第32話 ファンサ代をむしろ払わせろ

「おー。やっぱ清水の舞台から飛び降りるって言葉があるだけのことはあるな」


 俺は眼前にある山の斜面を見下ろしながら呟く。

 俺たちがまず最初に訪れたのは、京都と聞かれたらまず間違いなく名前が挙がる清水寺だ。

 

「言葉は聞いたことあるけど、それってどういう意味なの?」

「それぐらいの覚悟で物事を実行するっていう意味ですよ」


 陽菜の疑問に、有彩が淀みなくすっと答える。

 さすが、有彩はもの知りだ。

 小説を書いてて色んなことを調べてることと、学校でもテストの順位は1年の頃から5位以内に必ず入ってるくらいだからな。


「へーなるほど。確かにここから飛び降りる覚悟があるならなんだって出来るよね」

「ま、日常生活でそれだけの覚悟がいる場面なんて早々ないだろうがな」

「「……」」

「ん? どうした、2人揃って黙って」


 陽菜と有彩は、顔を見合わせる。

 この反応……思い当たるようなことがあるのか? しかも、なんか通じ合ってる感出てるし、同じような考え方してるっぽいし。


「い、いえ。なにも」

「そ、そうそう、なにも」

「? 変な奴らだな」


 首を傾げていると、「おーい理玖ー」と遥から呼ばれた。

 そっちに視線を向けると、


「……陽菜ちゃん。私たちにとってその言葉のような覚悟をしないといけない瞬間って」

「……うん。間違いなく、りっくんに告白する時だよね」

「ん? なんか言ったか?」

「「別になにも」」


 そうか? 今、なんか名前呼ばれた気がしたんだがな。

 まあ、いいか。

 俺は近寄ってきた遥に向き直る。


「僕、お参りに行こうと思うんだけど、よかったら一緒に行かない?」

「ああ、じゃあ行くか。お前らはどうする?」

「あたしはとりあえず有彩と回ろうかなって」

「和仁は?」

「オレは天音さんとついでに柏木と一緒に回る」

「んー? 誰がついでなのかな、和仁君?」


 ピキる柏木は置いておいて、俺たちはひとまず3組に分かれて境内を散策することに。


「あ、そうだ。せっかくだし、お守りも買っていいかな」

「ああ。なんのお守り買うんだ?」

「色々と欲しいけど、まあ健康と縁結びかな」

「縁結び? お前好きな奴いんの?」


 誰だ、その幸せ者は。


「違う違う。友達の分」

「なんだ。てっきりいるのかと思った」

「あはは……理玖も知っての通り、僕って女子から恋愛対象に見られづらいからさ。そういうのってどうにも気後れしちゃうんだよね」


 そう言って苦笑する遥。

 こう見えて、遥は女子から告白されたりとかは知ってる限りほとんどない。

 顔も頭も性格も良く、運動も出来て料理なんかも出来る遥だが、なにしろ女子と間違えられるくらいに可愛らしい顔をしているので、男として見られづらいらしい。


 どっちかと言えば、遥の性別を勘違いした男から告白されることが多いのが本人にとって悩みの種となってるみたいだ。


「ま、遥なら誰を好きになったとしても、絶対に上手くいくだろ」

「……そうだといいけどね。理玖はなにかお守り買うの?」

「んー、そうだな……俺も縁結びと健康かな」

「え? 理玖、好きな人出来たの?」

「違えよ。俺も友達の分」


 正確には有彩のやつだ。

 好きな人と離れたくないから、親と離れて暮らす選択をしてまで、海外に行かずに日本に残る選択をした有彩の恋を応援してやりたいからな。


 いや、マジで有彩にそこまで思われてる男って幸せ者過ぎねえか? 羨まし過ぎるからその幸せの代償にタンスの角にしこたま足の小指打ちつけてしまえ。

 

「なんだ、びっくりした」

「俺に好きな奴が出来るってそんなに驚く話題か?」

「そりゃそうだよ。理玖って結構女子から人気あるんだよ?」

「は? 初耳なんだが?」

「ほら、勉強も運動も出来て、顔だって十分カッコいいし、誰にだって同じように優しく接してるし、女の子からしたらガツガツし過ぎてないのもポイント高いみたいだよ。そういう話よく聞くし」

「マジか。いや、待て。モテてるらしいならおかしいぞ。俺告られたことないんだが」


 人気があるなら声の1つくらいかけられててもよさそうなもんだが。


「そりゃ、理玖の近くには高嶋さんがいるからね。幼馴染で理玖のことよく分かってるし、可愛いし、女子は結構気後れしちゃってるんだよ」

「……つまり、俺が告られるには陽菜から離れるしかないと?」

「そういうことになるね」


 なんてこった。

 

「……じゃあ俺に彼女が出来るのはまだ無理そうだな」

「高嶋さんから離れるって選択はしないんだね?」

「まあ、なんつーか、あいつと離れてる自分が想像出来ねえって言うかさ」


 先のことは知らねえが、少なくとも今すぐに離れようなんてことにはならねえと思う。

 というか、家族ぐるみで付き合ってる上、家も隣で今は1つ屋根の下に住んでるわけだし、離れようにも離れられねえんだよな。


「高嶋さん、それを聞いたら凄く喜ぶよ」

「いや、言わねえよ。恥ずいし」


 改めて口にするようなことでもねえしな。 

 

「遥も絶対に言うなよ?」

「えー? どうしよっかなー?」


 にやっと意地悪く笑ってみせる遥。

 こいつ、さては小悪魔ムーブ覚えてちょっと楽しくなってんな? そういう遥もいいと思います。


「よし分かった。いくら払えばいい?」

「嘘嘘! 冗談だから真顔で財布取り出さないでよ!」

「気にするな。ファンサ代だ。むしろ払わせろ」

「ファンサ!? 払わせろ!? なに言ってるの!?」


 そうして、お金を払わせろという俺と財布をしまわそうとしてくる遥の戦いが幕を開けた。

 ……お守り売り場の前でやるようなことじゃないと思いましたまる。

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なぜかクラスメイトと幼馴染との同棲生活をすることになってしまった件。 戸来 空朝 @ptt9029

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