5 どうやらそれは日常になる

「じゃあ次。君の好きな男性のタイプは?」

「素直じゃない人かしら。すぐに根をあげる人と違って、苛め甲斐があるのよね」

「理由が恐ろしいね……」


 翌日の昼休み。またしても図書室にて、僕は久森の向かいの席に腰を下ろしている。

 そして本日も彼女の機嫌は良好で、質問することを承諾してくれた。一方の僕はすでに、星野から逃れることを諦めていた。彼女に近づく上手い口実も見つからないことだし、折角なので利用させてもらおう。


「九堂くん、あなたの好みは?」

「少なくとも君ではないよ」


 面白味なら、君がダントツだろうけどね。


「それはわかってるわ。……それで、どうなの?」

「そうだね……」


 自覚がないだけかもしれないが、僕には好みのタイプといったものが存在しない。


「難しいね。好みでないタイプなら、喧しい人だと即答できるけど」


 久森はつまらなそうに頷いただけだった。

 ちなみに今のは本日四つ目の質問だけど、僕は昨日ほどの疲れを感じていなかった。昨日のことも合わせての感想だが、久森は確かに人を苛つかせる能力に長ける。けれど、常にそういう発言をするわけではない。こちらの問いかけには答えてくれるし、今のように自分から話しかけてくることもある。話せば話すほどに少しずつ、噂とは違うまともな人物像ができあがっていく。

 とはいえ、彼女が近寄り難い存在であることに変わりはないのだが。


「次の質問は……えっと、君が殺人症候群を発症しているのは本当か、と書いてあるけど。そもそもこれ、実在しているのか?」

「さあ。知ったことではないわ」

「君は一昨日、自分がこれを発症しているかもしれないと言っていたね」


 ん? と、久森は首を傾げる。


「ああ、そうだったわね。冗談のつもりだったのだけれど。あなたはどうなの?」

「僕は信じていない。胡散臭いし、もし実在していたら大騒ぎになるだろう。ただ実在するなら、とても面白いと思う。自分が発症するのは御免被るけれどね」


 発症したら人を殺したくなるというのは原理はどうあれ興味深い。症候群と名付けられているからには原因不明なのかもしれないが、それも気になる。

 なぜ気になるのか。結局のところ、僕は他人よりも普通でないものに惹かれやすいのかもしれなかった。中二病とか言われそうだ……。

 僕の答えに、久森は俯いて押し黙っている。どうしたのかと問うと、彼女はゆっくりと顔を上げた。そして哀愁漂う瞳で僕を見る。


「もしそれが実在するとして……発症してしまった人が事件を起こしたとして……なんの関係もない人がたくさん殺されてしまったら。あなたはそれを、面白いと言える?」


 ──どう答えろと言うのだろうか。

 久森のガラスのような瞳が、彼女から視線を逸らすことを許さない。逃げ場のない鼓動。逃げられない沈黙に、僕は躊躇する。


「……本当にそんな事件が起きたなら、被害者に同情くらいはするさ。犯人がさっさと捕まることも祈るよ」


 無難に答えておくしかない。僕にだって殺人事件の加害者に憤りを覚えることくらいあるのだから。


 そう、と久森が呟くと、ちょうど予鈴が鳴り響いた。


「今日はここまでね。それじゃ、また明日」

「うん、また」


 また明日か。彼女はどうやら、僕との問答を多少なりとも楽しんでくれているようだ。単にストレスの捌け口にされている可能性も否めないけど。

 立ち去る彼女を見送る。流石に、彼女に同伴して教室へ戻ることには抵抗があった。


「……あ、九堂くん」


 久森が姿を消すのと同時に、図書室の奥から水上さんが現れる。今度は英語の参考書を手にしていた。


「今日も来てたんだ」

「心配しなくても遅刻をする気はないよ」

「じゃあ、行こ! ほら立って」


 笑顔で催促する。前回と変わらずなぜか従ってしまう不思議な言霊が僕の身体を引っ張っていく。


「なんでだろうな……」


 喧しい廊下を歩きながら呟く。


「何がー?」


 水上さんが聞き返すけど、君の雰囲気がどうこうなんて言えるはずもなく。

 ──そうだ。一つ聞きそびれていたことがあった。


「よかったらなんだけど……君が久森を信用してる理由を教えてくれないか?」


 逡巡したあと、少し高揚した声色で水上さんは言った。


「あたしね、久森さんとは小学校から一緒なの。それで、今は疎遠になっちゃったけど……昔は授業でわからなかったところとか教えてもらってたんだ」


 嬉しそうに苦笑する。

 衝撃の事実。あの久森が、人に勉強を教えるとは……。でも言われてみれば、僕も噂よりまともな人物だと実感したばかりだった。


「久森さんもね、昔はもう少し人当たりが良くて。本当は優しい子なの。だから信じてる。変な噂はみんな嘘だって」

「そっか……」


 久森が優しいかどうかはともかく、納得はできた。水上さんにとって久森は、今でも信じるに値する存在なのだろう。

 それにしても。


「水上さん、久森がどうして今みたいになったのかは知ってる?」

「うーん、それはあたしもわからないんだ。中学に上がってから、ちょっとずつ人を寄せ付けなくなっていったって感じで。聞いてみたけど答えてくれなくて」


 水上さんも知らないか……。

 何が久森を変えたのだろう。あの久森を変えるほどの力を持つ何か……思いつくわけもなく、僕は頭を捻らせながら午後の授業を受けることになった。

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