2-19 距離感
朝、少しだけ早く起きられるように目覚ましをセットしていた。何しろコルネと二人で洗面台を交代して準備しないといけないのだから。
ピピピピっピピピッ
目覚ましの音は2回目で止められた。
それにしても、昨夜はコルネと二人でベッドで寝たけれど、ものの数秒で意識がなくなっていた。
コルネのナイトキャップとかからしてきた甘くていいにおいと温もりが心地よかったせいかもしれない。温まるとすぐに眠れますよね。
人生で初めて女子と一緒に寝たというのに、特にこれといった記憶は残っていなかった。
それが普通なんだよね?これでいいんですよね?正解がわからない不安が襲ってきたが、そんな疑問はすぐに解消されていった。
「あら、お目覚めですのね」
コルネはすでに着替えを始めていた。制服を着て靴下を履いている途中のようだ。メイクもすでにばっちり。
「お、おはようございます、コルネ。起きるの早いですね。というか、私すみません。すぐ寝ちゃって、起きるのも後だなんて……コルネはちゃんと眠れましたか?」
「ええ、おはようございます。わたくしもしっかりと眠りましたわ。わたくし、誰かと二人で眠るのは初めてでしたが、なかなかぐっすりと眠れるものですわね」
「え?そ、そうなんですか?コルネもぐっすり眠れたのでしたら良かったです」
「ええ、いつも学園の研修などでは一人の場所があてがわれておりましたが、次の実地訓練の時にはシヅクと同じテントで寝泊まりできるように学園側には掛け合っておこうかしら」
「あ、ええと、そんなに良かったんですか?確かに私の方は本当にぐっすり眠れたので、良かったですけれど……」
「誰かが(近くに)いる方が……(心細くなくて)……いえ、なんでもございませんわ。でも、シヅクが学園に来てくださって本当によかったですわ」
「あはは、なんですか、それ?私、抱き枕とかじゃないですからね?」
「抱き枕ですって……それはいいかもしれませんわね。また(温かくてふにふにで)癒されながら眠れるのでしたら……もしシヅクさえよろしければ、また頼んでもいいかしら?少しくらいわたくしのお小遣いが減ってもよろしくてよ」
「あ、や、そんな、なんか、本当に抱き枕として使おうとしていませんか?」
「あら、それはどうかしらね?ふふ」
ピピピピっッ
念の為仕掛けておいた2つ目の目覚ましが鳴る。
「あっ!早く私も準備しなきゃ」
バタバタと起き上がり出かけるのに必要なことをし始める。
「わたくしの方はもうほとんど済んでおりますから、髪を梳かしたりしてさしあげても?」
「え!?いいんですか!?あ、や、でも悪いですよね、コルネにそんなこと?」
「いえ、わたくしはいつもされる側でしたので、やってみたくもありまして」
「ほんとにいいんですか?やってもらえるとすごく助かりますけれど」
「そのかわり、上手くできる保証はございませんわよ?」
「いえ、それでもコルネにしてもらえるのならうれしいです。私顔洗ってきますね」
朝、いつもならアキラが髪を梳かしたり髪飾りを付けてくれたりと任せていたから、正直アキラがいないとできるか不安ではあったのだった。
洗顔から戻ってきたら、コルネは先程の話の通り髪を梳かしたり、髪飾りを付けるための土台となるウィックを付けてくれた。
「コルネの髪、すごく長いですよね?どうやって手入れとかしてるんですか?」
コルネはずっと伸ばしているのかな?
そこまで延ばすのに、いったいどれだけ時間がかかったんだろう?
もともと自分は男子だったわけで、髪は短くしていたので、いまだに私の髪はかなり短い。ベリーショートとショートの間くらいな感じだ。これでもこっちに来てから数ミリは伸びた。
けれど、コルネの髪は次元が違う。くるくると髪を巻いているものの、たぶん真っ直ぐだったら腰まで届きそうなくらいの長さはあるだろう。
2週間で数ミリしか伸びないのに、メートル級に伸ばすとなれば少なくとも数年はかかるはずだ。
「普段から気をつけていることがいくつか、あとは髪を洗う時や寝る時にも、常にある程度意識してケアしておりますわ」
「あのナイトキャップも髪のためなんですね?」
「ええ、そうですわ。幼少の頃からお母さまのすすめで、それからずっと、お姉さまと一緒に髪は伸ばしておりますのよ」
「そうなんですね。コルネの長い髪、女性らしくて素敵ですもんね」
「あら、褒めてくださるの?てっきり髪にあまり興味がおありではないのかと……シヅクは髪を伸ばしたいとおもっておりますの?」
「えー……と、はい。伸ばしてみようかと……その、アキラは伸ばした方が良いって」
「まさか『アキラさんに言われて』ですの?それは、まあ、そういうことでしたら……これまで髪を伸ばしたご経験は?」
「い、いえ、まったく。ずっと短かくしていたので、今回が初めてになります……」
「でしたら……少しだけアドバイスを差し上げるとすれば、これから長く伸ばす予定でしたら、傷んだ毛先はなるべく早く切ってしまって、綺麗な髪だけを残した方がいいですわよ」
「そうなんですか!?伸ばすのに切るなんて……」
「ええ、その通りですわ。傷んだ髪を放置していると、その髪にも栄養が必要ですから、綺麗には伸びていかないその傷んだ髪に栄養が取られてしまうことにもなりますわ。それに他の髪に絡みついたりして傷ませる原因にもなりますの。野放しにしておいても良い事はございませんわ。それから、自身の体調管理も重要ですわ。体調のすぐれない状態が続くと、実感できるほど髪にも悪い影響が出てきたりいたしますから……それに食べるものも、髪を伸ばしたりケアする食べ物を意識してとるようにすることも必要になってまいりますわ。髪や頭皮への栄養が十分ではないと、せっかく綺麗に伸ばした髪も根元から傷んできてしまうこともございますの。さらに、寒くて乾燥したところに居すぎたり、高温な環境に髪や頭皮をさらし続けるのも良くありませんわ」
「わぁ……すごく大変なのは何となくわかりました。それを聞くと、なおさらコルネの長い髪は素敵ですね。髪に艶があって遠目からでも目を良く引きますもの」
「先ほどの言葉より、今の方が実感を伴っておりますわね。お褒めいただき、嬉しく思いますわ」
「さっきのは、何も知らずに口先だけで……ほんとすみません」
「いいえ、先ほどのお言葉の方は、他意もなく見たままをお褒めてくださったものとして、そちらはそちらでとても嬉しく思いましたわ。ですから、これからアキラさんのために伸ばすと決意された貴女に後悔なさらないように、色々と教えて差し上げたいと思いましたの」
「……あ、ありがとう、ございます」
アキラのため……いや、アキラに言われたのもあるんですけれど、結局は女子として生きていくことになる自分自身のために伸ばしてみていたところがある。だから、なんとも答えに窮してしまった。
コルネと話しながら朝の準備をするのは、アキラと一緒にしていた時とはまた違うことが色々聞けて新鮮だった。
それから、アキラが普段どれだけ私に優しくしてくれているのかも同時に実感していた。
コルネが手を貸してくれるのもすごく助かってはいたのだけれど、アキラは常に私の次の行動まで頭に入れて先に準備をしてくれていたことが、今回のことでよくわかった。
アキラとのあの距離感というのは、コルネとの距離感とは全然違う。人によっては、そう、お節介と思うレベルかもしれないけれど、私はずっとそれに助けられてきたのだなと思うと、アキラのありがたみが改めてよくわかった。
――
「おはよう、シヅク」
「アキラ、おはよう」
なんでかな?
昨日の夕方でアキラの部屋から出て、まだ半日ちょっとも経っていないのに、なんだかすごく久しぶりな気がする。
「おはようございます、コルネ」
「おはようございます、アキラさん。いつからそこで待っていらしたの?」
「今出てきたところですよ。二人は昨日、よく眠れましたか?」
そういうアキラの顔には、寝不足感が否めなかった。足取りもいつもより元気がないように見える。
もしかして、昼間にあれだけ眠っていたから、夜は眠れなかったのかな?
「こっちはよく眠れましたけれど、アキラはあまり眠れなかったみたいですね。お昼にあんなにお昼寝をしてしまったのですし、無理もありません。今度から目覚ましを掛けて短めにお昼寝することをおすすめしますよ?」
コルネがいる手前、これ以上は深堀りできないけれど、昨日はいろいろとほかに考えることがたくさんあって伝えられなかったので、アキラにはそういうことも伝えておきたかった。
さっき実感した普段からのアキラの優しさを少しでもお返したい。それから、アキラにならなんでも言えるという謎の連帯感があって、アキラと話したり顔を合わせていると心が軽くなった気がしている。
「うん。そうすることにするよ」
「まあ、シヅクはどうしてアキラさんがお昼寝していたことがわかったのでしょう?」
「そ、それは……壁越しに、なんとなく?」
昨日はアキラが寝てしまう瞬間から起きるまで、寝息を壁越しに聞いていたなんて言える訳が無い。
上手くごまかせているのかわからず、背筋がヒヤッとする。
「壁越しに?そういえばアキラさん。昨日の夜、わたくしたちの会話って聞こえていませんでしたよね?大事な話を二人でしていたのですけれど」
「大事な話?どんな話なんですか?」
ああ、それであんなことを聞いてきたんですね?コルネは早速本題に入ろうとしているのか。
「その壁のことで問題がありまして、お部屋を移っていただこうかと」
「アキラも、昨日壁越しだけど話せたのって結構問題だと思わない?」
「いや、僕にとっては別に問題だとは思っていないよ。だって部屋にいても君の声が聞けるのは良いことだしね?」
手が触れたと思ったら、アキラが指を絡ませてきた。
ああ……これ、ちょっと落ち着く……
じゃないじゃない!
「アキラ、コルネの前だよ……?」
「大丈夫。コルンは僕らが手を繋いでいるところ、もう何度も見ているよ」
「コルネ、知ってたの?」
驚いてコルネにアキラの指が絡む手を持ち上げて振っていた。
「ええ、あれだけ寮の前で騒がれておりましたから……それに、シヅクはそれほど気づいていないようですけれど、あれだけ堂々と(イチャイチャ)されては、何度も目にするのも当然ですわ」
「ごめんね、これアキラが私一人で歩かせるのが良くないって言って、それでなんか保護者みたいな感じだから、その、気分を害したりしてなきゃいいのですけれど」
「アキラさん、そういうことでしたら、わたくしもその保護者に加わっても?」
そう言ってコルネが私のもう片方の手を握って持ち上げ、アキラに見せるように振る。今日のコルネはどうしてか、ちょっと悪戯っぽい。
「僕は保護者だなんて名乗った覚えはありませんよ?それに……シヅクがコルンとも手を繋ぎたいのなら、僕は止めはしませんけどね」
アキラの顔を見ていると、嫌なんだろうなっていうのが滲み出てきているような……それを読み取ったのか、コルネは私の手をパッと離した。
なんか……ううん、なんでもないことなんだけれど、ちょっとよくわからない感じ。アキラってこんなに表情がころころ変わるんだ……
「シヅクも両手がふさがっていては歩きにくそうですので、アキラさんがいる時はお譲りしようかしら?」
「僕がいないときは繋ぐんですか?」
「それは……ご想像にお任せしようかしら?」
「……」
クスクスと笑うコルネに向けるアキラの視線には、飼い犬が主人に近づく何者かに警戒するような、そんな雰囲気があるような……ないような?
きっと見間違えただけ、アキラはすぐに私の方を見て、ふっと笑ってみせた。だけど……
――胸の奥の鼓動が跳ねる――
あれ?さっきもそうだけれど、今日の私、ちょっと自分でもよくわからない感じがする。
心臓が無駄にうるさい。
「それで、実はもう移るお部屋は押さえてありますの。あとはアキラさんさえよろしければなんですけれど」
「僕はこのままでいいよ。シヅクには全部聞かれてもいい。だって、僕とシヅクはもう、特別な関係だからね」
「へ?特別な、関係?それって……どんな?」
「コルン、ごめんね~……ちょ~っと待っててもらえませんか?それか、先に教室に行ってもらってもいいんですけど」
「あ、ちょっと、アキラ?何?なんか怒ってる?なんで?コルネ、ちょっと助け……」
「わかりました。では、わたくしはお先にまいりますわ。シヅク……それはさすがに、少し可哀想ですわよ?しっかりケアして差し上げなさいな。アキラさん、教室で待っていますわね」
「ありがとう、コルン。ごめんね」
「いいえ、大事なことは言える時に言うものですわ。では、またあとで」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます