1-5 水鏡の間にて


 両開きの大きな扉をローブの人達が片方二人がかりで開いた。その間をコルネイディアと名乗った自称第二王女様と俺とイケメンが通る。扉の外で待機していたらしいチェストアーマーを着込み帯剣たいけんした兵士たちが6人。コルネイディアと俺たちの周りを素早く固めた。フォーメーションや歩調ほちょう、息もピッタリで相当練習をしたはずだ。歩く度に金属の擦れる音が少しだけする。


 本物の金属で作っているわけじゃないよな?どっかにスピーカーでも仕込んでいるのか?ってるな〜。


 窓の外の景色も独特な感じ。赤くて大きな恒星が見えるが、裸眼らがん直視ちょくしできるほど光が弱い。全体的に薄暗いが、夜が近いのか?それでも遠くの方に先程さきほどコルネイディアが言っていたような黒い影っぽいのがザーッと一面に広がっているのがなんとなくわかる。


 ほえー、舞台装置というか、この窓っぽいのはきっとモニターなんだろうけど、映像とかも作るのに結構お金かかってそう。1枚絵じゃなくて、風景とか木も揺れているし、遠くの人とかにも動きがある。訓練場っぽいところで魔法とか剣の練習をしてる人たちがいる。魔法は見える範囲だと、ファイアボール、ロックブラスト、サンダーアローとかそんなところだろうか。とにかくすげー!としか言いようがない。そんじょそこらのアトラクションなんて比じゃないくらい豪華な舞台で芝居してるのかな?なにこれ?もしかしてこれ、大富豪に集められて今からデスゲームでもやらされちゃう感じ?ファンタジー設定のデスゲームとか聞いたことないけど、凄そう。もちろん死ぬのはごめんだからどうにかして辞退するのは前提なんだけど。


 デスゲームじゃないことを祈ろう。少しだけ寒気さむけを感じて身震みぶるいした。


「どうしたの?怖くなってきたなら、手つないでもいいよ?はい」


 俺の身震みぶるいを見逃さなかったイケメンがこっちにてのひら寄越よこしてきた。


 あん?誰が野郎と手なんて繋ぐかよ、子供じゃあるまいし。


「君……一瞬だけでいいから、ちょっとだけ、私の手を握ってくれない?」


 え……?


 見ると、差し出された手が少し震えているように見える。


 もしかしてこのイケメン……怖がってるのか?ほう……たしかに眉も下がり気味で不安そうに見えなくもない。なるほど、場慣れしてるイケメンも怖がったりするんだな。さっきは布巻いてくれて助けてもらったわけだし、手を握るくらい減るものじゃない。ここは俺の勇気をおすそ分けして、先程さきほどの恩を少しでも返しておくのは悪くないな。なんといってもイケメンより優位に立っておけるのは気分的に良いものだし。


「なんですかー?もしかしてイケメンさん、ちょっと怖いとか思ってますー?しょーがないなーもう……少しだけですよ?」


 もったいぶって茶化してみつつ、イケメンの手を軽く握ってあげた。こうでも言わないと、正直野郎と手を繋ぐなんて普通の精神ではできそうもない。自分が望んだのではなくて、こいつがやって欲しいって言うからちょっと今だけ特別にっていう自己精神への言い訳だった。


「ありがと……」


 イケメンは俺が少しあお気味ぎみだったにも関わらず、特に気分をがいした風もなく、ただ小声で一言ひとこと言っただけだった。案の定、その手は震えていたし、こっちが触れた瞬間にギュッと掴まれて……離す気がなさそう。


 はは、なんだ。イケメンおそるるに足らず!俺の方がこの状況を楽しめる余裕があるということだな。



 ――


 サイズのあっていない靴で廊下を歩かされ、コルネイディアと共にかなり広い一室に入った。部屋の中央に大きなプールのようなものがあり、静かな水面が天井を映している。


御子様方みこさまがた、こちらの水鏡みずかがみをご覧ください。この水鏡には、この世界の現状を映す魔法がかけられておりますので、その目でご覧いただければ、言葉よりご理解が進むものと存じます。ズィリュクの森の北西を映しなさい」


 さては先ほどの窓のように映像でも見せられるのだろう。衣装や言葉などの演技だけではなくて、こんなに大きな舞台演出が用意されているとなると、相当手が込んでいる。映像も力作かもしれない。もう二度と見られないかもしれないからよく見ておこう。

 水面を見つめていると、じゅわっと色が変わり何かが映りこんだ。手前は木々が茂る森のようにも見えなくはない。しかし、奥の方は黒一色が敷き詰められた地形が地平線まで続いている。ところどころ黒い地形から紫の煙のようなものがあがっているようにも見える。


「この場所は半年前までは手前の木々の列が、見えている範囲の地平線の近くまで広がっておりました。しかし、今やあの黒い影が迫ってきています。あの影が手前の木々を飲み込めば、さらに黒い影の領域が広がるでしょう。けれどわたくしたちには影の浸食を止めることができないのでございます。次はメディナジャンの湖畔を映しなさい」


 またじゅわっと水面の色がなくなって、再びじゅわっと色付いた。湖畔を映すと言ったが、水辺らしきものはなく、干上がった窪み一面に黒が敷き詰められているだけだった。そのさまをみて、隣のイケメンが口を開いた。


「あの黒い影というものに飲み込まれれば、水がなくなるんですか?」

「ええ。水も草木も動物でさえ、あの黒い影に飲み込まれれば等しく跡形もなく消されてしまいます。黒い影に飲み込まれた町や村々が数えきれないほどにございます。このメディナジャンの湖畔にもいくつか人の住んでいた町や村があったのですが、ご覧の通り全てを飲み込まれてしまいました。今やこの王都も数カ月後には……そうですわ、今飲み込まれそうな生き物がいれば映しなさい」


 じゅわっと切り替わった水面に、小動物が映し出された。耳が長く後ろ脚が発達しているから、きっとうさぎだ。その兎が黒い影の臭いを嗅ごうとしてか、不用意に近づいて行った。


「あっこら、いけない!」


 イケメンの警告も空しく、兎が鼻先が黒い影に触れそうになると、見ている間に黒い影が全身にっておおいつくしてしまった。飲み込まれた兎がいた場所から紫の煙がのぼり始めた。さっきの紫の煙も、もしかすると何かの動物が飲み込まれた後だったのか……


「ウサギさんが……ひどい……」


 隣ではイケメンが悲痛ひつう面持おももちで兎の死をいたんでいた。


 いや、ウサギさんって……意外と小動物が好きなのか、このイケメン?まあ、気持ちはわからなくもない。さすがに見ていて気分が良くなるたぐいのものではなかった。


「あのように、ウサギに限らず、わたくしたち人間も同じく飲み込まれるところをたくさん見て参りましたわ。とてもむごいものでございます。今もどこかで……いえ、やめておきましょう。では最後に、国土の地図を映しなさい。大臣のデスク前にあるものが良いでしょう。今の状況をよく示してくれるはずです」


 次に水面がじゅわっと切り替わり、紙の上に描かれた地図を上から映していた。たぶん現在地に丸印がつけられていて、手書きの文字で Capital Castle主城 とある。黒く塗りつぶされたところはあの黒い影が覆っている場所、ということなのだろう。地図の上下左右の端はすべて黒塗りとなっていて、真ん中の方もほとんどの場所が黒。防衛ラインなのだろうか、城がある地域から川を挟んだ対岸にいくつもの赤い線が書き加えられている。赤い線の横には Flame Fence炎の防護柵Fuels燃料 、それから 〇〇 days という日数が書き記されている。


「残りの日数って、ざっと見ただけで 150 くらいか」

「君、すごいね。この一瞬であれを計算できたの?ちなみにどうして 150 ? 18 が6つでええと、 90 、2?それから 21 が2つで足して 42 で、 150 には足りなくない?」


 隣のイケメンは暗算があまり得意ではないらしい。 18 ×6= 108 だ。このくらいの計算はカードゲーマーなら暗算で何とでもなる。デッキ構築やダメージ計算に暗算は必須だ。電卓でカタカタやるなんて相手に自分の手の内を明かしているのと同じだからな。


「 18 が6つで、 108 ですから、それに 42 を足して 150 です」

「そっか。それで 150 になるんだ。暗算早いんだ」

「わたくしが説明するまでもなく、お二方とも文字と地図の読み取りができるようですわね。それに、日数をすぐに計算されたことを考えると、算術まですでに扱えるようですわね。すごいですわ」


 俺はこんなことで褒められたことや、隣のイケメンよりもちょっとだけいい恰好かっこうができたことで若干あがっていた。地図の解釈かいしゃくで、もう少しいい気分になれそうなので、少し身を乗り出して地図の川を指し示して見解を述べる。


「ちなみに、この川がこの城付近の水源ですか?湖畔が干上がったということは、この川が使えなくなれば、ここが落ちたも同然、つまりこの川が最終防衛ラインということですね?」

「さすがは御子様。詳しくお話しする前にそこまでわかっていらっしゃるなんて。伝承の通りと期待してもよさそうですわね」


 見立ても間違っておらず得意とくいになっていた。このアトラクション楽し~、テンション上がる~!


「では、状況も理解していただけたようですので、そろそろその恰好かっこうを何とかいたしましょうか。御子様方、参りましょう。お二方のお召し物を見繕みつくろわせおりますので、別室でお着替えをお願いいたします」


 コルネイディアが合図をすると、水面がじゅわっと色をなくし、再び天井を映した。ちょうど水面に近づいていたので、どんな仕組みなのかのぞき込んで確かめてみようと思った。


「君、ちょっと乗り出しすぎ。何か気になる物でもあったの?」

「この水の下ってどうなってるのかなって思って……って、誰だ、この人?え?しゃべ……なに……これ??」


 水面に映ったのは布で体全体を覆った地味な感じの女の子の姿。見知らぬ人……しかも、俺が動くと、その見知らぬ人も動く。というか、俺が……いない。いや……俺が、この人になってる?何が起きてるんだ?さっきからブカブカな制服だと思っていたけど、まさか体が縮んだ?うそだ。どうして?これってまさか……


 隣に来たイケメンもしゃがみこんで水面を凝視ぎょうししている。


「誰?このすっごいイケメン……って、うそ……口が一緒に動く?これ、私?しかも制服ちっさ、苦しかったのはこれのせい?」


 いや、自分でイケメンって言う?ナルシスト?けど、このイケメンも自分のこと初めて見るみたいなこと言ってる。もしかして俺と同じで、この人も、というか、あの女子制服ってやっぱり……


「ア……アキ、ラ?」

「へ?なんで私の名前……って君、もしかしてシヅク!?」

「そう、だけど……嘘だろ、こんなことありえない」

「私今、夢でも見てる?白昼夢とかそういうこと!?」

「いや、いひゃいから……夢じゃないっぽい」

「夢じゃないって……じゃあなに?異世界転生ってこと?ゲームかなんかの世界に迷い込んじゃって破滅フラグを回避するーとか?結局もとの世界に戻れないってやつじゃないよね?ね?」

「アキラってそういうの、ちょっとはわかるんだ?でもこれ、異世界転生じゃなくて異世界転移とかさっきの話だと異世界召喚だね。しかも召喚中にいろいろ変わってるみたい。かなり変則的なやつなのかも」

「異世界召喚?なにそれ?その場合って、もとの世界に戻れるの?」

「どうだろう?召喚後に元の世界に戻る方法を探してるとかは見たことあるけど、実際に元来た世界に戻ったのとかはあんまり……召喚の仕組みの解析とかREリバース・エンジニアリングして使いこなせないと戻る方法はないんじゃないかな?それかアメコミとかだと、世界移動系のスキルか世界線逸脱できるくらいものすごいアビリティを持ってたりしないと難しいと思う」

「……ごめんシヅク。さすがに何言ってるかわかんないよ。そこまで詳しくはないってば」

「たぶん今すぐ帰るのは無理で、諦めてこっちの世界を何とかした方が望みはあると思う」

「は?帰るのあきらめるってこと?お母さんとお父さんにはもう会えないの!?学校は?というか、顔とか体とかいろいろ変わりすぎなんだけど……どうしたらいいの、これ?男じゃん、私」

「俺だって女になってるし、馴れていくしかない、のかも?」


 俺はちょっと何とかなるんじゃないかと思っていた。イージーモード。アキラにはその考え方はよくないと言われたし、実際それを言われればどれだけ頑張っていようが、その頑張りを否定してしまう言葉なのは理解した。だからもう誰かの前で言ったりはしないが、男だった俺としては、男よりも女子の方が人生うまく行きそうな気がしていた。

 少なくとも、男のように何事もスペック勝負で結果が白黒はっきりと分かってしまう世界より、何かと緩そう。女子なら周りの男たちから優しく接してもらえるとか、俺がなんとなく感じていた女子であることの優位性までは否定できないのでは?と少しだけ思っていた。


「あー……言っておくけど、あんたが思ってるほど、女の子はイージーモードじゃないからね?」

「いや、思ってない思ってない」

「はい、うーそ。ちょっと嬉しそうなの、表情かおに出てるよ」

「あ、うそ、やべ」


 俺の心情は難無なんなくアキラに看破かんぱされた。心理戦で読みを言い当てられることはカードゲーマーとしてあるまじきだ。こいつの鋭さにはもっと用心しないと。


「やっぱり思ってんじゃん……あんた、そんなことだと、これから地獄を見るよ?でも思ったけど、むしろ私の方がイージーモードなんじゃない?こんなにイケメンになったらもしかして最強かも」

「あー……ごめん。イケメンの気持ちは俺にはわからない。けど、たぶん男の意見として言わせてもらうと、顔だけ良くても何にもならん気はする」

「うそー!??だってイケメンだよ!?イケメンなのにダメってこと、ある??」

「うん。たぶん山ほどあるぞ……別にイケメンって最強じゃないからな。残念なイケメンも世の中にはいっぱいいる」

「残念なイケメン……たしかにその単語は聞いたことある……けど、逆に言えば、残念じゃないイケメンを地で行けばいいってことよね?私頑張ってみる。なんか希望が湧いてきたわ」

「何事も、前向きなのは、いいと思うよ」

「でしょ。残念じゃないイケメンは前向きなのよねー」


 アキラの中のイケメンイメージは最強で前向きらしい。それが残念じゃない条件なのかはよくわかない。もしかすると、イケメンについて何かしらの思い入れがあるのかもしれない。女子の憧れってやつなのか?でもとりあえず、このイケメンの中身はあのアキラだってことがわかって良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る