第26話 旅行前の一幕

「りっくん帰ろー」


 放課後。

 帰る準備をしていると、陽菜が近寄ってきた。


「ああ、いや。悪い。今日は1人で帰ってくれ」

「どこか行くの?」

「ほら、アレの準備で色々と買っておこうと思ってな」


 アレ、というのは旅行のこと。

 さすがにこんなに人がいる教室で公に女子と一緒に旅行に行くなんて言えるわけがない。

 聞かれでもしたら襲われて下校時間がもっと遅くなっちまうからな。


 アレで通じるのか分からなかったが、そこはさすが幼馴染。「あーアレね」と頷いてくれた。


「じゃあ、あたしも一緒に行ってもいい? あたしも準備で色々と買っておきたいし」

「ああ、んじゃ行くか」


 断る理由もないしな。

 野郎どもが鈍器を片手に俺に襲いかからんとしているが、陽菜が傍にいる以上あいつらも迂闊に手出し出来まい。

 野郎には辛辣、女性には紳士にが奴らの心情だからな。


 狙い通り、襲撃もなく教室を出ることに成功した。


「あ、有彩も来るってさ」


 いつの間にか陽菜が連絡していたらしく、片手に持ったスマホをひらひらと振る。


「なら、どこかで待ち合わせるか」

「うん。近くのコンビニとかでいいかな?」

「いいんじゃないか?」


 さすがに校内で待ち合わせて、陽菜と有彩と一緒に下校しているところを見られると、野郎どものリミッターが解除される恐れがあるからな。

 そうなった場合、いくらなんでも次の日が怖過ぎる。多分闇討ちされる。


 そんなこんなで、俺と陽菜はコンビニで有彩と合流し、買い物へとやってきた。


「理玖くんはなにを買うんですか?」

「下着とか靴下とかだな。古くなってるのもあって結構数が減ってきたし、そろそろ買っておこうと思ってたんだよ」

「穴が空いているものなら、私縫えますよ」

「うーん……ありがたいが、今回は大人しく買うことにする。伸びてるのとかも結構あるし。機会があったら頼む」


 ってか、有彩って裁縫も出来るんだな。

 可愛い上に家事も万能とかいよいよ完璧過ぎるだろ。

 ますます好かれてる男とやらが羨ましいわ。


 ……でも、有彩の好きな奴ってマジで誰なんだ?

 有彩の性格からして、SNSで知り合ったりとかは、まずないだろう。

 俺という例外はあるものの、俺の場合ケースがちょっと特殊過ぎるし。

 

 声をかけられてナンパされるということも過去にあったみたいだが、そもそも人見知りの有彩がナンパされてその相手を好きになるなんて考えづらいし。

 ……よし、ここは本人に直接聞いてみるか。


「なあ、有彩」

「なんですか?」

「お前の好きな奴ってどんな奴なんだ?」

「うぇ!?」


 有彩が手に靴下を持ちながら、こっちをぐるんと振り返る。


「な、なんですか急に!?」

「いや、ちょっと気になってさ。ほら、好きな奴がいるとは聞いてたが、詳細までは聞いてなかっただろ?」


 もし、誰か分かれば協力してやれる可能性もあるわけだし。

 ただでさえ人見知りの有彩だ。校内に好きな奴がいるとして、他の男と話しているところなんて見たことがないし、話しかけるのも苦労してるんじゃないだろうか。


「……そうですね。誰にでも優しくて、いつも楽しそうで、そんなところがより素敵で、カッコいい人です」


 有彩がじっと俺の顔を見ながら、好きな男の特徴を羅列していく。

 

「割とありがちな特徴だな……他にはないのか?」

「鈍感で、少し……え、えっちです」

「えっちって……もしかして、お前なんかされたのか?」

「え、えっと、まあ、少し……」


 おいおい。付き合ってもない女子にえっち呼ばわりされるとか、そいつとんでもない変態なんじゃねえのか?

 そんな変態でも、好きって言えるってことはよほど他の部分に惚れ込んでるってことなんだろうけど。


「まあ、どんな奴かは分かったよ。上手くいくといいな、そいつと」

「はい。……ほら、やっぱり鈍感」

「ん? なんか言ったか?」

「いいえ、なんでも」


 くすっと笑った有彩が手に持っていた靴下をかごに入れる。

 そんな有彩に首を傾げていると、「りっくーん」と陽菜が俺に向かって手招きをしてきた。


「どうした?」

「こっちとこっちのシャツ、どっちがいいかな?」


 陽菜が見せてきたのは薄い青色と薄い黄色の色違いの同じシャツだ。


「こういうのは俺より有彩に聞いた方がいいだろ」

「りっくんがいいの!」

「さいですか。まあ、こっちの薄い黄色の方がお前らしいんじゃね?」


 陽菜は明るいし、黄色っていうイメージが結構強い、気がする。

 あくまで俺の主観だが。


「うん、じゃあこれにするね」

「俺の意見じゃなくて自分の感覚を信じた方がいいと思うがな」

「いいの。あたしもこっちの方が好きだから」

「はぁ? じゃあなんでわざわざ聞いたんだよ」

「いいでしょ、別に。選んでくれてありがとね」


 なぜかご機嫌な陽菜が服をかごに入れる。

 変な奴だな。


「お礼にりっくんのも選んだげよっか?」

「いや、いいって。今日は服買いに来たんじゃねえし」

「いいからいいから。有彩ー、りっくんの服選んだげようよー」

「お、おい」


 その後、俺は陽菜と有彩に着せ替え人形にされるだけの時間を過ごすことになった。

 文句を言おうにも、2人が楽しそうにしてるのを見てしまえば、俺にはもうどうすることも出来なかったんだよ。

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