ダブルTS召喚~女子と二人で異世界召喚に遭ったら召喚事故でお互いにTSしてしまって元女子のイケメンと普通の女子になった俺で世界を救えというのか!?~

蝦夷鳴兎

黒い影

女子と異世界召喚で女子に

1-1 異世界の学園へ向かう朝


「アキラっていつも先輩や店長にチヤホヤされて笑ってる印象だけど、俺にはそんなこともないよな。みんな女子ってだけで優しくて色々と教えてくれるんだから、女子なんて全員人生イージーモードじゃん?正直、羨ましいし、俺も女子に生まれたかったな」



 ――


 なんであんなこと言ったんだろう。あの時は女の子のこと何にも分かってなかった。ガチで俺にとって女子というのは謎すぎる生き物で、人によってコロコロと言うことを変えるし、話してる内容もさっぱり意味不明だし、学校の教室では女子の間で同年代の男子は全員幼稚だって話してるのも聞こえた。どうせ俺のこともそんな風に見下されてるんだと思ってた。

 けれど、異世界召喚されてその反動か何かで性別が変わってしまった今となっては、俺の考えが間違ってたことを痛感している。アイツみたいな女子は1日にして成らずだった。俺がアイツの真似をできるようになるまでには、それこそ千里ほど遠い道のりを一歩一歩着実な努力が必要で、今から俺はその一歩の重みを踏みしめつつ歩まねばならない。


「だから君、そこを厚くしたら右目とのバランスが取れないよ。ほら、これで1回落としてやり直して」

「ふぇぇ」

「そんなファンタジー女子っぽい鳴き声はやめなさい。言っておくとそれ、普通の子たちの前でやると友達いなくなるからね?さて、早く仕上げをしてしまわないとHRホームルームに遅れてしまう。シルベスター先生も遅刻する生徒にはさすがに鬼になるかもしれないな。あの優しげな顔が冷酷な表情に変わってしまうとこなんて、私は見たくないな」


 今俺は鏡の前に座っている。後ろには、すでにバッチリ男子の制服とローブを着こなしたイケメンがいる。ただでさえ顔の造形的に何もしなくても十分なイケメンなのに、このイケメンときたらメイクもバチバチに決まっていて制服も規制の範囲で着崩している。明らかにファッション上級者のオーラだ。

 そんなイケメンに朝から付きっきりでメイク方法を教わりながら、自分の顔に細っこい筆みたいなので色をつけている。正直塗っても細すぎて何が違うのか分からない。目元の調整?をしているらしいが、俺にとってはたいして見分けがつかず、何故こんなにも時間をかけて、わかりにくい工程を何個も何個も重ねるのか……

 一応、完成版は昨日もその前も見ているので、その威力も重々承知している。だが、元々メイクなんて全くしたことがなかった身としては、心情的にこのコストは納得のいくものではなかった。自分の手でしようとすると何時間もかかってしまいそう。けれど、このイケメンの手腕にかかれば、ものの 10 分、 15 分ほどでその完成版になる。どこをどうしているのか覚えきれる自信は今の所ない。そもそも手先が震えてしまって安定しない。どう考えても今の俺にはあんな高等技術を再現するのなんて無理、不可能。


「そんなこと言ったってアキラ大先生、これめちゃくちゃ難しいですよ。筆の先っぽがプルプルって、その状態でバランスとか考えながらなんてガチで無理なんですけど……」

「君。そんなんでよくあんな大層な物言いができたものだね?私……あれを言われた時はさすがにガチめにピキったんだからね?ああ、思い出しただけで腹立たしい……」

「あの、はい。すみません。俺が間違っておりました。あと、アキラ様。大変申し訳ありませんが、時間もかなりヤバめなので、今日もお願い出来ませんでしょうか」


 そう、冒頭のあの発言は俺から出たもので、しかもこの目の前の元女子なイケメンに対して言ったのだった。このアキラというイケメンには俺の軽口は相当堪えたらしく、その怒りを事あるごとに俺にぶつけてくる。いや、ぶつける相手も間違ってないし、別段暴力を振るうわけでもない。


「何を、お願いしたいって?もう少し心込めて言ってくれなきゃ腹の虫がおさまらないんだけど?」

「俺、わた、私の暴言によりアキラ様の、いえ、全女子に心苦しい思いをさせてしまったこと、心よりお詫び申し上げます!つきましては、どうか本日もこの私めの未熟なメイクに手直しをお願いできませんでしょうか。何とぞ!何とぞー!」

「しょうがない。一応昨日よりは少し進歩が見えるし、その必死さに免じて今日のところは私が仕上げてあげようか。はい、それ貸して、こっち向く」

「あ、はい、お願いいたします」

「この私の魔法的なメイク技術を持ってすれば、君は今からきっかり9分 45 秒で美しい娘へと変わる。だけど、いいね?この魔法は夜の9時にはとけてしまう。まあ正確には時を追うごとに徐々には崩れてしまうのだけど、必ず夜には部屋に戻っていること。約束を守れる自信はあるかね、シヅクくん?」


 メイクしてくれるとなったら意外とノリノリなんだよな、このイケメン。アキラという男(元の世界では女子)に顎を持ち上げられ、頷くという意思表示が出来ない今、俺は言葉でアキラの問いに応える必要がある。


「はい。守ると誓います」

「よろしい。では、重々承知とは思うけど、夜の9時になる前に部屋に戻ってきて、必ずこのメイクを落としてから寝るんだよ?この間のメイクを落とし忘れて寝ようとしたミス、あれは君の肌にざっくり言えば 10 年の歳を負わせるのと同じことだからね?幸い私が気づいて完全に眠ってしまう前に洗顔を済ませられたから良かったものの。仮に今、 10 歳の歳を一夜の誤ちでとることになったら、もしもの話だが、シミやシワが顔に刻みこまれてしまったとしたら、君はどうするつもりだい?」

「シミやシワを隠すようにメイクをできるようにがんばります」

「いやいやそうじゃないよ君……そんなに甘くはないんだ、メイクというものは。仮にシミやごくごく小さなシワがここみたいな目立つところについてしまえば、それを隠すメイク方法は一応はある。だけど、隠すことができたとして、そのメイク方法以外の選択肢は選べなくなる。何故ならシミやシワをごまかすのは自由度が低いものだからだ。そうなれば、君のその顔を1番よく見せるメイク方法やメイクのしかたを場面によって変えたりという、イメージチェンジによる印象効果を上手く扱えなくなる可能性もある。そんなことでこの先を一生、1番じゃないメイクしか出来ないなんてことになったとしたら、正直君にも耐えられなくなる時が来るはずだ」


 メイクをしてくれながら真剣に話すアキラはとても生き生きとしている。学園や外では、たぶん外行きの顔をしているのか、何となく表情にも固さのようなものがあるように思う。真剣な眼差しで俺の顔に筆を走らせているアキラの顔。至近距離でこの整った顔を凝視してしまうと……どうにも気恥しいので、アキラの後ろにある鏡へと意識的に目線を向ける。俺の精神衛生上の都合も鑑みて、近すぎるこの距離のことはできる限り考えないようにしておこう。試しにアキラが言ったことをイメージしてみる。


「一生……一番じゃない顔……うわぁ、それはキツそう……」

「それが他人事ではないということを肝に銘じて、今できるこの顔に敬意を持って今日に臨みたまえ!」

「あ、ありがとうございます、アキラ様!」


 懇切丁寧に、まったく心得のない俺にもわかるようにメイクのことを教えてくれる。なぜか俺が困っていると、アキラはこうして何だかんだ言いつつ助け舟や手を差し伸べてくれる。こいつがそんな調子で俺のことを気にかけてくれている理由はよくわからないけれど、あんなことを言ったことは本気で後悔と反省をしている。

 メイクが完成すると、本当にコイツが自分の技術を自賛するように、かわいらしい少女が鏡の中にいた。本当にノーメイクのあの地味めな普通の顔が、ここまでになるなんて信じ難いことだけれど、こう数日、目の前で変わるさまを見せられるとさすがに信じるしかない。メイクって偉大だ。するとしないのとでは心の持ちようというか、心理的な余裕とかゆとりを持てる気がする。この顔なら自信を持って外を歩ける。


「ほら、いつまでも鏡にうつる自分に見とれてないで、少し急ぐよ」

「あ、ちょっとまって、杖がまだ机の上で」

「そうかと思って、君が目元に悪戦苦闘している間に入れておいたよ」

「嘘、ありがとう!」

「いいってことさ。君には私も色々と世話になっているからね」


 アキラと部屋の外に出て歩き始める。俺たちが通っている学び屋は少し歩いた先に見えている。学園の敷地内の寮なのだから近くて当然である。周りには同じように寮から通う生徒たちがたくさんいた。


「大したことなんて、できてる気がしないんですけど……」

「少なくとも、こうして僕のことも私のことも受け入れてくれて、隣にいてくれているだけでも、実際だいぶ助かっているとも」


 アキラは外に出ると『僕』になる。演じているというか、少しずつ体に慣れようとしているのかもしれない。俺も外では『俺』じゃなくて、『私』と言うように気をつけている。たまに俺と言ってしまってはアキラににらまれたり、たしなめられることもある。

 俺とアキラは異世界に召喚された時、どうしてか、お互い別の性別に転換されてしまった。だからお互いに知らないことを秘密裏に相談したり、口裏を合わせてフォローをしたりし合っている。この生活が始まって、まだたった数日だ。当然まだまだ慣れないこともわからないこともたくさんある。当分はこの関係を良好に保たなければならない。


「え?それってさみしいってこと?だからいつも手を繋いでたり?」

「いや、それは君の不注意がこわいからだよ。この前もスカートとローブを破きそうになっていたじゃないか。しかも度々、首元やヒザの位置も気にせずかがんだりとか、とにかく君には女子としての意識が低すぎて、見ていられないんだよ」

「あ、はい、ごめんなさい。だから、その顔でにらまないで、イケメンだとすごく怖いんだってば」


 確かに学園初日に俺が道脇に生えていた植物にローブとスカートが引っ掛かったのにも気づかず、思いっきり引っ張ろうとして、アキラがサッと外してくれたことや、俺が落としたものをひろおうとかがもうとしたら、サッとひろってくれることも何度かあった。思えばその後からか、手を繋いで歩き始めたのって……これって実は、保護者が誘導してくれてるとかそういうアレだったのか。異性と手を繋いでる、とか1人でちょっと意識してしまいそうになってたのが……穴があったら入りたい。


「……あながち外れてもいないけれどね」

「え?何か言いました?」


 アキラが前を向いたまま何か小声で言った気がするけど、聞きとれなかった。するとアキラがこっちを見て笑った。いや、その眩しすぎるイケメンスマイルを朝から見せつけられると、直視できないというか、心臓に悪い。


「男としては可愛い君を誰かに連れ去られないようにエスコートするのが当然、だろう?」

「いや、そんなこと、(男だった時には)思ったことなかったんですけど……それより、どストレートに可愛いとか言われるとすごく恥ずかしいし、普通の男子はあんまりそういうこと言わないので、できればこういう往来おうらいのど真ん中で言うのはやめてほしいかな。なんかすごい注目集めてて余計にいたたまれないし……」


 アキラの中の男の常識は、この通り少し、いや、大幅に一般的な男子からはかけ離れている。なんというか、本人はこれが男だと思ってやっているのだそうだが、女子の想像するイケメンなキャラがいたらこんな感じという具合な、とにかくファンタジーな男性像をお持ちでいらっしゃる。そのせいなのかはわからないが、俺たちを遠巻きに眺めている同じ学園の生徒たちは男女問わずちらほらいるが、誰も俺たちに話しかけてこようとはしてこない。たぶん俺も俺で結構変人扱いされていそう……


「ちがうちがう。そこは『まあ、アキラったらご冗談を』だ」

「いや、俺、じゃなくて、私ってどんなキャラ設定!?」


 俺、と言ってしまって、一瞬でアキラのスマイルに"圧"が追加されて焦る。イケメンの圧、怖ぇ。


「キャラ?設定?僕にはよくわからないけど、可愛い子には可愛い子なりの処世術というものが必要だってことさ」

「そ、そういうものなの?あと、あんまり可愛い可愛い連呼しないで……」

「そういうものだとも。いやいや、これからも言い続けるよ、君だけにはね」

「は、恥ずかしいのでそろそろ本気で勘弁してください!」

「君がうまくこういうのをいなせるようになればいいのさ。そうでなきゃ他の男に言い寄られた時、僕が不安だろう?」

「いや、アキラのは言い寄るとかじゃなくて、私が唯一の相談相手だからで、そういう意味で一緒にいるだけでしょ?だいいち、私になんて誰も言い寄ってきたりしないから放っておいたとしても大丈夫」

「そうやって隙だらけだから、僕は君から目が離せないのにね」

「いや、どう考えてもアキラが杞憂きゆうしすぎてるだけでしょ」

「それはどうかな?不安がなくなるまではこの手は握らせてもらうけどね」

「クッ!ふりほどけぬ!」

「こら、振り回そうとしない。危ないよ?もしぶつけて怪我でもしたらどうするんだい?」


 そういってアキラは余計に力強く俺の手を握ってくる。それでもアキラにはまだまだ余力がありそうだ。これはふりほどくの確実に無理なやつ。


「そんなことで怪我なんてしませんよ。過保護過ぎなんだってば」

「もし少しのかすり傷だったとしても、僕が医務室に君をお姫様抱っこで走ることになるけど?それに、せっかくお淑やかな見た目なんだから、僕としては君にはもう少し見た目に見合った行動をできるようになってほしいけどね」

「そっちこそ……その凶器かおをもっと意識してですね。こういう風に……近すぎるのとか、やめていただけないでしょうか?それに、お姫様抱っことか、できないでしょ?普段から結構鍛えてないと難しかったと思いますが?」


 こんなに顔面が整ったやつなのにこういう風にグイグイ近くに来られると……当然そんなのに慣れてないから照れてしまっているのが自分でもわかる。それなのに顔を覗き込まれたり、力は強いくせに優しく握られたり、言ってることも気恥ずかしい言葉を織り交ぜてくるしで、本当に困る。手を繋いだりとかが特別嫌って訳じゃないんだけどさ。こんな事してると、俺もアキラも変な噂とか流れちゃって付き合ってもいないのに、もし公認カップルみたいにされちゃったりしたら、アキラだってきっと困るだろうに……


「ふふっ、今のは少しお淑やかな返しだったね。大丈夫。君くらいの軽さならやってみせるさ」

「ちょっと待って、怪我もしてないのに抱きあげようとしないでください!」

「はは、証明しておいた方が今後も安心かと思ってね」

「やめ、こっちの方が危ないって!おろせー!」

「もっとお淑やかにお願いしてくれないと聞こえないなぁ」

「ふざけてないで、ほんとに足がついてないと怖いってば。それにみんなこっち見てるよ!?見世物みたいで恥ずかしいでしょうが!」

「僕は別に見てもらってかまわないよ。むしろもっと見てほしいね。こんなに可憐な娘をお姫様抱っこしてるんだって」

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