1-2 前の世界【前編】
放課後の
「おはようございます。お疲れ様です先輩、いま休憩っすか?」
「うぃー、おはよう新人くん。店長から延長頼まれたからさー。俺もまだいるけど、本当は 16 時半にあがる予定だったんだよ?早く仕事覚えて、俺を延長戦から解放してくれい」
「あはは、大変っすね。うっす、がんばります。ところで今日からの新作、売れてんすか?」
「いやー、そうでもなかったような。でもここからじゃね?売れんのは」
「まあそうっすよね。夕方から学生がきて混むかもしれないっすね」
「おう、ガキにウケそうながっつり系だしな」
「あはは、俺もそのガキのうちの1人っす。今日食べて帰るつもりなんで」
「あー、お前そういうの好きそう」
「けっこう好きっす。じゃあ時間なんで、先に
「うぃー、今日レイちゃんも来るから、後半は店長とレイちゃんの3人でよろしくっ」
「うっす」
着替えを手早く済ませて店に出る。先輩の言う"レイちゃん"というのは、俺と同期で入った新人の女子だ。俺はレイさんと呼んでいるけど、バ先で既に名前が知られているレイさんと比べると、俺はまだ新人呼び。正直、レイさんが可愛い女子だからって店長もさっきの先輩も、レイさんにだけ優先的に仕事を教えている気がしている。対して俺のことはほぼ放置で、できることがあるか
ほんと、こんなんでいいのかと思うほど適当なバ先に当たってしまったらしい。別の店で働いてる同クラの友達は、新人教育をしっかりやる店舗に当たったらしかった。たまに業務の知らないことをその友達から聞かされる。
正直に言うと、早々にこのバ先を
「あ、レイさん、おはようございます」
か「そうらしいっす。 20 時まで、よろしく願いします」
「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね。これ、店長が見ておいてって、今日からの新作のマニュアルです。どうぞ」
「あざます!いやーやっぱうまそー」
「そういえば前に次の新作に期待って言ってたわね。まだ食べてないんですか?」
「いや、だって今日からっすよね?って、もう食べたんすか!?」
「ええ、この間のシフトで店長が試食をみんなに配ってて……そういえばあの日だけでしたね、試食」
「うげ、ずりー。いや、羨ましいなー、はは。でも、今日の帰り買って帰るんで問題ないっす」
「ふふ、期待の味だといいですね」
その同期のレイさんとはそれほど険悪でもなく、店内の客も少くて暇な時には世間話くらいはしている感じだ。
バイトをしはじめてから、俺は自分でも驚くほど社交的になった。女子との接点なんてほぼ無かったが、レイさんは同期ということもあってシフトが重なることもそれなりにあって、自然と話すようになった。
だが未だにクラスの女子たちとはこうはいかない。共通の話題が全くないから話をするきっかけすらない。学校では専らカード仲間とつるんでることが多く、カースト的にも下の下。あまり目立たず、かといって孤立もせずなぬるい感じだ。少なくとも学校内では社交的なやつとは見なされていないから、用事がなければ仲間内以外とはほとんど話すことがない。
ここを辞めない理由の一つとして、唯一の異性との接点というか、自分自身の社交性アップのためでもある。しかし、レイさんのことを狙っているとか、そういうのではない。たぶんレイさんのように、俺みたいなのとも普通に話せる社交性の高い女子は
いつも通りに勤務時間が過ぎていき営業時間も終わりに近づいてきた頃、店長から客が引いたから新人二人は早めに上がっていいと言われた。俺は新作を早く食べたくて、早上がりに二つ返事で同意して、自分の分の注文を済ませて控え室で着替えをしていた。着替え終わって新作を受け取りニッコリ。今日はずっとこれを頼まれる度にマスクの下でヨダレをこぼさないように必死でいたのだ。席について食べていると、後ろから声がかかった。
「冬月さん、新作のお味はいかがでしたか?って、ものすごくいいお顔。大変わかりやすいですね」
「んまいです!」
「ふふ、はいはい。おいしくて良かったですね」
店内の客もほとんどいないので、店長は店じまいの準備を開始していた。新作をほおばっていると、近くを通りかかった店長から声がかけられた。
「あ、そうだ新人くん。それ食べたらでいいから、レイちゃんを駅まで送って行ってくれない?最近不審者が出たって店舗回覧が回ってきていてね。物騒だからお願いできればと思うんだけど」
「店長、俺っすか?別にいいっすけど」
「うん、お願いね。それと、食べたらこれで拭いといて」
「うっす。って業務終わってるんすけど?」
「まあまあ、かたいこと言わない。人助けだと思ってさ、ね?じゃあ、よろしくね」
「うっす」
いつの間にか俺の向かいの席にレイさんが座っていた。
「じゃあ、駅までお願いしますね、冬月さん」
「はあ……てか、俺なんかでいいんすか?彼氏さんとかに
「え?彼氏?なんでですか?」
「いや、なんと言いますか……あくまで仮定なんすけど、俺が彼氏だったら他の男が彼女の隣とか歩いてたら嫌かな〜って、あれ、これ重いやつっすか?やべっ、違うんすよ?もし俺に彼女がいたらって仮定の話なんで、そこは適当に流してくださいね?」
「へぇ〜……君ってヤキモチ妬いちゃうタイプなんだ、ちょっと意外」
「いや、なんというか、まあ、そうだけど、違いますよ?大丈夫かどうか確認したかっただけなんで」
「ふふっ、いいんじゃない?そういうの」
「は、はい?そういうのって?」
「とにかく送ってはくれるんですよね?」
「え?ああ、大丈夫ってことか、なら、はい、駅まで」
「ふふ、じゃあ私ここで待ってますから、気にせず食べてくださいね?」
ヤバいヤバいヤバい。会話の方向性が全然噛み合ってない気がする。というか、今の会話って合ってる?いやいやいや、合ってるか合ってないとかいぜんに、今の俺ものすごくかっこ悪いのでは?まずいまずいまずい。つか、送っていくのはOKっぽいけど、今の会話でなんでそんなにニコニコこっち見てんのかがわからない。訳が分からなすぎて美味いはずの新作の味も分からなくなりつつある。ヤッバ。ガチでヤッバ。この後、俺ちゃんと送って行けるかな。この店に関連したこと以外だと女子との会話デッキがしょぼくすぎて話とかどう合わせればいいかわからんのだけど。
――
店を出て、レイさんと駅の方面へ歩き始める。ここから 10 分ほど道なりにいけば駅だ。距離は大したことない。しかし、この 10 分間が俺の分岐点だと思う。ここを難なく突破できなければ、彼女とかそういう関係以前に日常会話すらダメってことだ。これは言わば試験である。赤点を避けねばならないのである。
「今年は暑かったすね」
「ねえ、冬月さん」
あ、れ?俺今、あれ?
「ちょっと聞いてくれますか?ずっと……言おうと思ってたんですけど……」
はい?なになになになになにそのセリフ!???
「あのですね……実は私……」
おいおいおいおいちょっと待て!これは確定演出なのでは!?だって、『実は私……』の後にどんな言葉が来るかといったら、そりゃあもうねえ!?だって、さっき俺の向かいで俺のこと見てた時の顔だってさ。見た?あの嬉しそうな笑顔!もうそれはガチじゃん!ねえ!?
――前の世界【後編】へ続く――
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