2-20 逃げられない。逃げない。逃がさない。
校舎である古城には今は使われていない部屋が沢山ある。そのうちの一つへアキラに手を引かれて連れてこられた。
普通なら男子に女子が連れ込まれたら、危機感を持つべきかもしれないけれど、相手はアキラだ。そういう危うさは当然ながらないだろうと素直に引かれる手に従う。単に人目を気にせず話したいとか、そういうことなんだと思う。
だけど、握られている手は絶対に離さない、逃がさないという意思がひしひしと伝わってくるほど、かたく握られてきつ目に絡みついてきている。
「……」
空き部屋の中に入って扉を閉め、たまたま付いていた内鍵すら閉めたアキラは、無言でこっちを見つめてきた。
「アキラ?なんで鍵まで?どうせ誰も来ないですよ?」
「確かに昨日言ったよね?僕にだけ、特別だからって」
「んえ?あれ?あれはほら、あの時アキラに胸板を貸してあげるって意味で、今は男のアキラでも、元女子だったし男子だけど特別にってことで……」
「ちょ……ちょっと待とうか……男子だけど……それってつまり……女子なら誰にでもするってこと?コルンにも?」
「誰にでもってことはないと思いますけれど、コルネならいつも良くしてくださっていますし、もし元気が無かったりしたらこんなんでよかったらですけど、胸板くらい全然貸しますよ?」
昨夜から今朝までだって、ほとんど密着して眠っていたのだし、コルネにならそれくらいはすると思う。けれど、コルネがそんなことで元気が出るとも思えないけれど……
「……シヅク……」
「ひゃぃ」
あまりにも真剣で鋭い眼光と圧を感じて飛び上がりそうになる。
いつもの余所行きの声よりも数段低い声に、返事をしたつもりがほぼ悲鳴になっていた。
突然アキラがそんな目つきでジリジリとこちらに詰め寄ってくるものだから、後ろに後ろにと自分もジリジリと後退る。
「ぁ……」
背後の壁に行き詰まり、方向を変えなきゃと目線を右に向けた瞬間。
シュダンっ
「ひぇ!?」
目の前擦れ擦れにアキラの腕が視界を塞ぐ。そして、後頭部にも同じように風が通った感触があり、振り返ると……
「ぇ……?」
そこにもアキラの腕があった。
ちょうど両肩の上辺りにアキラの腕がある。
身動きが……でもまだしゃがめば逃げ……
「うそ……」
そう思って身をかがめようとした瞬間。
股の間にアキラの脚がグッと差し込まれてしまった。
これではかがむことすらできなくなった。
「ちょっと、アキラ?冗談はやめてくださいよ」
「冗談……どっちが……?」
「……ひぇ……」
声低……アキラってこんな声出せたんだ……なんか低い声ってお腹に響いてくる……なにこれ……
「ああ、ごめん……突然こんなことされたら怖かったよね?大丈夫。これから襲ったりするわけじゃないよ。ただ……」
「ただ……?」
「シヅクに逃げずに話を聞いてもらいたくてね」
さっきからずっとギラギラとしているアキラの目付き。それが至近距離で真っ直ぐこちらの目を見据えてくる。
逃げ場がない上にその目つきからも隠れようがなくて、アキラに酷いことを言ってしまったのかと何度も思い出そうと努力をしてみたが、心臓が跳ね回っていて考えたり思い出したりするどころではない。
なによりその視線から、絶対に逃がさないという強い意志が伝わってきている。
逃げ道を全て塞がれて、身動きができない今の状況。
アキラに支配されているみたい……それなのになぜだか……絶対に居心地なんていいはずはないのに……
どうしてこんなに頭がくらくらして……
両足の間に挟まるアキラの太ももから伝わってくる男性特有の肌のかたさと温かさ。
見つめ合って息が漏れると生暖かい空気が顔にかかるが、その空気はミントの香りがして、嫌悪感なんて湧いてこない。
むしろ……もっと吸い込みたい……アキラの呼吸に合わせてしまう。
自分の息遣いまでもが支配されてしまったかのよう……
「シヅクの身体はもっと大事にしてあげるべきだよ。だから……さっきの話は聞こえなかったことにしてあげる。だから、その胸を貸すなら本当に大切な誰か一人だけにしておきなよ。そうしないと、浮気性を疑われることになるからね?」
「浮気性……?そんなつもりは私には……」
「浮気って、女の子からしたら最低なことなんだよ。そんなことしたらその先ずっと同性なら誰も味方してくれないからね?だから、シヅクが誰かかれかまわず胸を貸さないように、おまじないをかけてあげるからね」
そういうと、アキラは私のリボンタイを緩め、制服の上着のボタンをはずしていく。
「なっ、ちょっとアキラ、や、やめて、ほんとに
制服をはだけさせられて胸が露出したところにアキラは……
カプッヂュゥ!
「つぅっ!?」
肌じゃない感触が触れたと思ったら、吸われた。しかも結構強く。
プハァッ
「……アキラ?……ねぇこれ……ちょっとヒリヒリするんですけど……」
わざときっちり着た時のギリギリのところに赤くくっきりとした跡が残る……
「アキラにキズモノにされちゃった……」
「僕はそれより痛いけれどね……」
「痛いってどういうこと?私アキラになにかしちゃった?」
アキラは少し苦しそうに見つめ返してきた。
「ねぇ、僕だけに、特別だって言ったのに、コルンも同じ特別なの?それとも、僕の特別って
嘘
だったの?」
辛そうに言うアキラの目には……
「アキラは私にとっては唯一の同郷者だし、色んなこと教えてもらったり教えたり……もうすでに唯一無二で特別なんだけど……」
「そうじゃない、僕にとっては、それ以上に、シヅクが特別なのに、シヅクは……ほんとに……だから、シヅクにも同じくらい、僕のことが特別になるようにしてあげないと……」
アキラにとって……私が特別だってこと?
でも、ちょっと待って?
そういうにおわせ的なことだけで判断するのはマズい。
まだ確定してないのにそれに意識を向けすぎたら、状況が正しく見えなくなる。
カードゲームの対戦でもそうじゃん。
油断していたら1手のミスで勝利が去っていく感覚は何度も味わった。冷静に考えよう。
だって、あのアキラを駅に送っていった日は、危うく自分の早とちりでヒヤヒヤしたじゃん?
それに……アキラは今、”できるイケメン”になりきってるんだし……
もしかしたらアキラの中のイメージするイケメンってこういうことを普通にするような感じで、単にそれを演じてるだけかもしれない。
キスマークなんて私は初めてだけど、アキラにとってはどうなんだろう?待った、キスマークは保留。
だとしても相当に際どくない?普通そんなこと、好きな人以外にする人いる?いや、待て待て待って待ったって。
結論を急いでも恥をかくだけ、ここはもっと慎重に、冷静にならないと……
こんな時こそガードゲーム大会で勝ち抜いた集中力で……ゾーンに入らないと。
とりあえず、アキラの言うことの中で『特別』っていうのはちょっと曖昧な言葉すぎて不確定要素が満載だからノーカンとして、キスマークもちょっとたんま保留。どうしてこんなことしたのか分からさすぎて今考えると思考回路がショートしそう。たぶん自分が知ってるものの中に答えがない。
すでに場にあるカードをおさらいしていこう。『特別 』と『
『その先ずっと同性なら誰も味方してくれないからね?』
私に同性の味方が居なくなることを心配してくれてる。でもどうして?コルネとは一応、上手くやれてるとは思うんだけど……女子から見たらまだ変なとこだらけってことかな?
『浮気って、女の子からしたら最低なことなんだよ。』
身に覚えのない浮気の話。その前も……
『浮気性を疑われることになるからね?』
なんでそんな話になったっけ?
『その胸を貸すなら本当に大切な誰か一人だけにしておきなよ』
胸板を貸す話。男は胸板を貸すくらいまったく減るものは無い?いやいや、普通そんな事しないってば。男子でも滅多に胸貸すなんてことは無い。もちろん女子になったら貸さない方がいいのはまあ、うん、わかってる。けど、アキラから先に胸を貸してくれたし、ほとんど同性みたいなアキラになら……って、これがいけなかった?
『シヅクの身体はもっと大事にしてあげるべきだよ。』
私の身体の心配……なのにキスマーク……いや、これは一旦保留保留。
そして何故か逃げ道を塞がれたよね?
まだアキラの両腕が顔の横にあって、脚の間にもアキラの太ももがある。
ねえ、アキラ……どうしてこんなことしたの?
無意識に脚をぎゅっと閉じて、アキラの太ももを挟み込む。
「なっ、ちょっとシヅク?脚、これじゃ抜けないよ?」
アキラがちょっと焦ってる。自分からこんなことしてきたのに。
「ふふっ」
もう、考えてもよくわからない。
「し、シヅク?」
「ねぇ……」
アキラの唇、温かかったなぁ……
吸われる瞬間、内心ちょっと嬉しかった。
昨日はアキラのあんなことしてる声を聞いて、その後あまり話すこともできず、壁も塞いでしまったことでアキラが少し遠くに行ってしまったような気がしていた。
今朝コルネの前で手を繋がれて拒めなかったのも、なんだかんだ嬉しかったのかもしれない。
「もうアキラ以外に胸板を貸すのはやめます」
「それって……む、ん?」
私はアキラの下唇を親指のひらで撫でてみた。さっきはこれがここに触れていたんだよね……やっぱり温かい。それに、おいしそう……
私の脳は既にこの時ショートしていたのかもしれない……
「お味は、いかがでしたか?」
「……っ!?」
無性にアキラのその口からキスマークをつけた時の感想が聞きたくなっていた。
それが聞きたくて言った言葉が、よりにもよって以前漫画で見たメイドが主人公に料理の感想を聞くシーンのセリフだった。つまりメイド役は自分の方で、仕えるご主人様は……
キスマークを付けられたところがほんのりと熱を持っているようで、少しだけヒリヒリとしている。その僅かな痛みですら甘く私の脳を焼いている。思考レベルが下がっていく。
自分の中で
「コルネのにおいとか、しませんでしたか?」
「……っ!!」
昨晩から今朝にかけてコルネと同じベッドで寝ていたことを思えば、においが残っていてもおかしくはない。
でもそんなこと、言わなければバレようがないのに、アキラがなんて言うのか気になってしまう。
もし残っていたら……アキラは叱ってくれるのかな?
「このにおいの違和感……もしかしてシヅク……コルンと……?」
「あ……やっばり残ってたんだ……実は昨夜から朝まで、コルネと一緒のベッドで寝ていたんです。そのおかげかぐっすり眠れて……自分でもびっくりでしたんですよね」
これもわざわざ言うことじゃない。
アキラの目にぎゅっと力が入り、目じりから透明な液体が零れ落ちる。
「なんでそんなことしたの?シヅクはコルンとどうなりたいの?もしかして、僕にこういうことされるの……嫌だった?ごめん、それなら離れるから脚ゆるめて?」
違うよ、アキラ。アキラはできるイケメンなんでしょう?だったら……
「嫌です……アキラ、私を見て、そして聞いてください……」
アキラの脚を挟む脚の力はゆるめてあげない。
そのかわり、アキラのそっぽを向いてしまった顔を両手でこっちに向けなおし、困惑するその瞳を見つめ返す。
「昨日は突然のことで、コルネをソファーで寝かせる訳にも行かなくて、コルネは私が部屋の主だからソファーに寝かせてくれなくて、女同士だし、特にそういう変な気持ちも無かったです。だから、仕方なく一緒のベッドで寝たんですよ?そして、コルネとは、仲良く、お友達のままでいたいです。アキラの付けてくれた
「……本当に……いいんだね?」
「……」
「……おいで」
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