1-3 前の世界【後編】


「あのですね……実は私……レイじゃなくて、本当はアキラなんです」


「へ?」


「へ、じゃなくて!冬月さんって私のこと、ずっと"レイさん"って呼んでくれますけど、私の名前はアキラなので。先輩も店長も"レイ"で定着しちゃったんですけど、せめて同期の冬月さんくらいにはちゃんと名前で呼んでもらえないかなって、自分でもちょっとしたコンプレックスといいますか。ほら、名前間違えて覚えられちゃうと、気持ち的にモヤッとするのわかりますか?」

「あ、あき、ら?」

「そうなんです。神々來 玲(みわらい あきら)。漢字はたしかに別の読み方でレイとも読めるんですけど、でもアキラが私の名前なんです」


 玲(あきら)の字、たしかにレイだとばかり……最初の自己紹介なんて店長に適当にこちらは同期のレイちゃんね、と簡易的に紹介されただけだったから、店長が名前を間違うはずもないと思っていた。だけど、本人に直接確認したわけでもなく、レイさんと呼び始めてしまったのは失礼だったかもしれない。後々に持ち越さぬよう、ここでしっかりと相手の意思を確認しておかねばなるまい。


「は、はい。わかりました。アキラさんって呼んでほしいってことで、大丈夫ですか?それともミワライさん?」

「できれば同期だし、たしか同学年タメでしょ?アキラって気軽に呼んでくれた方が嬉しいかな。学校では同学年タメならそれが普通だし、敬語とかもいらないくらいなんですけど」

「呼び捨て!?それこそ彼氏さんが黙っていないのでは!?」

「は?誰なの、その彼氏って」

「いや、その、あれ?レ、あ、アキラさんって、んっうん!アキラってモテそうだし、彼氏の1人や2人いてもおかしくないというか」

「いや、いないよ?」

「えーと、本当に……?」

「はあ、だからいないってば、彼氏とか。そもそも私、小中高一貫の女子校だから、彼氏なんていたことないから」

「あ、そういえば、その制服ってあの有名な女子校のってこと?」

「そ、ていうか前にも私の制服姿みたことあるでしょ。同期で入ったその日には見てるはずなんですけど?」

「ごめん、俺そういうのうとくて。制服でどこの学校なのかとかあんまりよく分からない」

「はあ……そう、わかった。シヅクが興味なしってことがよく分かった」

「そっちも呼び捨てなんだ。しかも下の名前」

「シヅクが私のこと呼び捨てにするのに、そっちは苗字さん付けがいいってわけ?」

「あ、いや、ちが。ただ、ビックリしただけ、色々と衝撃だった。呼び捨てとか、彼氏いないのとか」

「まだそれ言う?何?私に彼氏がいないのがそんなに変?もしかして私ってそんなにモテそうに見えるってこと?それ、本当は私のこと口説いてる?」

「いや、そうじゃないけど、正直すごくモテそう。普通に可愛いのに、や、ちが、口説いてないよ?口説いてないから!ただ純粋に意外だったのと、そう思ったってだけでさ」


 やばい。どんどん墓穴をほってる気がする。でも、そっか。彼氏いないんだ?いやいや、望みなんてないのはわかってるけど、謎に嬉しくて口があらぬ方向にすべる。やばいな。


「ふふ、シヅクは全然モテなさそう」


 あ、ほら。やっぱりな。そうなんだよ。モテないって言われるなんて、やっぱり俺には全然魅力がないってことなんだ。浮かれてる場合なんかじゃないつの。


「いや、ひどっ!まあ、見栄張っても意味ないし、事実ですけど」

「ははは、ごめんてシヅク!まあ、そんなに落ち込まなくても大丈夫大丈夫ドンマイ!」

「はあ……なにそれ、なんかいきなりツボりすぎだし。さすがに傷つくんですけど……」

「あはっ落ち込むシヅク、ちょっと可愛いぞ!うりうり」

いてひじでつつくのはおやめください。男は可愛いとか言われてもぜんぜん嬉しくないんで」


 もう完全に理解した。普通なら可愛いとか男に言わんだろ。だってクラスの女子が男子に可愛いとか言ってるの聞いたことないもんな。アキラは俺のことなんて絶対にありえないってことなんだと理解したよ。


「まあ、そっか。でもそれも可愛いよね。じゃあ、送迎ありがとう。明日からもバイト仲間としてよろしくね、シヅク」


 ほら、二回も言われた。よし、最初から勘違いしないって決めておいて正解だ。精神的にも防波堤が何とか機能したらしいし、明日からも俺は大丈夫。単なるバイト仲間だ。それなりに仲良く続けられればそれでいい。


「ああ、はい、どういたしまして。こちらこそよろしく、アキラ」


 こうしてレイさん、ではなくて、アキラという名前だということがわかり、駅に着いたのでお互いに手を振って別れたのだった。


 それにしても、告白だと勘違いしそうになってたのがバレてたらガチでやばかった。夜でよかったー。つか、タメ語で話すとなんか印象がぜんぜん違う人だった。何かわからないけど、今のレイさんはレイさんって感じじゃなくて、アキラって感じだった。普段はあれくらいテンション高い人なのか?だとしたら、バ先で見せてるあのクール系の雰囲気は演技!?末恐ろしいて……あんなコロコロ演じ分けられたら手のひらでゴロッゴロに転がされ死ぬって。女子耐性最弱の俺には絶対に手に余るタイプだ。ああ、とりあえず今日は死なずに済んだし、帰ろ。



 ――


 翌日もシフトが入っていた。たしかレイさ……ちがうちがう。アキラも今日、同じシフトだったはずだ。


「おはよう、アキラ」

「あ、冬月さん。おはようございます」

「え……」

「ぷふっ!ジョークだってば!あははっシヅク、今ガチめにビビってたし、おっかしー、あははは」

「お、おおお前!人をあまりからかうんじゃありません!」

「きゃーこわーい、シヅクがキレたー」

「棒読みじゃん。せめてもう少し怖がってくれ」

「いや、実際大丈夫でしょ、シヅクなら、ねえ?」

「くそ、否定はできぬ」

「まあ、シヅクだしね」

「トドメを刺しに来るんじゃあないよ。お兄さんブロークンハートだよ」

「よちよち、ごめんごめん、シヅクちゃま辛かったでちゅね〜?」

「せめてもう少し年齢上げていただけませんか?そして仕事しますよ」

「あはは、じゃあ、今日も帰りは駅までよろしくね?」

「え?今日も?」

「なに?なんか用事でもあるの?シヅクのくせに〜?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「実際、大事な用事があるならシヅクの用事を優先していいよ。別に一人で帰れないってわけじゃないからさ。ただ暗いとこ避けて通るから遠回りにはなっちゃうけど」

「いや、うーん、そんな大それたことじゃないんだけど、今日はショップに顔だそうかと思ってたから……」

「何のショップ?服でも見に行くの?私でよければ選んであげよっか?」

「あ、いや、やっぱ大丈夫です。駅まで送っていきます」

「えー?そう?なら、お願いね?」


 女子って本当に調子いいよなー。つか、なんで俺が送って行くことになってるんだろう?彼氏でもないのに。

 これ、もしかしてシフトがかぶる度に毎回続くやつ?いや、実際アキラと話すのは別にいいんだけど、でも俺の用事とかはどうにもできないじゃん?送っていったらショップ遠くなるし引き返したら営業時間的に閉まっちまう。はあ、なんか不公平くさくない?

 そういえば、アキラって店長とか先輩の前だとずっとニコニコしてる。俺の前ではなんかぞんざいになるというか。あれ?おかしくない?店長とか先輩には気に入られるように笑顔で接してて、同期の俺はどうでもいいってこと?うわー、なんかそれってちょっと、ヤな感じ……どうしよう。なんかモヤモヤする。



 ――


「おし、今日もちょっと早いが、二人とも上がっていいぞ。新人くん、今日も悪いがレイちゃん送るのを任せたよ」

「……うっす」

「お疲れ様です。お先に失礼します」

「ああ、二人ともお疲れ様。またよろしくね、レイちゃん」

「お疲れ様っす」

「新人くんもまたよろしく」

「うっす」



 ――


 着替えを済ませてアキラを待っていたら少しして出てきた。店を出て歩き始めると、向こうから話しかけてきた。


「ねえ、シヅク。なんか具合でも悪い?辛いなら送るのいいから、帰って大丈夫だよ?」

「いや……別に大丈夫」

「じゃあさ、ちょっとだけそこのドナまる寄ってかない?少し座って甘いもの食べたら元気でるかもだし、バイト終わりってほら、お腹すいてるでしょ?」


 ドナまるかドーナツって気分じゃないしなー……


「いや、いい……」

「どうしたの、シヅク?私、シヅクになんか良くないことでもしちゃった?」

「いや、早く駅行こ……べつに大丈夫だって」

「いや、待って、なんかおかしいってば!昨日の帰りとか今日のシフトの初めは普通っぽかったじゃん!バイト中に私なんかしちゃった!?」

「なんでもないし」

「は?本当に何でもなかったらそんなにテンション低いわけないじゃん!なにか悪いことしたなら謝るから、教えてよ」

「じゃあさ、アキラっていつも先輩や店長にチヤホヤされて笑ってる印象だけど、俺にはそんなこともないよな」


 俺はなんとなく感じていた不公平感、不満に思っていたことをつい口走った。それに対して、アキラはものすごく面食らっている様子だった。


「え?なに……それ?」

「みんな女子ってだけで優しくて色々と教えてくれるんだから、女子なんて全員人生イージーモードじゃん?正直、羨ましいし、俺も女子に生まれたかったなーなんて、はは……」


 アキラは俺のその言葉を聞くと俯いてしまった。そして冗談を言う時の声じゃなくて、押し殺すような低めの声を絞り出した。


「……あんた……それ本気で言ってないよね?もし本気で言ってるんだとしたら、私はもうあんたと口きかないようにするけどいい?」

「いや、でも、実際俺には何も教えてくれないし、みんな俺には雑だし、アキラだって俺のことぞんざいに扱うじゃん」

「私はシヅクのことぞんざいになんて扱ってるつもりは無かったけど、シヅクにそう思わせたなら、私は謝る。ごめん……だけど!」


 するとアキラが俺の胸ぐらをギュッと掴みにきて、少し息苦しくなった。


「あんたその考えは今すぐ捨てな!世の中の女子全員敵に回すよ?もし軽い気持ちで言ったんだとしても、二度と口にしないで、お願い!」


 その震え混じりの声とその眼差しは真剣そのもので、夜の車のヘッドライトが反射して光る水が目尻に溢れていた。溢れた水はアキラの頬をつたって俺の胸ぐらをつかむその手に落ちた。

 その瞬間、俺は自分が言ったことはやばいことなんだと気が付いた。女子に生まれたらイージーモードとか、SNSや動画アプリでも似たようなワードはよく見かけていたし、実際に俺もそうなんじゃないかとどこかでそのワードに同調していた。けれど、俺は女子に生まれてないから、わかるはずない。なのに知った風なことを軽口で言ってしまったのだった。俺自身が軽いワードだと思っていたからに他ならないけど、目の前の女子をこれほど傷つける言葉だとは思っていなかった。浅慮だった。自分がよく目にするからといって、正しいわけじゃない。そういう思い違いをしていたんだ。そもそも、そのワードはどんな立場にある人でも納得できるものじゃなかったのだ。言うべきではなかった言葉。誰かを軽視する酷い考え方からくるワードなのだと今更ながらに気がついたのだった。


「ごめん、なさい。俺、間違ってた……」

「そうだよ!そうだよシヅク!良かった。あんたはまだ」


 アキラが何か言っている途中で、足元から唐突に光があふれ出した。


「なんだ!?眩しっ」

「シヅクっ、なにこれ?どうなってるの!?きゃっ!?」


 俺は何が起きたのか分からず咄嗟とっさに胸ぐらを掴んでいるアキラを強く抱きしめ眩しさに目を閉じた。アキラはアキラで、俺の胸ぐらをギュッと掴んだまま離さなかった。



 ――


 体を前後左右に不規則に揺さぶられながら、さらに 360 °変則的に回転まで加えられているかのような酷い方向感覚の錯乱。それに伴う脳みそをシェイクされるような具合の悪さ、頭痛が同時多発的に襲ってくる。吐き気を催しているのに、吐くことすらままならない。揺れと回転がいつまで続くのか、体はどこに向かっているのか。不安定感と不安と揺さぶられるキツさと頭の痛みに蝕まれたのはどのくらいだったのか。

 気がつくとそれらの強烈な状態異常のような症状はきれいさっぱり消え失せて、、と感じた。

 先程まで夕日が落ちた直後の街でアキラと2人歩いていたはずなのに、目を開けると広めの部屋にロウソクの光がいくつも灯されている。当然ながら全く見覚えのない場所だった。

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