第30話 柏木鳴海の従姉妹と自己紹介

「えっと、こっちの出口にいるって話なんだけど」


 柏木が辺りをきょろきょろと見回す。

 それに合わせるように、なぜか和仁が鼻をすんっと鳴らし、辺りを見回し始めた。


「どうしたお前」

「いや、なんかこう……美人の匂いというか気配がこっちに近づいているような気がしてな」

「お前はどこにいても安定にキモいな」


 あまりのキモさに鳥肌立ったぞ。

 知り合いだって思われるのも恥ずかしい。

 そう思い、距離を置いていると、


「——おーい! なるー!」


 こっちに向かって手を振りながら走ってくる女の人が目に入った。

 

「あ! 天音ちゃーん!」


 柏木が走ってくる女性に向かって、大きく手を振り返す。

 どうやら、あれが柏木の親戚らしい。


「な? オレの言った通りだろ?」

「おう。キモいな」


 どんな第六感開花させてんだこいつ。

 ドヤ顔をかます和仁に呆れていると、天音ちゃんとやらはあっという間に俺たちの元へと辿り着いた。


「ひっさしぶりー! 元気にしてたー?」

「うん元気元気! 天音ちゃんちょっと見ない間に大人っぽくなっててびっくりした!」


 きゃっきゃっと再会を喜び合う2人。

 一頻り、再会を喜び合ってから、天音ちゃんとやらは俺たちの方を見て、ニカッと笑みを浮かべた。


「初めまして! なるの従姉妹で柏木天音かしわぎあまねです! 家のこと手伝いながら普段は大学生やってます、よろしくね!」


 明るめの茶髪に緩くウェーブがかかった大人っぽい雰囲気の人だ。

 俺たちの身内の女子の中じゃ1番背の高い有彩よりも、ほんのわずかに背が高い。

 

 俺たちはなんとなく全員で視線を交わし合い、誰が最初に自己紹介をするかを確認し合う。

 その結果、陽菜が口を開いた。


「初めまして! あたしは高嶋陽菜って言います! えっと、天音さんって呼んでも大丈夫ですか?」

「うん、いいよー! 皆も名前でいいから!」


 なんかめっちゃフランクな人だな。さすがは柏木の従姉妹って感じだ。

 次に遥が口を開く。


「僕は小鳥遊遥って言います。よろしくお願いします」

「よろしくー。僕っ子なんだね」

「……すみません。こう見えて男です」

「え!? 嘘ごめん!? でもそんなに可愛い顔してるのに!?」

「あはは……メンズのお店に入ったら凄い不思議そうな顔して見られます……」


 遥はその顔付きのせいでほぼ毎回性別を間違えられるので、中々新規の店には行けない。

 新規の店を開拓する時は、大体俺も一緒に行って店員に説明するのがお約束となっている。


 あと、男子トイレに入ったら遥を見た他の男がギョッとすることも多い。


「え、えっと……わ、私は竜胆有彩と申します! よ、よろしくお願いします!」

「そんな緊張しなくてもいいって! リラックスリラックス!」

「は、はい……すみません。私、人見知りで……」

「そっかそっか! じゃあいきなり距離が近過ぎたかな? わたし、友達からあんたの距離感は陰キャを殺しかねないっていつも怒られてるんだよー。ごめんね?」

「い、いえ! 大丈夫です! お世話になる旅館の方ですので、私が頑張って慣れます!」


 有彩がむんっと両手を構えて意気込みを露わにする。

 ちょっと空回りしそうで心配だが、いざとなったら俺もちゃんとフォローしよう。

 さて、次は俺か。


「橘理玖です。お世話になります」

「お。君が噂の理玖君? なるがいつもお世話になってるみたいで、ありがとね」

「噂の……? おい、柏木。お前一体なにを話した?」

「えっと、いつも鈍器を持った男の子たちに追いかけ回されてて、色々あって最近は女装趣味ガチ勢って呼ばれてる人?」

「ちくしょうなに1つ否定出来ねえ!?」


 なんてこった! 客観的に説明されたらマジでその通りじゃねえか! ヤバい奴過ぎるだろ!


「うんうん、聞いてた通り面白い子だね! それで、そっちの男の子が……」


 天音さんの目が向いたと同時に、それまで黙っていた和仁が1歩前に出て跪いた。


「——どうも。あなたに会う為に産まれてきました。桐島和仁です」


 生き恥を晒していくぅ。存在自体が恥なのに、もうこれ以上恥を重ねなくていいだろ。


「あはは、君も面白い子だね!」

「すみません。こいつと同じ面白いのカテゴリに入れるのは勘弁してください」


 本当に不名誉極まりないので。

 自己紹介もそこそこに、俺たちは天音さんが運転してきた車に向かい、乗り込んでいく。

 ……さり気なく和仁が助手席に乗ろうとしていたので、首根っこを掴んで阻止して後部座席に放り込んでおいた。


「そう言えば、なんで天音ちゃんが? 叔父さんか叔母さんが迎えに来るって話じゃなかったっけ?」

「その予定だったんだけど、わたしが代わってもらったの。お父さんたちは忙しいし、仕事に専念してもらった方がいいからね」


 なるほど。

 まあ、ゴールデンウィークの旅館は忙しいだろうしな。


「なら、天音ちゃんも忙しいでしょ? やっぱり迎えに来てもらうの遠慮しておけばよかったかな」

「いいのいいの。わたしは。お父さんたちから頼まれたんだから。ま、看板娘が留守にするのは痛手だろうけど」


 天音さんの冗談染みた声を聞きながら、俺たちを乗せた車は目的地である旅館に向けて走り出したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る