているという、目を疑うような光景。こんな非常事態は初めてだったのだが、とりあえず無視して弁当に集中する。

 久森は自らが製作したと思われる小さな弁当箱に箸をつけている。中身は玉子焼き、唐揚げなど、彼女にしては地味なメニューだ。たとえば彼女が漆の重箱を持参して来ようと、さして誰も驚かないだろう。


「ねぇ、九堂くん」


 向こうから話しかけてこられては、残念だが無視できない。周囲の百パーセント好奇心で満たされた視線を感じながら、僕は顔を上げる。

 久森は微笑んでいた。サディスティックな笑みだった。


「今度の土日、なにか予定はあるかしら?」


 そんなものはない。一日中読書という最高級の贅沢を満喫しようと思っているところだ。


「いや、特には。でもそれを君と話し合うのは危険な匂いしかしないから遠慮する」

「そう、二人でどこかへ出かけない?」

「遠慮すると言ったのが聞こえなかったのか?」

「聞こえてないわ。それで、どうかしら」


 年頃の男女が二人きりで外出ね。そんな状況、周囲の勘違いが甚だしいだろう。彼女はそれが顕著だ。何しろ様々な噂を着こなしているような人間なのだから。

 数多の男心を粉々にしてきた久森が、最近知り合ったばかりの男をデートに誘っている。まさにこの学校の人間にとっては最高の『肴』である。


「君の目的は分からないし、君がなにを期待しているのかも知らないけど……断る」

「どうして?」

「その言葉、そのまま返すよ。なぜ僕を誘う」

「野暮なことを聞くのね。せっかく女の子に誘われているのに」


 残念そうに息を吐く久森。


「よく言うよ。君の誘いは悪魔のそれだ。応じることはできない」

「そう。私を拒絶するようなことを言った男は、あなたが初めてよ。九堂くん、あなたはやっぱり面白いわね」

「それはどうも」


 男から告白されてばかりで、拒絶されたことがない──恐ろしい。その魅力も偽物ではない彼女に対して本気になり、捨てられた男が何人いるのか。

 そんな考えから浮かぶ一つの行為に思考が行き着くのを、僕は全力で阻止する。ファーストキスすらまだだと言うのだから、その先まで行ったことなどないだろう……僕は一体なにを考えているんだ。

 昨日も思ったけれど、久森が自分から誰かを誘うのは見たことがない。捨てられたというのも男のほうが勘違いしただけだと思う。だからこそ、現在の状況は前代未聞だ。

 とにかく自分の身を案ずるという意味で、彼女の申し出を受けるわけにはいかない。

 しばらく無言のまま弁当を食べていると。


「あ、そういえば」


 またしても久森が話を切り出してきた。


「九堂くん。あなたのこと、お父さんに話してみたの。最近、平気な顔して私に話しかけてくる男の子がいるって」

「……それで?」

「苦虫を噛み潰したような顔をしていたわ。付き合っていると勘違いしたみたい」


 ……。お父さんも怖いのか……。


「ねぇ」


 久森が箸を置き、ゆったりと、ふわりと、自然な動作で僕の瞳を覗き込む。そうして、悪戯っぽく微笑んだ。


「いつまで、私に付き合ってくれる気なの?」

「……」


 ──しまった。一瞬だけ、鼓動が速まった。悪魔と表現するには美し過ぎる微笑み。これだから油断ならない。やはり悪魔より魔女のほうが正確か。


「……君の秘密を全て解き明かすまで、かな」


 そう。星野から渡されるノートに記載された噂を全て解明してしまえば、僕には彼女に近づく口実がなくなる。きっとそれまでの関係だ。僕らの関係は友達なんて綺麗なものじゃない。だから、理由がなくなれば──。


「それっていつまでなの?」

「そうだね……」


 あのノートを思い浮かべて考えてみる。まだ確かめていない噂が大量に書き込まれていたな。これからも増えていくだろう。


「まだわからないね」

「……そう」


 久森がつまらなそうに頷く。なにが不満なのか。


「もっと早く終わらせて欲しいのか? それなら……」

「ごちそうさま」


 僕の言葉を遮り、久森が立ち上がる。


「それじゃ、私は図書室へ行くわ。今読んでいる推理小説がとても面白くて……ああ、お出かけのこと、気が変わったら言ってね」


 そう言い残し、去っていった。

 ──人の殺し方でも研究しているのかと思ってしまったのだが、可能性がないとも言えないのが恐ろしい。殺人衝動のことが真実なら、十分有り得る。


「凄いな、おまえ……」


 そう言ったのは、僕らの会話を聞いていたらしい男子生徒。見回してみると、他の生徒たちもほとんどが同じ意見を持っているような雰囲気である。


「久森相手にあそこまで言えるっつーか、あんなに長く会話してる奴、初めて見たぞ」

「俺も初めて見た……」

「あたしも」


 周りの生徒も物珍しそうな顔で僕を見ている。称賛なのか、奇異な者への好奇心なのか。どちらでもいいが、居心地が悪いので僕も図書室へ移動しよう。

 久森がどれだけの影響力を持っているのか……それを、改めて実感した瞬間だった。



 翌日。登校すると星野が興奮している様子で僕の前へ飛び出した。


「おい九堂、大変だぞっ」

「なにが」

「今朝の新聞、見たかっ?」

「……ああ」


 朝食の準備を手伝いながらテレビの電源を入れると、この町で起きた殺人事件についての報道があった。町の東にある廃工場で、胸を刃物で刺された四つの死体が発見されたのだ。発見は昨日の深夜、近くを通りかかった近隣住民による。

 驚くべきことに、四人とも傷の位置が寸分も違わないという。全員が左胸を刃物で刺されて死んでいた。

 この手口から思い出されるのは『突き刺しジャック』の名で、新聞の見出しにも使われていた。『突き刺しジャック』は数年前にこの町に出没した連続殺人犯の通称で、被害者の傷の位置が全て同じという点で今回と似通っている。

 犯行を目撃した者はいないらしく、犯人は未だに逮捕されていない。

 どうせ、その犯人が久森だっていう噂が誕生したとか、そんなところだろう。


「あの、『突き刺しジャック』再来の話?」

「そっちじゃねぇよ、いやそっちも気になるけど」

「じゃ、なにさ」

「──久森の母親が亡くなったそうだ」


 その瞬間、身体が硬直した。

 教室を見回しても、久森の姿は見当たらない。欠席しているのか。


「自宅で包丁使って自殺したんだと。俺も聞いたばかりだけどな、今朝の新聞に載っていたんだってさ」

「それで久森は?」

「多分忌引き。警察の事情聴取とかで忙しいんじゃないか?」


 久森の母親が亡くなった。そんな飛び切りのニュースはすでに学校中に知れ渡っているらしく、悔やむ声や悲しむ声だけでなく、悦びや嘲りの声もそこかしこから聞こえてくる。彼女は本当に賛否のある人間らしい。人の死を喜ぶのはどうかと思うが。


「どうした、九堂。顔が強張ってるぞ」

「……いや。なんでもない」


 自宅で自殺。使用したのは包丁。一つの想像が、頭を駆ける。

 ──久森が殺したのではないか、というものだ。彼女は殺人衝動を持っている。とうとうそれに耐えかね、夢だけでは飽き足らず実際に殺しを犯してしまったのではないか。

 確証などない。彼女の秘密を知っているとはいえ、普段から聞いている噂と同じレベルの下らない妄想の産物であることに変わりはない。そうだとしたら面白いという願望が入っていることも否定しない。

 ただ、殺しという言葉を口にした彼女が、それを聞いた僕に『そうかもしれない』と思わせることも確かだった。


「今回のことを『様あ見ろ』とか言ってる連中もいるけど、九堂は違うよな?」

「そうは思わないけど……どうしてそんな確信してるような言い方なんだ」

「だっておまえ、ここ何日かずっと久森と一緒にいるじゃんか」

「誰の所為だと思ってる」


 今となってはほとんど自業自得である。


「けど、かわいそうだよな。久森だってまだ高校生なのにさ」

「そうだね……」


 久森の母親は、本当に自殺したのだろうか。僕の関心はそこにあった。



 昼休みになると、久森のいない図書室へ向かう。

 目的は星野の言っていた、事件についての新聞記事を探すためだった。カウンターの近くに設置された新聞棚の中から適当な物を摘み出し、机に広げる。

 記事はすぐに見つかった。が、それは紙面の隅に申し訳程度に掲載されただけで、事件の内容は簡潔に書かれているのみだった。まあ当然か。

 久森の母親の名前は凛。彼女は昨日、自宅で血を流して倒れているところを帰宅した久森に発見された。胸には包丁が突き刺さっていて、そこからは凛さんの指紋のみが検出されたようだ。包丁を突き刺すという行為から、一見すると他殺とも思えた。しかし、詳しくは書かれていないが遺書も動機もあったようで、警察は自殺だと断定している。

 なるほど。遺書も動機もあり警察が断定したのなら、と納得できるように書かれている。

 だが僕は知っている。久森が殺人衝動を持っていることを。夢に見るほど強い衝動。それが家族には向けられないとどうして言い切れる。

 指紋は拭き取ったのかもしれない。遺書はワープロソフトなどで作成した物なのかもしれないし、動機など有り触れたものかもしれない。娘なら殺すチャンスもあるはずだ。全て想像の域を出ないが、十分に有り得る。

 普通に考えれば、久森は他人とはちょっと──いや、かなり──ズレているだけで、あとは平凡な女子高生だ。そんな彼女が、本当に殺人を犯すなど世間の誰が考えるだろう。精々この学校で噂ができあがるくらいだ。

 嘲笑もあるが、総合的には久森は『若くして母親を失ったかわいそうな女の子』という評価を下されている。それが普通の反応だ。

 だからだろうか。僕の中の『非日常』への欲求は、彼女を疑えと命令してくる。

 より一層面白くなりそうだ。これからの、彼女との時間が。



 翌日も久森は欠席した。担任の篠田によれば、彼女のショックは大きく、また親戚などへの対応も忙しいらしい。

 彼女が一刻も早く復帰し話を聞けるようになることを願いつつ、退屈な一日を過ごした。

 放課後となり帰り支度をしていると、蔵前が僕の元へやってきた。


「九堂、ちょっと話があるんだけど……歩きながらでいいから」

「いいけど、なに?」

「ここじゃちょっと。下駄箱で待ってるから」


 そう言って、教室を出て行った。

 支度を終え、同級生たちの疑うような視線を浴びながら彼女を追いかける。下駄箱で合流すると、正門へ向かって歩き出した。


「それで、話って?」

「久森のことなんだけど……なにか聞いてない? その、今回のことで」

「別になにも。新聞に載っていた以上のことは知らないよ」

「そうなの?」


 蔵前は少し驚いたような顔をする。


「あんたたちいつも一緒にいるから、なにか話を聞いてないかと思ったんだけど」


 星野も似たようなことを言っていた。心外である。


「僕たちはそこまで親しい関係じゃないよ。君こそ、どうして久森のことを気にする?」

「それはほら、あたし学級委員長じゃん。久森も一応クラスメイトだから、できるだけ事情を把握しといたほうがいいかなって」


 真面目だ……けどまあ、蔵前らしいか。立場上仕方なく、かもしれないが。

 残念そうに肩を落とす蔵前と共に正門へ差し掛かると、傍らから若い女性の声がした。


「九堂くんだね?」


 立ち止まり、声のしたほうへ目を向ける。

 門の外に、背の高い女性が立っていた。細身のスーツをだらしなく身に纏っている。シャープな頬のラインと、緩やかな眼。美人といって差し支えない彼女は、ふわふわしたなんだか気持ちの悪い笑みを僕に向けていた。


「ちょっと話を聞きたいんだけど、いいかなぁ?」


 そう言いながら、女はスーツの内ポケットから警察手帳を取り出した。刑事だろうか……そんな雰囲気は微塵も感じられないが。


「そちらのお嬢さん、彼を借りてってもいいかな?」

「……九堂、あんた一体なにをしたの」

「覚えはないね。なんの用ですか?」


 女はやる気のなさそうな緩い表情のまま、僕のほうへ近づいてくる。


「だから、ちょっと話。ここじゃなんだからさ」


 それから、通りに停めてある赤い軽自動車に僕を促す。


「乗ってよ。駅までなら送るから」


 周囲の視線が痛いので素直に頷いておく。蔵前に別れを告げ、女性に従って助手席へ座り通学に使う駅名を告げると、彼女はその方向へハンドルを切る。


「自己紹介しよう。あたしは神崎三咲。これでも一応、本物の刑事だよ」


 刑事らしくないという自覚はあるらしい。

 それにしても、このタイミングだ。用件はなんとなく想像できた。


「久森緋奈ちゃんのお母さん……凛さんの件について捜査してる。いや驚いたよ、新聞の片隅にしか載らないような事件なのにさ、みんな知ってるんだもの」

「久森は学校では有名なので」

「そうらしいね。それでさ、緋奈ちゃんについて聞き込みしたら、君が一番親しいっていうからさ。それで君を待ってたわけ」


 誰だそんなこと言ったのは。はた迷惑な。

 溜息をついてみせる僕を無視して、神崎さんは笑みを絶やさぬまま話し始める。


「そんなわけで、君には緋奈ちゃんや彼女の家庭環境について話して欲しい」

「申し訳ありませんが、僕はそれほど彼女とは親しくありませんよ。家庭環境なんか欠片も知りませんし、本人のこともよくは分かっていません」


 神崎が不思議そうに首を傾げる。


「嘘ぉ? みぃ~んなさ、君が一番緋奈ちゃんと仲がいいって言うから、彼氏なのかと思ったんだけどなぁ」


 彼氏。銀河の果てにあるような縁遠い言葉だ。

 満場一致で『九堂が久森と親しい』ということだった、と神崎さんは言う。その所為か、僕一人が否定しても納得できないらしい。別に照れ隠しではないのだけど。


「まあいいや。君も知ってるかもだけど、凛さんのことはもう自殺で確定してんのよ。遺書も動機もあったわけだし。だってのに、どうしてあたしが緋奈ちゃんのことを知りたがってるか分かる?」

「いいえ」


 なぜかは分からないが、神崎さんは楽しそうだった。


「あたしはね、緋奈ちゃんが殺したんじゃないかと睨んでる」


 ぞくり、と背筋に悪寒が走った。

 神崎さんが口にしたのは、まさに僕が妄想していたことだからだ。こんな突飛な考えを、自殺だと断定した警察に属する人間と共有するなんて考えられない。そのことが僕に驚愕と恐怖をもたらす。


「どうして、そう思うんですか」


 ……上手く、動揺を隠せているだろうか。


「うん。その理由は三つある。一応言っとくけど守秘義務ってのがあるから、あたしが話した以上のことはなるべく聞かないでもらいたいね」


 赤信号に引っかかり、神崎は車を静止させる。そして不快な笑みを、また僕に向けた。


「一つはさ、凛さんが自殺した状況。遺書は手書きで筆跡も彼女のものと一致した。だから疑いようはないかもだけど。それとは別に気になることがあってね」

「と言うと?」

「携帯電話だよ」


 ぴっ、と神崎さんが人差し指を立てる。


「凛さんが持っていた携帯電話の着信履歴を確認したんだけど、最後の着信は緋奈ちゃんの携帯からだった。しかも死亡推定時刻の数分前。普通さ、愛する娘と話した直後に自殺しちゃおうなんて思うかな? 会話を終えて、さあ自殺するか、みたいなタイミングだよ」


「──さあ」

「思ったとしたらさ。その原因は、娘にあると思わない?」


 神崎さんは嬉々として語る。


「自殺の動機は、簡単に言ってしまえば夫婦間の仲違いなんだけど。もし、緋奈ちゃんが巧みにそこを刺激して、凛さんを誘導できたとしたら」


 確かに久森ならば、相手の弱みを突くなど容易いだろう。そこから自殺願望が芽生えるまで導いていくことも、もしかしたら。問題は間接的な殺害でも彼女は快楽を得ることができるのか、という点だ。


「んで、二つ目。ちょっと取り調べさせてもらったんだけど……あたしの目にはさ、久奈ちゃんはどうも悲しんでいるようには見えなかったんだよね」


 信号が青に変わる。神崎さんは再び前を向き、車を走らせる。

 神崎さんに見つめられている間に蓄積した不快感を逃がすべく、僕も窓の外へ視線を移した。


「緋奈ちゃんは確かにクールな子だ。けどさ、母親が自殺したってのに、あんなにも完璧なポーカーフェイスを気取れるとは思えないんだよねぇ。だって緋奈ちゃんもまだ高校生なんだからさ」

 自殺へ追い込んだ張本人ならば悲しむこともない、ということか。

「なるほど。それで、三つ目はなんです?」

「うん。これが一番重要なんだけど──」


 息を呑む。どんな事実が飛び出すのか少しだけ楽しみだった。

 大通りの先に駅が見えてくる。もうすぐこの会話も終わる。その前にもう一つ、興味深い事実を手に入れておきたかったのだが──。


「やっぱ勘だね」


 ──と、神崎さんは短く言った。

 思わず、はい? と聞き返す。


「だから、勘」

「カンというのはつまり……」

「広辞苑には『第六感』とか書かれてるね」

「……」


 なにが『一番重要』だ。一番信用ならないじゃないか!

 呆れた僕に、神崎は不満そうに唇を尖らせる。


「あたしの勘を見くびらないでよっ。今までだって何度も何度も……」

「わかりましたよ。とても興味深い話でしたよ、ええ」

「全然興味なさそうだね……まあとにかく、あたしが言ったことが万が一本当だとしても、緋奈ちゃんの罪は軽いと思う。自殺教唆は立派な犯罪だけど、未成年だからね。なにより捜査もほとんど終わっちゃってるから。それに、緋奈ちゃんが落ち着いたらもう一度話を聞く予定なんだけど、そうしたら納得できる事情が出てくるかもしれないしね……」

「そうなることを祈りますよ」


 神崎さんはロータリーに車を寄せてから、思い出したように期待を込めた眼差しを向けてきた。


「そうそう。ついでに聞くけど、例の連続殺人事件について知ってることある?」

 『突き刺しジャック』か。すっかり忘れていた。特に興味ないし。

「ありません」

「そ、残念。んじゃまあ、緋奈ちゃんのことでなにか気づいたことがあればよろしく」


 名刺を受け取る。神崎さんの携帯電話の番号とメールアドレスが書かれていた。

 去っていく彼女の赤い軽自動車を見送り、ホームへ向かう。

 神崎さんが言ったことは、確かに面白い。電話をするくらいならば学校にいてもできるし、それで遺書を書かせたということも久森なら有り得る。一見しただけでは、辻褄の合わない箇所は見当たらない。

 ──面白いじゃないか。

 これは間違いなく、僕が日々捜し求めていた『非日常』に分類されるはずだ。久森が母親に自殺を教唆したとして、それを隠しているなら、喜んで暴いてやる。それが好奇心というものだ。方法なんて、あとで考えればいい。

 ああ、早く学校へ復帰してくれないだろうか。

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