第19話 弟と妹の苦労
「有彩って今日遅くなるんだよね?」
4人での帰り道。
隣に並んだ陽菜が俺を見上げながら聞いてくる。
「ああ。図書館に行くって言ってたな」
小説の為の調べ物をするらしい。
有彩のそういう努力家って言うか、真面目なところって本当尊敬出来るし、好感が持てるんだよな。
「今日は俺が料理当番だから、帰りになにか買って帰らないとな」
「あたしも買い出し手伝うよ。料理の方も」
「後半が余計な一言過ぎる」
マッドコックこと陽菜を適当にあしらうと、陽菜が頬を膨らませて不満そうにしてくる。
そんな反応されてもダメなものはダメ。
「お姉に料理は無理だってば」
「姉ちゃんがキッチンに立ってるのを見るだけでちょっとしたホラーくらい怖えんだからな?」
「もー2人まで! あたしだって塩と砂糖の区別くらいつくようになったんだからね?」
それを喜べばいいのか、そのレベルなことを悲しめばいいのか微妙なラインだな。
というか、お前の場合根本的な原因はそこじゃねえんだわ。
「うぐっ……前に姉ちゃんの料理食べた時のこと思い出したら、なんか胃の調子が……」
「いい? 理玖。絶対にお姉をキッチンに立たせないで」
「分かってる。うちでは常に厳戒態勢を敷いてるから大丈夫だ」
でも、俺がいない間に勝手にやらかす可能性があるから、その時は逃げる。
ちなみに、蘭は陽菜と違って普通に料理が出来る。というか上手い。
「それか、理玖、あんたお姉に料理教えてあげなさいよ」
「無理難題をふっかけるな。ってか、俺だって教えられるほど上手いわけじゃねえよ」
有彩にちょくちょく教えてもらったりはしてるが、同棲始めてまだあんま経ってないし、そこまで上達もしてないし。
「けど、理玖兄ちゃんって本当器用っすよね」
「1人暮らししてれば誰でもそれなりになるぞ。なんでも自分でやらないといけないからな」
「凛、あんたも理玖を見習って料理の1つくらい覚えたら?」
「えーめんどくせえし、パス」
凛が言うと、蘭がため息をついた。
「だからあんたはモテないのよ」
「はぁ!? 今それ関係ねえだろ!」
「あるわよ。そもそも、あんたがモテようと必死に女子の前でカッコつけてるの、割と評判悪いんだから」
「え!? マジで!?」
「マジもマジ。モテようと必死なのが透けて見えて逆にカッコ悪いって言われてるんだから。あと女子と話す時胸見過ぎってクラスの子が言ってたわよ」
「お前なんでそういうの言っちゃうわけ!? なんかもう明日からどんな顔して話せばいいか分かんねえじゃん! 墓場まで持ってけよ!」
まったく、凛はバカだな。
女子はそういう視線に敏感なんだから、そういうのはもっとさりげなくやらないと。
たとえば俺みたいに一瞬だけ見るレベルで網膜に焼き付けるとかさ。
「あと、あんた変な本とか隠し過ぎだから。お母さん、この前も見つけたらしいし」
「は!? 今度の隠し場所は絶対大丈夫なはずだぞ!? 理玖兄ちゃんに新しく教えてもらったとこだし!」
「おい俺を巻き込むな!」
やっべ、蘭のゴミを見るような目が俺の方にも。
「あーあれだよね。なんかお父さんがたまに凛の部屋でこそこそしてて、怪しいと思ってたらお父さんの部屋から本が出てきて、問い詰めたら凛のだったっていう」
「なにやってんだあのバカ親父!?」
本当になにやってんだあの人。
「あ。もしかして、おじさんの晩御飯がたくあんだけだったのって、そういうことか?」
「そ。お母さんの逆鱗に触れましたーってね。いい歳して、童貞の理玖と凛みたいなことしないでほしいわ」
「おい。さらっと俺まで童貞扱いすんな」
「……なによ。違うの?」
「違うの? りっくん」
「……チガワナイッス」
張れる見栄が自分の中になかったことが凄まじく悲しい。
こんなに悲しいことってあるかよ。
そうこうしているうちに、俺たちの家から最寄りのスーパーが見えてきた。
「じゃ、俺たちはスーパー寄って帰るから。行くぞ、陽菜」
「うん。じゃあね、2人とも。気を付けて帰るんだよ」
さて、今日はなにを作ろうかな。
*
理玖と陽菜がスーパーに入っていくのを見送ったあと。
凛と蘭の2人は微妙に距離を空けて、家へと向かっていた。
「にしても、理玖にいちゃんと姉ちゃんが同棲かー……未だに不思議だよな。付き合ってもないのに」
「……そうね」
素っ気ない態度だが、蘭は普段からこんな感じだ。
凛とはさっきのような口ゲンカをするが、きょうだい仲は悪いわけではない。
その証拠に、凛は素っ気ない態度の中にいつもと違うものを感じとった。
「どうした?」
凛が聞くと、蘭はぴたりと足を止め、ふるふると肩を振るわせ始め、
「ど、どうしよう凛! 理玖の前で童貞とか言っちゃって、えっちではしたない子だって思われたりしてないわよね!?」
顔を赤くして思いっきり狼狽え始める蘭。
そんな蘭を見て、凛はため息をつく。
「お前さー。いい加減照れ隠しで理玖兄ちゃんに強めに当たるのやめたら?」
「簡単にやめられるなら苦労しないわよ! あーもー! 絶対ウザいって思われてる!」
ここまで見ればどんなに鈍い人間でも気付くと思うが、実は蘭は理玖に好意を持っている。
それこそ、想い始めた時期は姉である陽菜とそんなに差がないくらいには、昔からずっと。
元々、気が強い性格ではあったが、思春期に入ったことによってそこに照れ隠しが加えられ、理玖の顔を見る度に強く当たるようになってしまったのが、目下の悩みだった。
「あの理玖兄ちゃんがんなこと思ってるわけねえだろ。いいから落ち着けって」
普段は落ち着きのないように見える凛だが、実際には暴走する姉を諌めているのはなにを隠そうこの凛だ。
そんな凛の言葉に、蘭は「そ、そうよね」と呟く。
「理玖って優しいもんね! 昔からずっとそうって言うか、そういうところが本当にカッコいいのよね」
「はいはい。分かった分かった。聞き飽きたっつの」
蘭のことを適当にあしらってはいるが、凛もずっと昔から理玖の背中を見て育ったので、理玖のカッコよさは十分理解している。
まあ、毎日のように蘭に聞かされているので、うんざりしているというのが今の心境なのだが。
「……でも、あたしはこの想いを伝えられない。お姉の邪魔をするわけにはいかないもの」
「泣きそうになりながら言うことかよ。表情が諦めきれてねえんだよ」
「うっさい!」
蘭がぐしっと目元を乱暴に拭う。
「お姉と理玖はどう見たってお似合いで、あたしはどうやってもお姉には勝てない。……それに、理玖のもう1人の同居人も、ものすごい可愛かった」
「ああ、写真見せてもらったけど、あんな人に好かれてるなんてさすが理玖兄ちゃんだよな」
「……あんな人が出てきたら、もっとあたしの立場がないじゃない。だからせめて、理玖と結ばれるのはお姉であってほしいの。そうじゃないと、あたしが報われない」
最後には諦めないといけないけれど、今だけは想うことだけは許してほしい。
でも、中々素直になれない蘭だった。
そんな蘭を見ながら、凛はめんどくさいと思う。
この件で度々愚痴を聞かされ、時には八つ当たりのように強く当たられ、正直凛にはなにも得がない。
得はないが、ちゃんと話を聞いてやれるのは自分しかいない。
そう考えながら、やっぱり陽菜も含めて、うちの女性陣は本当にめんどくさいと先を歩いていく蘭の背中を見て、肩を竦めるのだった。
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