非風

𠄔狄⃝ ت ‎

非風


 秋風、金風、初嵐、爽籟――。

 どれも文学的で、肌寒さを覚えた初秋の情緒によく似合う。食堂の片隅、寂れた一角で、君に送るよ。

「初秋、非風の下から――」

 書く手が止まる、そこから先が進まない……。ちょっとお固いかな。

イヤホンからはピアフの「Hymne à l'amour」。悲愴感の漂う旋律で、終盤は大きな波を迎えるような盛大さに胸を騒がす。君に教えてもらってから、お気に入りの曲になったんだよ。

 窓から見える景色。手入れされておらず、自由に伸びる低木の葉っぱが、紅く染まっている。秋の訪れ、なぜか口にしたくなってしまうな。ちょうどこの時期に君が書いたあのうた、すごく好きだった。

 水筒に入った、温かいお茶を優しく冷ます。熱が湯気となって眼鏡に靄を作る。いつか、君がまだ私の目の前にいた頃、同じことをしたら「漫画みたい」って言って笑ったの、忘れてないよ。

 あの安寧の中の平凡な会話が、「幸せ」の定義なのかな。

 曲は変わって、「L'accordéoniste」。さっきよりは明るい感じ。歌詞の一つも分からないけど、雰囲気を楽しませてもらってる。

 ペンを置いて、窓の外を見惚みほける。脳を支配する追憶。シャンソンのリズムは、まるで君が寒空の下で大きく手を広げ、さらさらの黒髪を棚引かせながら踊る姿を彷彿とさせる。ふふっ、楽しそうだね。


 ふぅ、と溜息を吐いて、ぐっと背筋を伸ばす。右に。左に。

 よしっ、と意気込みを入れて、私は再びペンを取った。

「天上の君へ。」

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非風 𠄔狄⃝ ت ‎ @dark_blue_nurse

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