1-6 王の御前
コルネイディアが俺たちがいつまでも部屋から出てこないから戻ってきた。話し込んでいたせいで待たせてしまって申し訳ない。
そういえば、異世界召喚ならこの人はキャストの方でも俳優さんでもなく、本物の王女様、いやお姫様と言った方がいいのかもしれない。ずいぶん海外寄りの目鼻くっきりな人の割に、日本語がしっかりしてるなぁすげーと思ってたけど、異世界の言語が勝手にネイティブに聞こえて話せる異世界あるあるスキルが働いてるのかもしれない。
「
「ああ、姫。申し訳ない。召喚された際に色々と問題が。そのことでシヅクと認識合わせをしていたところなんだ」
お?なんかアキラがアキラじゃないみたい。なんかのスイッチが入ったか?イケメンオーラを急に出されても、さっきまで廊下で手を震わせてたのは忘れてないぞ。
しかし、変わってしまったのを戻す方法がわからないんだから、これからのことを思えばそれが正解なのか?俺は俺で、女とはこんな感じだろうというのをやってみる。
「コルネイディア姫様、大変失礼いたしました。さあ、参りましょう、アキラ」
「そうだね。行こうか、シヅク」
意外と自分ではいけてる方だと思う。そもそも、地味目だけど女っぽい見た目だし、背もちっちゃくて声も高い。今の俺はどうやっても普通に女に見えているはず。
「まあ。召喚に際した問題が……それはわたくしたちも気をかけるべきことですわ。御子様方にご不便を
「感謝するよ、コルネイディア姫」「ありがとうございます、コルネイディア姫様」
俺とアキラはできる限り
それから、コルネイディア姫へついて行き、アキラとは別室に通された。別れ際、あっちは少し不安そうな表情が
着付けにかかる時間が異常に長い。もうかれこれ2時間は経過しているだろう。なにせ身につけるものがやたらと多い。足だけで1,2,3,4,5個も身につけるものがある。足から上も重ね着のオンパレードだ。いったい何個のパーツを組み合わせればここまで複雑になるのだろうか。しかもギチギチに巻かれたコルセットは腹と肺を圧迫して息がしにくい。つか、何を着せられているんだ俺は?このひらひらはなんなんだ?
メイクもされているが、なかなか決まらず何度かやり直しをしている。メイクのために表情を固定しているので若干顔が引きつりそうだ。正直メイクなんてもっと手早くササッと終わるものだと思っていた。これほど沢山のメイク道具を
全身がやっとそれなりに完成してきて、俺の短めな髪はウィッグとかいう付け毛と髪飾りを付けてもらった。明らかに地毛と色合いが異なるので、少々浮いている。が、それでも今着させられたドレスには、長髪の方が似合うということなのだろう。そのドレスは小粒な宝石がシャララと曲線で付いていたりしてずっしりと重いし、髪飾りとウィッグも割と重量があり、首とか肩とかいろいろなところが疲れそう……
でも……鏡の前の自分の姿はクラスでもカーストが下の方にいそうな地味女子から、カースト上位に食い込めそうなほどの変わり様で、なかなか壮観だった。女子って、数時間でこんなに変わるんだ。すげー……!
正直、ものすごく疲れたが、それだけの準備がこうして目の前でビフォーアフターで変わっていくと、謎の感動が込み上げてきた。俺、ほんとうに女子になったんだなぁ。
――
「シヅク、とても素敵だよ。ドレスもすごく似合っている」
アキラは開口一番に褒めてくれた。すごくイケメンっぽい。というか、こんなに変わったのにちゃんと俺だと分かるんだな。髪の色も違うのにどこで見分けているんだろう?アキラって意外とすごいのでは?
「そうか、メイクはそういう仕上げにしたんだね。私ならもっともっとシヅクの良さを引き出せると思うんだけどな。今度ドレスを着る機会があれば、その時は最初から私にメイクを任せて欲しいよ」
そしてメイクの品評とそのスキルの売り込みをし始めた。今よりもっとうまく仕上げる自信があるらしい。
「アキラにやってもらえるなら、お願いしたいかも。いろいろとその方が安心できそう」
普通なら男にメイクなんてやらせられないと断られるだろう。けど、今のアキラを見ればそんな考えも捨て去るかもしれない。聞けば今のコーデやメイクはすべてアキラ自身でやったらしい。持ち前のメイクスキルやファッションセンスで、自身を完璧な美少年に仕立てている。雑誌とかでモデルをしていそうだと思う。おそらくは、この城にこれほどメイク技術に長けた男はそういないだろう。
安心というのは技術もそうだが、あんな風に大人数に取り囲まれてひん剥かれてあちこちから手が伸びてくるのは、さすがに居心地が良いものではなかった。アキラなら中身は女子なんだし、お任せしても問題ないように思えた。
「おやすい御用だよ、シヅク。今少しだけ手直しができそうだから、ちょっとこっちにきてくれ」
「あ、ちょっとアキラ?」
すぐ近くの大きな柱が立ち並んでいるその影、ちょうど柱間に手を引かれて連れてこられた。そこでアキラはポケットから小さなメイクセットを取り出して、顔を近づけてきた。
よく考えたら、この近さは何となくヤバイのでは?メイクのこととなるとあんまりそういうの気にしないのか?
俺が少し緊張しはじめる中、アキラは素早く俺の顔に手を加えていった。顎を指先で固定され、至近距離で見つめられている。
おいおい、なんだこれ。さすがに心臓がうるさくなってきたんですけど。
「あ、ほら動こうとしない……うん、これでよし。さっきのも良かったけど、よりこっちの方が君とそのドレスには似合っていると思うよ」
ふう……やっと解放された。
「そんな決め顔でウィンクされても……俺は中身がアキラだって知ってるからな?」
「今そんなことはいいんだよ。大事なのは君がもっと可愛くなったってことだけさ」
「可愛く……別に求めてないんだけど……さっきのでも十分、いや、何でもない」
「女の子になったなら、そういうことも楽しめた方がいい、と私は思うよ。私にはもう、そういう楽しみ方はできなくなってしまったのだし、ちょっとくらいこのメイク技術をシヅクに試させてほしいかな。女の子が一度はあこがれるフルセットのドレスまで着てるんだしさ」
「アキラがそう言うなら、まあ」
「次は髪とかもいろいろアレンジしたいから、髪を伸ばしてきちんとお手入れしておくように」
「髪伸ばすのってなにか手入れが必要なの?」
「ふふふ、やってみればわかるさ。意外ときれいに伸ばすのには神経を使うからね。少し上級者向けかな。さあ、戻ろうか、シヅク姫」
「姫とかやめてくれ!まだ女子扱いになれてないから、急にゾワッとするようなこと言うなよ……って、この手はなんだ?」
「お手をどうぞ、シヅク」
アキラが手を差し出してきたのは、今度は怖くて握ってほしいわけではなさそうだ。できるイケメンとしてエスコートでもしてくれようとしているのかもしれない。
ヒールとか初めて履くから、足ツリそう……
「では、お言葉に甘えて」
俺はヒールで足元がふらつくので、淑女風を装って手を握ることにした。まあ、即行でグラグラしてるから、単なるやせ我慢なことはすぐにアキラにはバレただろうけど。アキラの手を握っている間は足元の不安が少しだけ軽くなった。エスコートしてくれるやつの方が女子にはモテるものだと聞いたことがあるけど、なるほどこういうことなのか。
――
兵士の方々が俺とアキラの横を固めてから移動し始めた。どうやらこの格好のままどこかへ連行されるらしい。先ほどまで案内役をしてくれていたコルネイディア姫はここにはいない。ひとまず黙って従うしかなさそうだ。
兵士に連れられてやってきたのは、高い天井と
あれがコルネイディア姫様の両親か。たしかにどちらの顔にも似ている部分がある。鼻と口はお父さん似、目元や瞳はお母さんに似たらしい。こう並んでいると血のつながりの比較がしやすい。コルネイディアのお姉さんはお父さんに似て、弟さんはお母さんに結構似ているようだ。
並びから判断して王家の人たちの顔比べをしながら、王様と国の高官、大臣たちの話を聞かされた。どんな内容か所どころ
――
〔異世界の現状の概要〕
魔法の発達によって文明を維持してきたこの世界で 8 年ほど前から各地で異変が起きはじめたことが確認された。
大地が謎の黒い影によって侵食され始め、黒い影からは魔獣が現れるようになった。
魔獣たちは草花を根こそぎ食らい尽くし、生物までも襲い黒い影へと変えてしまう。
日に日に魔獣は数を増やして襲ってくる。
集落も町も黒い影に飲まれれば作物が育つ前に枯れてしまい、そこで暮らし続けることもできず逃げるしかない。
数年の歳月の末に火を絶やさなければ黒い影は進行しないことまではなんとか突き止めたが、それ以外に食い止める術がない。
徐々に大地が
最後の頼みに伝承の御子の力を信じ、召喚の儀を行った。
――
とまあ、そんなところだった。ようは、世界が危機に
「わかりました。私にできることならなんでも協力します」
俺はこの世界で生き残るにはそれがいいと判断の上、協力を申し出ておくことにした。こういう場合は
「僕たちに本当にこの世界を救える力があるのかわからない。帰る方法があるならすぐに元来た世界に帰してほしい。それが無理なら時間をもらってどうすべきか考えさせてほしい」
言葉通りの渋い面持ちで、かなり慎重な姿勢だ。アキラには異世界系のセオリーはわからないようだししょうがない。俺が説得して一緒に協力する方向で進めたい。この世界の権力者に
しかし、協力するとは言ったものの、実際のところ俺にも何をすればこの世界が救われるのかわからない。どうやら分かりやすくあそこにいる魔王を倒してきて欲しいと言った話ではないようだ。敵は素性のしれない大地を侵食する黒い影。王様も
「ふむ。黒い影からの防衛にもあまり
王立魔法学園!そこで魔法を学べるのか。それなら少しこの世界のことも楽しめそうだ。
「アキラ。そもそも今は帰る手段もないことだし、いったんこの世界で魔法とかいろいろなことを知ってみるのも悪くないんじゃない?」
「そっか。魔法が使えるのね……」
お?アキラは魔法に興味あり?
「か……帰る手段がないなら、仕方がありませんね」
アキラはそう言い直したけど、その瞳の輝きが増したことを俺は見逃さなかった。
「では、明日からしばらくは学園でコルネイディアと共に勉学に励むと良い。コルネイディアよ。二人の御子のこと、頼んだぞ」
「はい、お父様。わたくしも、御子様方のこの世界を救う一助になれればと存じます」
コルネイディア姫は学園生でもあるのか。それにしても、俺たちが世界を救うことが確定しているみたいな言い方は、ちょっと
王家の人たちとの
今夜は王城の一室を借りて眠り、明日から魔法学園への編入手続きをすることになるそうだ。アキラの方は大丈夫だろうか?俺と同じように、いろいろと不便もあったのではないだろうか。
たとえばドレスの着付けや着替えには、当然のことながらその場に女性しかおらず、自分自身も女という扱いなので、何かと目のやり場に困った。これから女として過ごすのだから、変に意識をしてしまうのはよくない。多少のボディタッチなど、動じないよう心を静めるのに苦心、いや、不思議とそれほど
魔法があたり前なこの世界の常識にも困ったことがあった。というのも、お手洗いの時、魔法で水を出して流さないといけないなんて知らず、待機している方にどうやって流すのかを聞いてみたら、代わりに流してくれて恥ずかし
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