2-3 荷物
アキラの女子校制服から着替えて、気になっていた荷物の中身をアキラと二人で開封したのだが、大半を衣服や身だしなみを整えるものが占めていた。けれど、一つ一つ荷物を開封するごとに、物珍しい柄や色合い、質感や手触りの衣服や小物をアキラと一緒に楽しみながら開封していった。中には普段お目にかからないようなものもあったので、それらは一つ一つ紹介したい。
まずは小さな杖、たぶん長さは 12 ~ 13 cm 程度。驚いたことにこの杖は陶器でできていて、全体にびっしりと非常に細かく絵付けされていた。
その杖を振ってみると、中に入っているものが
今日試験で使わせてもらったものは、ワンポイントの模様と杖の先に向かう一本の曲線だけが描かれたシンプルな杖だったが、
続いて小瓶だが、粉末や小石、液体や乾燥した植物がそれぞれ別々に入れられたものがいくつもある。これらをどのように使うのかはまだわからないが、授業とかで使っていくのだろうから大事に保管しておこう。
ローブの内側に小瓶をつるすように持ち歩ける固定用の小さなベルトが何個もついている。小瓶を持ち歩くときにぜひ活用したい。マッドサイエンティストみたいでなんかそそられる。
そして、俺の荷物にはなかったものが、アキラの荷物には入っていた。
短剣だ。専用の
後でわかったのだが、アキラに届いた男子生徒用のローブと制服には、短剣の
昨日からすれ違った男性たちは、帯剣した長剣とは別にそれぞれに特徴のある短剣を身につけていたのを少ししてから思い出した。
アキラには短剣のように、俺も王国の客であることを示せるようなものが一応あった。王国の紋章入りの髪飾りだ。当然アキラには髪飾りは届いていなかった。
俺の方には化粧道具や化粧品セットも届いていた。今朝アキラが俺にメイクを施してくれたものがそのまま来たような感じで、真新しさはない。
しかし、アキラの方には入ってなかったので、使い心地が良いものがあるのにと、そこそこ残念がっていた。しばらくは、昨日王国で着替えた際に持ってきた化粧セットがあるから、無くなる前に自力でそろえるしかないと意気込んでいた。
昨日と今日でこの国の男性を見る機会はあったが、ほとんどの男性は化粧をしていなかった。兵士の方々はもちろん、学園で見かけた先生や上級生らしき人たちもしていなかった。
例外的に王様や大臣などの国の大事を担う方々は、おそらく見栄えのするように少しだけ化粧をしていた。けれど、男性が自分でメイクをするという文化はなさそうに見えた。アキラは自分でメイクができるかなり特殊な男の人ということになる。
二人に届いた荷物をまとめるとざっとこんな感じだ。
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〔王国からの支給品リスト〕
・学園生の制服とローブ
・陶器でできた杖とそのホルダー
・小瓶がいくつか
・教材となる分厚い本、小さな手帳、そのほか筆記用具類一式(羽ペンとインクとか)
・ローブと制服を固定するためのロープ付きのバックルが1セット
・着替え
・身の回りの小物類やタオル、ハンカチなど
・(アキラだけ)紋章入りの短剣とその鞘
・(俺だけ)紋章入りの髪飾りと手鏡や櫛などの一通りの化粧道具と化粧品セット
・(俺だけ)沢山の小袋入りのよくわからないもの ※アキラは何か知ってる様子
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アキラと俺の荷物の違いやこの2日間の経験から、うすうす気づき始めていた。女は着飾ってなんぼの世界で、男は特に見た目に気を遣う必要はないようだ。
それに加えて、男の方が身分的にも色々と優遇されていそうだということが垣間見えてきた。国の高官、大臣たちは全員男性だった。
この世界での常識なのかはわからないが、少なくともこの国では女性はそれほど高い地位にいないのかもしれない。女子がイージーモードだって?まったくそんなわけなかった。
それは別にこの異世界に限ったことじゃなかったのだろう。元の世界でも男はそれほどメイクや服装に関して身を削らずともそこそこの恰好さえしていれば文句を言われるようなことはなかった。でも、女性はみんな、かわいい、キレイ、美しいを無条件に要求され続けていたのかもしれない。睡眠時間を削ってメイクやケアをしたり、ファッションであれこれと迷わされるのはたいていの場合は女性の方だった。
たとえ、それが好きでやっているアキラみたいな人でも、最初からやらなくてもいいなら好きになっていなかったかもしれないし、その器用さを別のことに割く余裕ができていたのかもしれない。アキラが初めから男で、その要領の良さを発揮していれば、スポーツとか特定の何かしらの分野を極めていたかもしれないし、俺のようにカードゲームとか、対戦ゲームなどにハマっていたら、大会などでそれなりの成績を残したかもしれない。
俺はこれから否応なく女子としての振る舞い方を学ばなければならない。男ではそれほど意識することもなかったが、誰かから容姿で何かしらの判断をされることについては常に意識して、失礼のないように、または良い印象でいられるように、服装や言動、しぐさなども含めて総合的な審美眼や作法、マナー、処世術などなどを身につけていかなければならない。
そういうことを一から習得するのに、どれほど時間がかかるのか、またはどれだけ自分のリソースを割かなければならないのか。
なおかつ、こちらでの生活は生活で続けていかなければならない。そう考えるだけで気分は勝手に落ち込んでくる。
さっきアキラに叱られた鍵のこともそうだ。普段から男よりも気を張った状態で生きていかなければならない。
俺みたいに
色々と考えながら寮の食堂で食事をとっていると、脳みそが限界に近づいてきたらしく強烈な眠気がやってきた。その日の疲れと前日の睡眠不足、慣れていない女としての気回しもあってか、部屋に戻る途中からうつらうつらとしていた。回らない頭のままアキラに隣でメイク落としの方法やコツ、注意点などを教えてもらった。正直あまり覚えていない。結局メイクを落としきるまで付き合ってもらい、「おやすみ」とアキラが自分の部屋に戻っていって一人になると、すぐに新しい寝巻に着替えてベッドにもぐりこんだ。するとあっという間に眠りについていたのだった。
――
翌日9月1日は土曜日で学園は3カ月の長い夏休み最後の土曜日。つまり、今日はまだ学園がお休みだ。先生方は連休中でも学園にいるらしく、転入手続きのための書類を完成させて、寮の学内郵便を使ってシルベスター先生に届けてもらった。その後、食堂で朝食を食べて自室に戻ってきた。
せっかく異世界に来て初めての休日なので、英気を養うために学園の教材、もとい魔法について書かれた本でも眺めつつ、部屋でゴロゴロと過ごそう。休みの日にまで外に出て気を張りつめたままなんて、どうやっても耐えられそうにないんだし、いろいろなことがありすぎて精神的にも疲れが抜けていないから、しっかり休むのも大事大事。そんなことを思っていたのもつかの間。
コツコツ……
隣から控えめに壁が叩かれる音がした。アキラの部屋からだ。何かあったのか?一応、部屋の鍵を開けて、コンコンと壁をたたき返した。少しして部屋の前からアキラの声がする。
「シヅク、今大丈夫?」
「入っていいよ、アキラ」
「おじゃまします。って、ちょっと、なんでまた寝ようとしてるの?さっき学内郵便出しに行ったとき、メイクはまだだったけど、外に行ける服は着ていたのに」
「いや、今日は休日なんだしいいじゃん。別にどこかに行く予定もないしさ。しかもこの寝巻の肌触りがふわふわもこもこであまりにもいいものだから、今日みたいな休日にはできる限りこれで過ごす気だぞ?」
「あんた。そんなんだと太るよ?女の子の代謝にまだ慣れてないんでしょうけど、食べて寝っ転がってぐうたらしてたら、すぐなんだからね?」
「そうなの?」
「そうなのよ。だからね?少し気晴らしに、外でも歩いてこない?もちろんその前にメイクの練習もね?」
「え~……」
「シヅク。たるんだお腹とか二重顎の自分が想像できる?」
「女子には休日もないのか……」
「体型はメイクではどうにもできないの。だから体型の維持は女子にとっては結構大事なことなんだからね。体型次第で着られる服も、メイクも変えていかないとだし、だいいちシヅク、もし今持ってる服着られなくなったら着る服なくなっちゃうじゃん」
「それはすごく困る」
「じゃあ、さっさと準備して出かけるよ?」
「は~い。まだメイクとか一人でできないから、わるいけど手を貸してくれ。いや、手を貸してください」
「そのために来たんだから任せな」
「おお、なんとも頼もしいイケメン様じゃ」
「ふふ、惚れるなよ?」
「ごめん。全然、野郎の顔に惚れられる自信はない」
「そっか。残念」
「俺を惚れさせたいとか?違うよね?」
「そうじゃない。けど、こんなにイケメンなのに、もったいないなって」
「まあ、初めから女子だったなら、こんな優しくて有能でかっこいいヤツのことなんて放っとかないんだろうね?知らんけど」
「そうでしょそうでしょ?って、知らんのかい」
「はは、ノリ突っ込みとかやるじゃん」
「もう……イケメンらしからぬことをさせないでよ」
「大丈夫。コミカルなイケメンの方が男子にはウケが良いからな」
「そ、そうなの?」
「いけ好かない完璧超人のイケメンなんて、たいていは孤立するものだよ。ユーモアはあった方が受けいれられやすいかな、実際」
「男の人でも、女子の中の性格に難のある美人と同じようなことはあるのね。てっきり男子ならみんなそれなりに仲がいいのかと思ってたけど、イメージと違うわ」
「男子が仲いいかというと、まあ、女子ほどはとげとげした関係になりにくいかもしれないかな。けど、だからといって仲がいいとかとも違って、普通に話したり授業とかで一緒になったらそれなりに話したりするけど、特に仲が良くないなら積極的に自分からつるんだりはしないかな。もっとドライな関係っていえばわかる?」
「さっぱり。うまくイメージできないわ。男って意外と表裏があるものなのね……」
「今のアキラは、イケメン男子ってより、オネェに近いよな」
「あらやだ、いけないわ。じゃなくって、私はイケメン男子、私はイケメン男子。ほらシヅクも私のこともっとイケメンって言って」
「それって自己暗示かなんかなん?」
「だって実際この見た目なら、そうみられることの方が多いでしょ?なら、そういう見られ方に慣れておかないとなって」
「まあ、視線はすごい集めてるよね。今朝も郵便出しに行くだけで若干黄色い歓声浴びてたし……俺はなぜか
「シヅクも完璧にメイクしてれば大丈夫だって、それは私が保証する。昨日はそんな風に睨まれてなかったでしょ?」
「やっぱそれなのか……もしかして、アキラといる時は常に完璧にメイクしてなきゃダメな感じ?メイク技術が全くともなってないから、無理ゲー感がすごいんですけど」
「メイクは体で覚えるものだから、シヅクもそのうち慣れるって」
「ははは……簡単にいうけどさ。結構頭パンクしそうなんだよね。この下地とか、コンシーラーとか、ファンデとかはまだそれほど神経使わないんだけど、それ以外はまだ専門用語多すぎてどれが何なんだかよくわかってない」
「今はまだ反復あるのみかな?そのうち脊髄反射でできるようになるから、焦らずじっくり身につけていこうね?」
「なんか筋トレのコーチがついたみたいな感覚。メイクって意外と脳筋でやる感じなんだな」
「だって毎日するものだし、考えてやるっていうより、やり方を体に染みつかせるのに近いかな。そういう意味では筋トレっぽいのかも?脳筋ってのはよくわからないけど、そんな感じ?」
「ん~?たぶんそう。いや、ごめん手先に集中しすぎててかなり適当なこと言ってるかも」
「あはは、シヅクがちょっと女の子っぽい。女の子って普段からそういうものだから、私は気にしないよ。どうしても、ね?」
「そういうものなんだ?」
「シヅクもそのうちわかると思う」
「ふむふむ?ごめん、なんの話?」
「その時が来たら私は力になるから、頼っていいからね?お赤飯とかはさすがに用意できそうもないけど、何かで祝ってあげる」
「ん?うん?なんで赤飯?祝ってくれんなら、ありがとう?赤飯なら甘納豆の奴がいいかな」
――
土日はみっちりアキラからメイクの講習を受けつつ、メイクができたらアキラと迷わない程度の範囲で散策をした。これから通う校舎の下見というか、ちょっと廊下を歩いたりしてみるだけでもいいから足を運んでみようということになった。
その巨大な校舎は寮から既に見えているものの、見える割には巨大すぎてなかなか近づけない印象。実際校舎内に入るまでに、寮から20〜30分くらいは歩く。
遠目からも重厚なバロック様式とロココ様式の良いとこ取りのような外観の校舎はいかにも魔法学園らしい。
どうもこの王立魔法学園の校舎は、以前は王国の主城として使われていたらしい。新しいお城を建てることになってからこの旧城を魔法学園の施設として改装して使い始めたのだそうだ。
そんなロマン溢れる背景を持つ校舎にこれから通えるなんて、願っても叶わない夢のような話だ。
元が古いせいなのか、廊下は少し暗いかったが、行き交う生徒や先生方は光や炎の魔法で照らしながら歩くので、それほど不便ではないようだ。俺とアキラは杖を持っていなかったので、ほんの少しだけ歩いてすぐに出てきてしまった。すれ違う人達にはなるべく愛想良く挨拶をしたつもりだが、ちょっと浮いていたのは否めない。
校舎以外にも学園の敷地はものすごく広くて、エレメンタリー、ミドル、ハイ(日本で言う小学校、中学校、高校)の各スクールグレード毎に様々な施設があった。たぶん2日かけても学園全体の 10 分の1も回れていないと思う。
そうして土日のほとんどの時間をアキラと一緒に過ごすことになった。肉体的には2日とも沢山歩いて筋肉痛にはなったが、他愛のないことを話しながらだとあっという間に過ぎていった。思えば、誰かと一緒に休日に遊びに出かけたのって小学生以来かもしれない。元の世界では中学に上がる前からの流行病の影響でほとんどそういう機会もなかったのだ。
女子耐性がない俺には時たまアキラの言動に
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