第18話 弟と妹

「なぁ、このあと理玖の部屋でゲームしようぜ」


 4月も下旬に入り、桜の花びらの中にちらほらと緑色が混じり始めたとある日の平日。

 いつもなら金属バットかバールを片手に俺を襲ってくる和仁と一緒に学校を出ようとしていると、そんな提案をされた。


「ああ。いい——わけねえだろ。身の程を知れ」

「なんでだよ!? オレとお前の間にんな身分の差ねえだろうが! 何様だてめえ!?」


 あっぶねえ。いつもの癖でつい和仁が部屋に来ることを承諾しそうになっちまった。

 女子2人と同棲生活を送っている以上、なにがなんでもこいつを部屋に上げるわけにはいかない。

 ただでさえでも、こいつは異性が絡むと異様な力と勘の良さを発揮するからな。


 もし、俺の秘密がバレたらマンションごと焼き討ちされかねん。


「悪い、今日は無理だ」

「さては女か」


 特定が早過ぎる。1つも情報を出してないのにどこから女の匂いを嗅ぎつけやがった。

 とにかくこれ以上この話題を続けるのはまずい。……ん?


 どうにか誤魔化さねえとと思いながら、いつの間にか和仁が持っていた金属バットから目を背けるように前方に目を向けると、校門の辺りに見知った顔が見えた。

 

「あれ、陽菜の奴……まだ帰ってなかったのか」

「お? なんだ? 実は待ち合わせしてしてましたってか? ちょっと校舎裏行こうぜ」

「違えよ! 急に臨戦体勢に入るな!」


 返答を誤れば今すぐにでも躊躇いなくバットをフルスイングしてきそうな和仁から距離を取りつつ、改めて陽菜の方を見る。


「ん? おい和仁、よく見ろ。校門の陰の死角になってる所に誰か立ってるぞ」

「あ? ……確かに誰かいるな。ってかあれ男じゃねえか? 高嶋さんなんかすげえ親しい感じで話してねえか?」


 和仁の言う通り、話している人影は男で、陽菜はその男に対してとても親そうに応じていた。

 というか、あの話してる男って。


「おい磯野。ちょっとあの野郎と野球しようぜ」

「落ち着け中島。絶対にあの野郎で野球するつもりだろ」


 一文字変えるだけであら不思議。世界的スポーツがただの殺戮現場に大変身だ。

 日本語って奥が深い。


「和仁。あいつ、陽菜の弟だ」

「なんだと? つまり、あいつはあんな可愛いお姉さんと1つ屋根の下で暮らしてるわけか。処すには十分過ぎる理由だな」

「さすがにやめとけ。家族に手を出されたらいくら陽菜でもブチギレるし、今後も陽菜と話したいなら仲良くしておいた方が得だぞ」

「高嶋弟! 野球しようぜ!」


 そう叫ぶや否や、1人は颯爽と陽菜と、陽菜の弟である凛の元へ走っていく。

 あいつにとっては野郎の制裁よりも女子に好かれる方が大事らしい。


「うわっ!? いきなりなんなんすか、あんた!?」


 いきなり金属バットを持って駆け寄ってきた見知らぬ男に目を剥く。

 そりゃそうなるわ。俺ならノータイムで通報してる。

 

「よう、凛」

「あ、理玖兄ちゃん! ちわっす!」


 和仁に警戒の目を向けて凛だったが、俺が声をかけると一転、にぱっと人懐っこい笑顔を浮かべる。

 それによって、中学3年にしてはあどけなさの残る顔付きが更に幼く見えた。

 他に特徴を挙げると、明るめの茶髪が無造作風にくしゃっとなっている髪質が特徴だ。


「えっと、それでそのバットを持っている人は……理玖兄ちゃんの友達……っすか?」

「オレは桐島和仁。君の将来のお義兄さん候補さ」


 適当ぶっこくな。あとなんだその気持ち悪い話し方は。


「え、そうなんすか!? てっきり姉ちゃんって理玖兄ちゃんにしか興味ないとばかり——って、姉ちゃん? なんで俺の胸ぐらを……?

「おいしょー!」

「大外刈りぃ!?」

 

 陽菜は流れるような動きで、凛の足を刈り取ってコンクリートに叩きつけた。

 おお、久しぶりに見たわ。陽菜の技。


 と、言っても別に陽菜が本格的に柔道をやっているとかではない。

 陽菜の親父さんが元柔道経験者で、なにがあってもいいように護身術の一環としていくつか簡単な技を教えているというだけだ。


 まあ、今のところは陽菜が技を使うのは凛が余計なことを言いそうになった時にくらいしか使われてないけど。

 つまり、凛がなにか余計なことを言いそうになったってことだが……俺に興味がどうとか。


「痛えな姉ちゃん! なにすんだよ!?」

「本当に言われないと分からない?」

「はい、すんませんした」


 いきなり技をかけられたにも関わらず、きっちり受け身を取って尻もちをついた状態から一転、すぐさま土下座に移行する凛。

 受け身を取ったとはいえ、コンクリに叩きつけられたのにすぐに動けるあたり、こいつ頑丈だよな。


「——なんであんた土下座してんのよ。ま、どうせまた変なこと言いそうになったってだけか」


 新たに聞こえてきた第三者の声。

 そっちを見やれば、そこに立っていたのは凛と同じ制服を着た、どことなく陽菜に似た顔立ちの女子だ。


「あ、蘭。お帰り」

「まだ家じゃないし、お姉も今から帰るんでしょ」


 どこかそっけなく返事をしたのは、陽菜の妹の蘭。

 陽菜より少し長めのボブカットで、前髪はいわゆる姫カットになっている、明るめの茶髪で、強気な瞳が印象的だ。


 あと、中学3年にしては胸に立派なものを付けていて、身長も既に陽菜より高い。

 まあ、そもそも陽菜が少し小さいだけなんだけども。


「……なに? あまりジロジロ見ないでよ、理玖」

「お、おお。悪い」 


 相変わらず、ツンケンしている。

 昔はおにい、おにいって後ろをついて回ってきて可愛らしかったのに、すっかり小生意気に育ったもんだ。名前呼び捨てになったのっていつくらいからだっけか。


「こら、蘭。りっくんに対してそんな言い方しないの」

「ふんっ」

「もー……ごめんね、りっくん」

「ああ、いいよ別に。全然気にしてない」

「そうだよ姉ちゃん! 蘭は照れてるだけだって! 現に家じゃいつも理玖兄ちゃんのことばかり気にして——」

「——歯を食い縛りなさい」

「大内刈りぃ!?」


 いつの間にか復活していた凛が、蘭によって再びコンクリに叩きつけられる。

 まあ、当然。蘭も護身術として技を教えられているわけだ。

 相変わらずいいキレだ。


「次、同じ空気を吸ったら殺すから」

「次言ったらとかじゃねえんだ!? 理玖兄ちゃん、助けて!」

「無理。強く生きろ」

「今から殺されそうなのに!?」


 だって、お前を睨んでる蘭が怖えんだもの。

 あと、お前ならなんだかんだで生き残れる。


 こいつ、投げられ過ぎて受け身上手いし、高嶋のおじさんは基本的に娘には甘いが息子には厳しいので普段からスパルタな扱われ方をしているせいか身体だけはすげえ頑丈だし。


「やあ。君が高嶋さんの妹さん? オレは桐島和仁。お姉さんとはクラスメイトでいつも仲良くさせてもらってるんだ」


 だからなんなんだその気持ち悪い話し方。

 明らかにイケボを出そうとして作ってる感がクソ気持ち悪い。

 蘭は、そんな和仁をまるでゴミを見るような目をして一瞥し、


「……は? なにあんた。きもいんですけど」

「げぼぁっ!?」


 女子からのきもいという一撃必殺に、和仁が胸を押さえて膝から崩れ落ちる。

 多分、俺も女子からきもいって言われたああなる自信があるわ。

 それはそれとして、校門の前に寝転んでたら邪魔だな。よいしょっと。


 俺は和仁を蹴り転がし、隅によけておく。


「おし。ゴミも片付いたし帰るか」

「……あの人って友達じゃないんすか?」

「いいか? 普通に考えて金属バットを常備してるような危ない人間と俺が友達だと思うか?」

「……それもそっすね」


 こうして、俺たち4人は動かなくなった和仁をその場に置いて、帰路についた。

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