第17話 どう調べてもソレ関連の言葉しか出てこない状況
映画館を出た俺たちは、竜胆の希望で書店へと足を運んでいた。
「竜胆って紙の本も買う派なのか?」
「はい。電子書籍は便利ですけど、やっぱり手に取って読むのも好きなので」
「ああ、分かるわそれ」
だから俺の部屋には未だにお宝本とお宝ビデオが増え続けているのだから。
本を物色しながら、俺たちはラノベコーナーに足を踏み入れる。
「そういえば、来月発売だよな。竜胆のやつ」
「……はい」
竜胆が緊張した面持ちで頷く。
まあ、そりゃ緊張するよな。自分が書いたものが店に商品として売られるんだから。
俺は楽しみだけど、初めて書籍化して発売日をもうすぐ迎える竜胆からしたら気が気じゃないのだろう。
って、俺が話題にしたせいでなんか無駄に緊張させちまったみたいだな。
すっかり表情を硬くしてしまった竜胆を見て、俺は頭をかく。
「じゃあ、発売日に一緒に買いに行くか」
「え?」
「もちろん、竜胆が良ければだけどさ。どうだ?」
「は、はい! 行きたいです!」
「じゃあ、約束な」
俺が右手の小指を立てて差し出すと、竜胆も嬉しそうにはにかみながら、小指を絡めてくる。
よく考えたら、好きな作品の作者と一緒に書籍を買いに来れるってとんでもないことだよな。
そんなこんなで、俺たちは約束を交わし合った。
*
「さて、飯も食ったし、風呂にも入った。あとは寝るだけだが……いや、いっそ夜更かしして積みゲーを消費するってのもありか?」
明日も休みだしな。
よし、そうするか。
そうと決まれば、だ。
俺が鼻歌混じりに棚からゲームを取り出していると、背後からかちゃりと控えめな音がした。
反射的にそっちを見ると、両手にまくらを抱えたパジャマ姿の竜胆が、扉の影からひょっこりとこっちを覗いてきていた。
「どうした?」
「あ、あの……その……」
「とりあえず、部屋に入るか?」
「は、はい。お邪魔します」
竜胆はもじもじとしながら、部屋に入ってきて、俺の近くにぺたんと座り込む。
どうでもいいけど、この座り方を男がやったら股関節いかれそう。
「で、どうしたんだ?」
再度尋ねると、竜胆がそわそわと落ち着きがなく身体を動かし、口元をもにょっとさせてから、まくらで口を隠し、潤んだ瞳で俺を見つめてきた。
「——今日、一緒に寝てくれませんか?」
「……ぱーどぅん?」
今、とんでもないことを言われた気がする。
「えっと、冗談だよな……?」
ふるふる。
首を横に振られる。
そっかー。マジかー。……じゃねえよ!?
「待て待て! お、お前自分がなに言ってんのか分かってんのか!?」
「わ、分かってます! 自分がおかしいことを言ってるって自覚もあります!」
「じゃあなんでだよ!? お前俺の理性を飛ばして襲わせたいのか!?」
「り、理玖くんと同棲すると決めてから覚悟はとっくに出来ているので……お、襲われたらその時はその時です!」
「無駄に男らしいなおい! なにがお前をそこまで突き動かすんだよ!」
「そ、それは……」
竜胆が黙り込む。
いきなりこんなこと言い出すって、どう考えてもおかし……あ。
「もしかして、ホラー映画のせいで1人で寝るのが怖くなった、とか」
……こくん。
首を縦に振られる。
そっかー。マジかー。
じゃあ、頑張れ。
そう言ってこの状態の竜胆を部屋から放り出せればよかったのだが、俺にはそんなこと出来そうにない。
かと言って、一緒に寝るのは俺が持つ気がしない。
どうしたもんか、これ。
「……じゃあ、寝るまで一緒にいるってことで妥協してくれないか?」
「す、すみません……本当に迷惑をかけてしまって……」
「まあ、気にするなよ。とりあえず一緒にゲームでもするか? 少しは気が紛れるだろ?」
俺はコントローラーを1つ竜胆に手渡す。
ジャンルはまあ、レースゲームでいいか。アイテム使って相手の邪魔するやつ。
「私、ゲームって初めてです」
「マジ? でも、竜胆がゲームするってイメージはないから意外でもないな」
ひとまず、操作方法とルールを教えて、準備を終え、ゲームをスタート。
俺はやり慣れていることもあり、終盤になっても1位を突っ走っていく。
対して、有彩は初心者ということもあり、下位争いをしていた。
「……理玖くん」
「んー?」
「この間のなんでも1つだけ言うことを聞いてくれるって話なんですけど」
「ゲームの勝ちは譲らないぞ?」
「違いますよ! そんなことしなくてもここから大逆転ですから!」
それはもう無理だから諦めてもろて。
「じゃあなんだ? なにかあったのか?」
「はい。色々と考えたんですけど……わ、私のこと……あ、有彩と呼んでもらえないでしょうか!」
1位を突っ走っていた俺のキャラが奈落の底に消えていった。
なんて強力な精神攻撃をしてきやがんだ、こいつ……!
けど、まあ。
「……約束したしな、仕方ないよな」
「はい、仕方ありません♪」
期待するようにこっちを見てくる竜胆。
って、これ次から呼ぶ時じゃなくて今呼ばないといけない感じか?
「えっと……あ……明日は日曜だな」
「……」
竜胆がものすごいジトーっとした目を向けてくる。
いや、会話の流れもなく急に名前呼びとか結構ハードル高えのよ?
「理玖くんの嘘つき。なんでも言うこと聞いてくれるって言ったのに」
「わ、悪い。でも、やっぱ緊張するって言うかさ」
「ふんっ。嘘つきな理玖くんなんて知りません」
頬を膨らませた竜胆はぷいっとそっぽを向いてしまう。
うん、完全に俺が日和ったせいですね、はい。
「悪かったって、有彩。女子を名前で呼ぶのとか、やっぱ緊張するんだよ」
「……陽菜ちゃんは名前呼びじゃないですか」
「あいつはずっと陽菜だからな。苗字の方で呼んだことがないんだよ」
小さい頃から陽菜って呼んでるのに、なんなら今更高嶋って呼ぶ方が緊張するまである。
「まあ、今呼んでくれたので許してあげます」
よかった。許された。
安堵していると、竜胆がふわっとあくびをして、慌てて口を押さえて顔を赤くした。
「そろそろ寝るか? ベッド使ってもいいから」
「す、すみません。……その、寝るまでそばにいてくれるんですよね?」
「ああ。約束は守る。寝るまでだからな?」
「はい。では、お休みなさい」
布団を被り、目を閉じたりんど……有彩の横に座り、スマホを触っていると、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
え、マジ? もう寝たのか?
振り返って確認すると、有彩は安心しきったように眠っていた。
寝付き良すぎだろ……というか、これなら俺いらなかったよな?
呆れながら、その整った可愛らしい寝顔を見て苦笑する。
あんま寝顔見るのも悪いし、電気消すか。
ベッドサイドに置いてあったリモコンを手繰り寄せ、照明を落とすと部屋が暗闇に包まれる。
「さて、俺はソファで寝るとするか……うおっ!?」
立ちあがろうとした瞬間、手をなにかに引っ張られ、俺は身体を捻ってベッドの方に倒れ込んでしまう。
そのまま、眠っているはずの有彩が手と足でがっちりと俺に抱きついてきた。
鼻腔を満たすいい匂いと、柔らかさと心地の良い温もりが身体中に広がる。
「お、おまっ!? 有彩!?」
慌てて声をかけるも、反応はない。
「お、おい。マジで寝てんのか?」
試しに頬をそっと突いてみたが、返ってきたのはぷにっとした頬の感触と、くすぐったそうに身をよじる有彩の声だけだった。
ま、マジでどうするんだ、これ!? え? 俺、今過去最大に試されてね!?
1番早いのは有彩を起こすことだが、怖くて寝付けないってなったら困る。
次に早いのは身体が当たる覚悟で抜け出すことだが、これは茨の道が過ぎる。
そ、そうだ! こういう時こそネットだ! 広いネットの海なら、今のこの状況を打破出来る素晴らしい叡智が得られるはずだ!
えーっと、同級生の女子と同じベッドで寝る、対処法っと。
「——ダメだどう調べてもセックス関連の情報しか出てこねえ!」
得られたのは叡智じゃなくてえっちな知識でしたってか。やかましいわ。
なんてこった! これじゃネットにまで襲えって言われてるようなもんじゃねえかよ!
「……んぅ」
「ふぉぉぉぉっ!?」
竜胆がもっとぎゅっと抱きついてきて、俺の理性が危うく飛びかける。
拝啓。天国の父さん、母さん。俺は今日、一線を超えてしまうかもしれません。
いやいやダメだ! 俺を信頼してくれてる竜胆を裏切れるか!
そうして、俺は寝相が良過ぎてほとんど動かない有彩にだきまくらにされたまま、悶々とした状態で明け方近くまで耐え、解放と同時にどうにか抜け出すことに成功したのだった。
ちなみに、次目が覚めた時には日曜の夜でした。
なんとも有意義な使い方をしてしまった俺の乾いた笑いの意味を、有彩も、陽菜も知る由がない。
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