1-4 召喚の儀


「ここは、どこ?」

「ねえ君!下下したした!」


 うお!?なんだこの人!?てか近っ!?イケメンが女子制服、スカート姿だと!?


 そのインパクトに俺は思わず一歩あとじさりした。さっきまでアキラがむなぐらをつかんでたけど、それとぐらいの近さで謎のイケメンが立っていた。イケメンは必死でしたを指さして俺に何かをうったえかけてくる。イケメンの鼻は少し赤みを帯びていて、目元には水滴がついていて、少しだけにじんでいた。


「え?した?……何?」


 イケメンのいてるスカートのこと?何が言いたいの?


「ちょっと、ほんとにわからないの?君のズボン、落ちてるってば!」

「は?」


 そういえばやけにあしがスースーと……


 自分の足元を見ると、そこには見覚えのあるがらが目に映る。頭からサーっと血の気が引いていった。


 ズボンだけならまだしも……


「うわあああ!!?ってひぃいいいい!!?なんで落ちるんだっ!??」


 ズボンよりもっとやばいのも落ちてるんですけど!?


 焦って落ちてるズボンとやばいものを腰まで上げてみるも、すぐに落下してしまい追加で悲鳴を上げることになってしまった。周囲には 20 人を超える人が俺とイケメンを取り囲んでいた。俺は衆目しゅうもく醜態しゅうたいさらしていることになる。

 幸い(?)上着がめちゃくちゃデカくなってて、ギリっギリのギリできわどいところだけど、周りの人たちには太ももより上は見えてない。と、いいな(希望的観測)。しかし、何もいてないのはさすがにやばすぎて、逃げ場を探して視線を部屋の中に走らせるも、完全包囲。絶望とともにその場で上着を下に引っ張って抑えつけながら座り込むしかなかった。


「君、気づくの遅いって……グッ、なにこれ、上着キッツ、これじゃ脱げないじゃない。誰か遠巻きに見てないで隠すもの持ってきて!今すぐ!」

「う、うわ、うわっやばいやばいやばい!!何これガチめに意味わからん。最悪だ。初手のターン回ってくる前に詰んでるのやばい。これじゃ露出狂ろしゅつきょうじゃん。隣のイケメンも謎な恰好かっこうだし、何なのここ!?ガチでどこなの!?何なの!!?」


 パニック状態で上着を押されていない方の腕だけをバタバタと動かしてしまう。俺がパニックで何もできないでいると、イケメンが布をもらってきてくれた。


「君。ほら、隠せる布をもらったから、ちょっと失礼するからね?混乱してるのはわかるけど、こっちもまだ状況わかってないし、いったん体隠してからにしなね?」


 そして腰に手早く巻き付けるイケメン。


 うわ、腰を謎のイケメンにつかまれてる。ガチで意味がわからない。


 すでに俺の頭は疑問でくされすぎていて機能しない。頭からも布をかぶせられ、顔だけ出すように上半身すっぽりと布をわえてくれて、完全に全身がおおわれ、俺の露出狂ろしゅつきょう状態は一応回避かいひされた。


「え?え!?あの、え?あ、ありがと、ございます。イケメンさんもここがどこかって知らない感じですか?」

「うん。というかイケメンさんって誰のこと?」


 すっとぼけてるよこの人……だめかもしれない。もう全然何が何だかワカラナイ。もうお家に帰して……


「ああ、ちょいなさけない顔しないの。私がついててあげるから、泣かない泣かない。ほら、よーしよし」


 イケメンに頭をでられる謎すぎるイベントが発生している。


 正直本気で帰りたい。何が悲しくて野郎やろうに頭でられなきゃならんのだ。そういえばこのイケメン、布巻くのも手早かったし、手慣れてる?やっぱりイケメンだから、なんでも場慣ばなれしてるってことか?むしろ、なんでもそつなくやって見せるからイケメンなのか?


 先ほどからすぐ近くにいるイケメンに対する疑問も尽きない。だがそれよりも、だ。誰かこの状況を説明してほしい。


「で?私らをこんなところに連れ込んで、あんたらは何が目的なの?こんな人数でとり囲んで、只事ただごとには見えないけど?」


 そうそう、それそれ!


 イケメンはかっこいい表情であたりににらみを利かせている。


 ちょっとは頼りになりそう。イケメンの場慣ばなれすげぇ。けど……女物の制服スカートコスチュームはちょっと、いや、だいぶキツい。体に合ってなくて辛そうだし……なんていうか、ショボいB級映画みたいって感想しか出てこない。君はこんな所にいていい人材じゃない。もっとちゃんとしたヒーローものに出れば人気が出そうなのに、実にもったいない。やるならレッドじゃなくて、ブルーのポジションがいいと思う。


「おっほん。ではまず、失礼ながら、あなたにも体を隠していただけますでしょうか。その、いろいろと刺激的な恰好かっこうをしていらっしゃいますから……」


 この部屋の中で一番豪華な服装の少女が口を開き、周りの人に合図をした。豪華というかドレス。

 その少女の言う通り、このイケメンの恰好かっこうはかなりめてると思う。ギリギリというよりもアウトラインの外側にいそう。よく見ると、アキラの着てた制服に近い色合いだけど、正直あまり細部まで覚えていないから何とも言えない。でも、ギリギリイケメンだからまだ見れないこともない不思議。

 少女の合図で、先ほどのでかい布をもう一枚、イケメンに手渡された。もしかしてさっきの布って、一人一枚づつの感じで渡されたのに、イケメンが俺に上下で二枚使ったから、イケメンの布がなくなった?


「この布は何?隠すって、制服じゃダメな理由でもあるんですか?」


 もしかしてだけど……この人も俺みたいに、自分の格好かっこうのやばさにじつは気づいていらっしゃらない?そんなことある??


「あの、イケメンさん。俺も手伝うので、一応この布いときましょう?」

「え?いいってば、私は変な恰好かっこうしてるわけじゃないし」

「あの、ちょっと耳をかしていただけますか……?」


 本気で気づいていなさそう……体格差があって踏ん張って背伸びしつつ、俺はそっとイケメンに耳打みみうちした。


「あなたのような男性が着るには、なんといいますか、その制服は少しサイズが小さくて……だから、お尻とか前のものとかも、はみ、いえ、ええと、見えそうになっちゃったりしてるので、せめて下だけでも隠しておいた方が……」


 聞いた瞬間、イケメンの顔は凍りついた。それから素早く布を腰に巻き付けて、耳まで真っ赤にしながら首を縦にぶんぶんと振った。


 ドレス姿の少女が俺とイケメンをみて、再び小さく咳払せきばらいをした。どうやらここからが本題らしい。


「こほん。では、まずはわたくしからご挨拶をいたしましょう。わたくしはコルネイディア。正式な場ではコルネイディア・ウェレス・ジョセフィーヌ・オーギュスト。このオーギュスターブ王国の第二王女ですわ」


 王国とか第二王女とか聞こえた気がしたけど、そういう設定かなにか?豪華すぎるターコイズブルーの色の濃いドレスは気合が入っていて、ちょっとすごいと思ってしまった。周りには 20 人以上ものローブで顔の見えない人たちがいて、誘拐犯ゆうかいはんにしては大人数だし、実に手の込んだ演出である。服がデカくなったのはどういう仕掛しかけなのかわからないけど、もしかしたらそうとう面倒めんどうくさい巻き込み芝居しばいか何かに付き合わされたりしてしまっているのだろうか?これから何かしらを信じ込まされて入信料にゅうしんりょう徴収ちょうしゅうされたりしないだろうか?


「ご安心ください。わたくしたちにあなた方をがいするつもりはございません。むしろ、わたくしたちは救いを求めてあなた方の召喚の儀を執り行わせていただいたのでございます」

「と、言いますと?」


 俺は思わず口をはさんだ。”召喚”とかいうカードゲーマー心をくすぐるワードにつられて、ちょっと続きが気になってしまったのだ。


「今、この世界はどこから来たとも知れない黒い影によっておかされつつあります。わたくしたちはどうにかして、その黒い影の浸食しんしょくを食い止めたいのでございます。ですが、あらゆる手を尽くしましたが、浸食を完全に止める方法は見つからず、炎によって一時的な浸食の鈍化することだけは突き止めることができました。けれど、炎を保つには燃料が必要であり、国内のすべての燃料を燃やし尽くしてしまうと、もうわたくしたちに手は残されておりません。そこでいにしえの伝承を頼りに、救世きゅうせい御子みこの召喚を試み、無事にあなた方が召喚に応じてくださったというわけでございます。どうかわたくしたちを、この国、いえ、この世界をお救いください。救世きゅうせい御子様方みこさまがた


 救世きゅうせい御子みこ……世界を救えってこと?


「世界を救えなんて突然言われても、私にはそんなことはできません。結局、私は何をすれば元の場所に返してもらえるんですか?長話がしたいだけなら、他を当たってほしいというのが私としての意見ですけれど?この変装も正直苦しいので、早く元に戻してほしいですし……」


 そうですよね。イケメンの言うことはもっともで、正直この芝居しばいの終着点が全然見えてこない。長くかかるなら、さすがに付き合いきれない。バイト終わりからどれくらいっているのかわからないけど、体感的には晩ご飯が恋しい。アキラに誘われた時にドナまるで何か食べておけばよかった。


「どうやら御子様方は言葉だけでは信じて頂けていないようでございますね……見ていただければあるいは、ご納得いただけるかもしれません。御子様方、わたくしと共に来ていただけませんか?」


 いてこい、ということなら、正直今の俺たちに拒否権などはなさそうに見える。芝居だとしてもそうしないと場面が進まないだろう。俺は巻き付けてもらった布を引きずるようにしていていくことにした。イケメンも同じような結論に至ったのかもしれない。こちらにうなずいて隣を歩いてくれるようだ。少なくともこの人だけは味方なのかもしれない。

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