2-18 コルネの意外な一面


 アキラの部屋が丸見えの状態だったので、コルネに風魔法で壁があるはずの場所にシーツを張り付けてもらった。これでアキラの部屋はほとんど見えなくなったし、なんなら少しだけ音も伝わりにくくなった。コルネと話す時、小声で話すくらいならお隣に聞こえずにすむだろう。これで一安心かな?


「コルネ、ありがとうございます。わざわざごめんなさい。私が風魔法を使えたら自分でできたのに……」

「いえ、元はと言えばわたくしが浅慮にもこの壁のことを中途半端に調べてきて、そのわたくしが戻し方がわからないせいなのですから……こちらこそ、本当に申し訳ございませんわ」

「いえそんな。ただ……急かすようで申し訳ないのですけれど、この壁の戻し方ってわかりそうでしょうか?」

「すみません。今はまだなんとも……この部屋の主であった双子の手記は一応持ってきておりまして、できる限り目を通してみるつもりですが、申し訳ございませんがシヅクにはお見せすることは……」

「王家のかたしか見ないほうがいいですもんね」

「ええ、申し訳ございませんわ」

「何となくそんな気がしていたので大丈夫です。でもよろしくお願いします。それと……さきほども聞いてしまいましたが、寝る場所は本当に一緒のベッドでいいんですか?さすがにまずくありませんでしょうか、やっぱり私がソファーで寝ますからベッドはお使いいただいた方が……」


 そう、シーツは自分のと、アキラのと、さらにはコルネの部屋からも持ってきてもらったものを含めて、アキラの部屋との壁を塞ぐのに出払ってしまうし、そもそも寝る場所なんてベッドと……二人掛けでちょっと寝るには狭いけど、ソファーくらいしかない。


「ダメですわ、シヅク。この部屋の今のあるじにそんなことを強いては、王族の名に恥じてしまいますわ。それともわたくしが一緒ではお嫌ということでしたら、ことの発端であるわたくしこそソファーで……」


 いや、王族をそんな窮屈きゅうくつなところで寝かせるわけには……


「い、いえ、嫌ということはないんです……けど、コルネと同じベッドで寝たなんて、万が一にでも隣のアキラに知られたら……」


 アキラのことだから、元男子の自分がコルネと一緒のベッドで寝たなんて知れたら鬼のように怒られるだろう。今は女子だからか他の女子に対してやましい事なんて思い至らないけれど、誤解は免れないもの。もしそんなことになったら、あの不穏な顔をしていたアキラが今度こそ何をするか予想がつかない。


「あら、わたくしは口が堅いですわよ?」


 いや、心配なのはコルネじゃなくて自分の口の方で……正直、アキラには元の世界にいる時から何かと見透かされすぎていた気がするものだから、不安なのである。


「どうやら心配なさっているのはわたくしの口の堅さでなくて、ご自身の方のようですわね……」


 ほら、コルネにすら自分の考えてることを言い当てられてしまった。女子ってどうしてこうも相手が考えてることを見抜くのが上手いんだろう?女子が気づくのが上手なのは言語能力が男子より早く発達した恩恵でしょうか?それとも私の表情がわかりやすすぎるとか?


「まあ、ええ、その通りです。ところで話は変わりますが、そろそろメイクも落とそうと思いますけれど、コルネもこのメイク落とし使います?」

「ええ、お借りしようかしら。ありがたく使わせていただきますわ」

「もともと王国から支給していただいたものですし、実質コルネのものと思って気にせず使ってください」

「いいえ、シヅク。たとえ国から支給されたものであったとしても、今はもう貴女のものですから、大事に使わせていただこうと思いますわ」



 ――


 コルネより先にメイク落としや洗顔、化粧水、美容液や乳液、ナイトクリームと一通りを済ませて部屋着へと着替える。

 コルネに洗面台を譲ると、部屋で一人になった。

 ベッドを改めて念入りに整えていると、自分の中で消化不良の疑問が浮かんできた。


 自分は今から、女子と二人でベッドで寝るの?

 ほんとに?


 メイクを落としてしまうと急に自分に自信がなくなってくる。心が無防備というか、メイクをしている時の心強さが取り払われてしまったかのようだ。とてもじゃないけど、すでに素顔を見慣れているであろうアキラ以外の人と会って話をするなんて……

 アキラとの部屋の壁に張り付くシーツもアキラとの距離を遠くしてしまったようで、耳をくっつけても全然音がしない。唯一の絶対的な味方でいてくれているアキラがどうしているのかわからないと、余計に不安が襲ってくる。

 そんな精神状態に陥って、今更ながら疑問がたくさん湧いてきて止まらない。


 いやいやいや、おかしいよね?

 絶対におかしいから。

 どうしてこんなことに?

 そもそも部屋の壁が無くなったのなら、コルネの部屋に泊めてもらった方が良かったんじゃ?

 いやでもそれは王族の方の特別なお部屋に自分なんかがおいそれと入れるわけないよね。

 というか、あっちは王族でこっちは貴族でもなんでもないから平民なんだし、もちろん対等じゃない。

 それならコルネが言うことには従わないとだよね?

 どうしよう……もしかしたら今って相当にヤバい状況なのかもしれない。

 どこかに避難した方が……いっそ隣に、アキラに助けを求めれば。

 いや、それはダメ。

 アキラを巻き込んでしまっても結局状況は変わらないばかりか、余計に被害を拡大させてしまう。

 被害ってどんな??


「シヅク、そちらに戻りますが、わたくしの光魔法はもういいですわね?」


 あ、コルネがメイク落としとか色々と済ませてしまったようだ。

 洗面室のドアが開きかけたので、慌てて両手で顔を隠す。

 こんなことをしても無駄なことはわかってはいるんだけれど、心の準備ができていないというか、今はどんな顔をしているのか自分でも恐ろしい。

 恐る恐る指の隙間からコルネのやってくる方をみる。


 洗面室からコルネが出てくると光魔法を消灯し、しっかりとした足取りでこっちにやって来る。その様子を指の隙間からみているとき、不安定な精神状態がピークに達しようとしていた。


 あっちは立場が上なんだし、何か命令されたら?そもそもこっちの常識と自分の知ってる常識が違ったらどうしよう。一緒のベッドで寝るって、それは本当はどういう意味?あと、こっちの世界でも女子同士とかはあり得るんでしょうか?いや、そもそも自分とコルネはそういう雰囲気になったことはないし、平民と王女様で立場が違いすぎるから、むしろ玩具にされるとかそういう?抵抗したら王国を敵に回すとか大事になったらヤバいよね?ナーミアさんの名前とかもそうだったけど、最初から自分の常識なんて一切通用しないのでは?コルネには普段から迷惑をかけっぱなしだから、こんなときこそ日ごろの鬱憤を晴らされてしまうかもしれない。どうしよう……コルネの顔を見るのが怖いなんて。


 指の隙間から近づいてくるコルネの顔を覗き見る。訝しむ様な顔つき。


 ……あー……ヤバい……失礼なこと、してるのかも……ごめんなさい……でも無理なんです……ごめんなさい……


「なんですの?そんなに部屋のすみの方にちぢこまって、ここは貴女のお部屋ですのに。それに、わたくしのことをそん風に見つめられても、何もいたしませんわよ?」

「え?なにも?あ、いえ、し、失礼しました。てっきり……(何か命令されるのかもと)……それと、メイクをしていないのに見つめてしまってそれもほんとに失礼いたしました……(女の子ってそういうのうるさかったような)……何だかあれですね。メイクしてないと緊張するといいますか、普段とは違う感じが……あ、でも、コルネには召喚された時に既に私のメイク無しの顔は見られているんですよね。あはは……」

「わたくしは普段からかなり目立つメイクをしておりますが、注目を浴びるのは幼少期から当然のものとして教育を受けてまいりましたわ。ですので、どのような姿であれ他の方に見られるのは特段恥ずかしいことではございませんわ。それに、普段との違いは見た目だけですし、シヅクはシヅクだとわたくしは思っておりますから、そんなに緊張なさることもございませんわよ。しかも、シヅクの素肌はこんなに綺麗なんですもの……メイクをしていなくとも、もっとご自身に自信をお持ちになってみてもよろしいかと、わたくしは思いますわよ」


 コルネが近寄ってきて両手を顔から引き剥がして、そっと頬に触れられた。普段はお互いにメイクとかしてるから、顔に触るなんてことはしない。だから、顔に触れられたのはアキラに続いて二人目だ。


「そ、それはほんとにとと、とんでもないです!いたっ」


 至近距離でそんな風に触れられるのに慣れているはずもなく、後ろに後ずさろうとしてすぐに背中を打つ。

 すでに部屋の隅にいたからすぐ後ろが壁だ。


「あら、どうしたのかしら、そんなに焦って。わたくしのこと、今さら怖くなったなんておっしゃいませんよね?さすがにわたくしもそういうことを言われたら傷つきますのよ?」


 コルネの手はまだ頬に触れたまま。というか、少しだけ引っ張るようにつままれた。


「え?あの、ほ、頬に手が、びっくりして」

「それはごめんなさいね。その頬に触れたのがいけなかったんですのね?」


 コルネはさっと頬から手を離し、ベッドへ向かっていく。その後ろ姿をポカンとしたまま見ていた。

 ナイトキャップって言うのかな?コルネの長くて量の多い髪はすっぽりとその大きめなナイトキャップにおさまっている。


 ベッドのすぐ脇まで行くとコルネはクルッと振り返り、まるで子供がするように、小さく小さく舌を出してみせた。


「ただ触りたいと感じて触れてみただけですわ。他意はございませんのよ?驚かせてしまったのでしたら、触れたことも忘れていただいてよろしくてよ」


 その普段とあまりにもギャップのある仕草がかわいらしくて、コルネの他の人には見せないような一面が垣間見えた気がしてしまった。

 自分が触られるのに慣れていないように、コルネももしかしたら触ることには慣れていないのかも?


「それに、考えてもみてご覧なさいな?お互いのメイクをしていない時の姿なんて、遅かれ早かれ授業後の着替えや来週の実地訓練で見ることになるはずでしたでしょう?それが少し早まっただけですわ」

「言われてみれば、そうかもしれません。ごめんなさい、突然の事だったのでちょっと気が動転して……二人っきりなのもちょっと緊張して……」

「さあ、早くこちらへ……早く眠って、明日は二人でアキラさんを説得いたしますわよ」

「え、あ、はい。そうですね。アキラを……そうですよね」


 王族なら自分のような何の地位も権威も持たない人へは、もう少し傲慢に振舞っても誰にも文句を言われることは無いはずなのに、二人きりでもコルネは普通に接してくれるんだ。

 コルネは色々なことに細やかな気遣いができるて、本当に素敵な方だと思う。やっぱり、女子としてはこの方を参考にさせてもらった方が間違いないかもしれないと改めて思った。

 一人緊張したりあらぬ心配をしていたけれど、どうやらすべて杞憂だったらしい。

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