第29話 間違ってるのはあいつの生き様だろ

 それから、1時間ほど経過して。

 俺たちを乗せた新幹線は京都に到着した。


 なんか新幹線のホームってあまり足を踏み入れないせいか、たまに来ると謎にそわそわするんだよな。

 こう、見慣れない景色と相まって今から冒険が始まる、みたいなワクワク感がある。そう感じるのって俺だけか?


「なんか僕、新幹線のホームに来るとちょっとワクワクしちゃうんだよね」

「やっぱお前大親友だ」

「え、なに? なんで急に握手求めてきたの?」


 戸惑いながらもしっかりと差し出された手を握ってくれるあたり、遥って感じだ。

 ってかこいつの手めっちゃ肌触りいい。手も小さいし、目隠しして手を握ったら絶対男だって気付かれない。


「それで、これからどうするんですか?」

「叔父さんか叔母さんが車で迎えに来てくれることになってるよー。今確認したらもう来てるみたいだから、とりあえずそこまで行こ」


 ショートポニーを揺らしながら、柏木は俺たちを先導するように歩き出す。


「まず宿に行って、荷物置いて、それから観光でいいんだよな」

「はい。鳴海さんのご親戚の旅館、楽しみですね」

「ああ、そうだな」


 軽く微笑む有彩に頷き返し、俺はさりげなく有彩の手からパステルグリーンのキャリーケースを受け取り、歩き出す。


「え、あ、あの……理玖くん。これくらい自分で……」


 荷物を奪われた有彩が一瞬だけぽかんとしてから、慌てて追いついてくる、


「いいから、これくらい任せとけって」

「で、でも……」

「じゃあ、右手だけで荷物持ってたら筋肉が偏って鍛えられてバランスが悪くなるから、俺は有彩の荷物を持つことで左右均等に鍛えたいってことで」


 自分で言っておきながら、でたらめな理由もいい所だな。

 けど、こういう時荷物を持ってやれるのは男の特権みたいなもんだし。


 俺のわけの分からない理屈を聞いた有彩が、また一瞬だけぽかんとして、すぐにくすくすとおかしそうに笑い出した。


「そうですね、均等に鍛えないとですね。では、お願いしてもいいですか?」

「おう、任せとけ」


 さーて、改めて行くとするか。……ん? なんか急にキャリーケースが重くなったような?

 いや、明らかに気のせいじゃねえな。


 後ろを振り返ると、陽菜が俺の黒いキャリーケースに腰かけて、頬を膨らませてこっちを睨んでいた。

 なにやってんだこいつ。


「なんだよ? なんでフグの真似しながらキャリーケースに座ってんだよ? 重いし壊れるからやめろ」

「フグの真似じゃない! というかあたしそんなに重くないから!」

「お前がいくら軽かろうと人1人分の体重が乗ったものなんて重いし引っ張るの疲れるだろうが」


 実際のところ、陽菜は太ってるようには見えないし、小柄だから女子の方でも軽めの部類なんだろう。

 ……その胸部がどれだけ体重に影響してるのかは知らんけど。


「だって有彩だけ荷物持ってもらっててずるい」

「んなこと言ったって近くにいたのが有彩なんだから仕方ないだろ」


 羨ましいからって文字通り自分ごとお荷物になることないだろうが。

 ったく、こいつはどこで拗ねてんだよ。


「分かった分かった。あとでソフトクリームでも奢ってやるから」

「……約束だからね?」


 甘いものに釣られた陽菜の重さがキャリーケースの上から消える。


「なら、高嶋さんの荷物は僕が持つよ」

「いいの?」

「うん。僕も両腕をバランスよく鍛えないと、だからね」


 遥が俺の方をちらっと見てから、軽く微笑む。

 うん。その言い訳流行らすのはやめてほしい。聞けば聞くほど意味が分からないから。


「ってどうしたの和仁!? 視線で人が殺せそうだよ!?」


 遥の言葉に首を動かすと、そこには確かに血の涙でも流しそうな和仁が俺たちを睨んでいた。なんだこいつ。


「なんで遥までナチュラルに女子に頼られるんだよ!? オレだって力仕事なら得意なのに!」

「その力仕事ってケンカ、もしくはリア充の排除って意味だろ」


 それは力仕事じゃなくて汚れ仕事ってんだよ。


「とにかく俺も女子に頼られてえんだよ! なんかコツとかねえのか!?」

「うーん……僕は理玖に乗っかっただけだから、頼られたのとはちょっと違うとは思うけど……理玖は自分からさりげなくそういうことが出来るから頼られるんじゃないかな?」

「なるほど。つまり、相手から言われる前に自分から行動を起こすことが大事ってことだな! そうと分かれば!」


 和仁がなぜかいきなり、柏木に向かって猛ダッシュし始める。


「——おい柏木ィ! 黙ってその荷物寄越せやぁ!」

「え、なに!? 追い剥ぎ!? 強盗!?」


 違う。そういうことじゃない。


「……ねえ、理玖。僕、何か間違ったこと言っちゃったのかな?」

「間違ってるのはあいつの生き様だから気にすんな」


 女子の荷物を持ちに行くのにあんなに鬼気迫る表情するのは世界中であいつだけだ。


「でも、ああやってすぐに行動出来るのは和仁のいいところだよね。僕も見習わないと」

「お前のポジティブ精神には本当に恐れ入るよ」


 聖人過ぎて変な奴に騙されないか逆に心配になる。

 

 戸惑っていた柏木だったが、陽菜と有彩から状況を説明されたことで納得したらしく、和仁に荷物を手渡した。

 よかった、あのままの感じだと周囲から誤解されて通報されかねなかったしな。


 和仁がどうなろうとどうでもいいが、それで時間を取られるのは勘弁願いたいからな。

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