第16話 学校一の美少女とのデート

「……もう1週間経ったのか」


 女子2人と同棲してるわけだから、そりゃなにも変わらないとはいかず。

 俺の生活は確実に一変して、この1週間で既に色々とあったと思う。


 竜胆と風呂場で遭遇したりとか、和仁たちに襲われたりとか、買い物中に和仁たちを遭遇して、危機を乗り切る為に自分用の女性用下着を選んでいると嘘をついたり、和仁たちに襲われたり、陽菜が風呂に入ってきて背中流そうとしてきたりとか竜胆と陽菜にひざまくらされて耳かきしてもらったりとか。


 ……俺の1週間、いくらなんでも濃過ぎじゃね? ラブコメ主人公でもここまで濃いイベント1週間に凝縮されてねえだろ。


 さて、そんなラブコメ主人公疑惑のある、俺こと橘理玖は——。


「……んぅ」


 ——自分の部屋のベッドの上で眠ったに抱きつかれて、身動きの出来ない状況の中、悶々とした夜を過ごすことになっていた。

 どのようにしてこんなことになってしまったのか? 話は、今日の昼頃まで遡ることになる。



「映画に付き合ってほしい?」


 陽菜におしるこソーダを差し出され、和仁たちに襲いかかられた金曜を終えて、今日は土曜、即ち休日。

 部活にも入っていないので、暇を持て余して部屋でゲームをしていたところ、竜胆が部屋に訪ねてきて、いきなり映画に行かないかと誘ってきた。


 ちなみに、陽菜は今日1日隣の実家にいる予定なので、今日は帰ってこないとのこと。


「は、はい。実は編集者さんから、これからも小説を書き続けるのなら色々なことを経験して、引き出しを増やしておいた方がいざという時に助けになるから、と言われまして」

「なるほど。まあ、言ってることは分かる」


 作家にとって引き出しの多さは重要だろうしな。


「でも、それがなんで映画? わざわざ俺を誘わなくてもそれなら1人でも行けるよな?」

「その……私が書いているのはラブコメ小説なので、男子とお出かけをする女の子の気持ちを知っておきたいな、と思いまして。……ダメ、でしょうか」

「うっ……い、いや、ダメってことはないが……」


 上目遣いの竜胆に、俺の心はあっさりとやられてしまう。

 こいつ、こういうの天然でやってるっていうのが分かるから、余計にたちが悪いんだよな。

 というか、俺が美少女の上目遣いに対してちょろ過ぎる。


「まあ、行くか。せっかく誘ってくれたんだしな」

「本当ですかっ」

「おう。どうせ暇してたし、ちょうどいいわ」

「では、あとで隣町の映画館で合流しましょう!」

「へ? 一緒に行けばいいんじゃないのか?」


 同じ場所に住んでいるのに、わざわざ別れて行くことないだろ。

 怪訝な顔をしていると、やけに気合いの入った様子で、竜胆が言う。


「いいですか、理玖くんっ。これは作品の為の取材ですっ」

「お、おう」

「つまりは、デートということになるのです! デートなら、待ち合わせした方がそれっぽいじゃないですか!」

「そ、そうか。そう言われれば、そうだな」

「ですっ」


 なんだか勢いで押し切られた気がしないでもないが、確かにこれはデートということになるのだろう。

 ……デート!? え、マジで!?


 今更ながら、その事実に気付いてしまう。

 男女が2人で映画館。これをデートと呼ばずになにをデートと呼ぶのか。


「では、またあとで。……やった! うんっとおしゃれしなくちゃ」


 俺が内心でパニックになっていると、竜胆が今にもスキップをしそうなくらいご機嫌に部屋から出ていった。

 なんか、おしゃれがどうとか聞こえたが。


「……もしかしてデートだからおしゃれしてこないとどうなるか分かってんだろうな、的なあれか!?」


 いや、竜胆に限ってそれはないか。

 バカなこと言ってないで、俺も準備しよう。

 


「——お、お待たせしました!」


 指定された映画館の前で待っていると、伊達メガネをかけた竜胆が息を切らして小走りでやってきた。


「いや、俺もちょうど今来たところだ」

「本当にすみません……服装選びに迷ってしまって……」


 春らしい装いのピンク色のカーディガンと白色のワンピース姿の竜胆が、しゅんっと俯く。

 ええっと、こういう時は。


「俺は気にしてないから。その服、似合ってると思うぞ」


 俺は脳内からデートシチュエーションでラノベ主人公がよく言ってるセリフをチョイスした。

 取材って言うくらいだし、このくらいはしないとだろう。

 似合ってるっていうのは本心だし。


「ほ、本当ですかっ!?」

「ああ。嘘なんて言わねえよ」

「……嬉しいです。遅刻はダメですけど、悩んだかいがありました」


 えへ、とはにかんだ竜胆が死ぬほど可愛い件。

 きっと、いつか竜胆が好きだという相手とデートする時を想定してたくさん考えたのだろう。

 どこのどいつだか知らねえが、マジで羨ましい。


「では、行きましょう!」

「そうだな」

 

 竜胆がテンション高く、歩き出す。

 そんな竜胆もやっぱり可愛くて、周囲の男がチラチラと竜胆を見ているのが俺には分かった。

 だって、俺にも殺意のこもった視線が飛んできてるからな。伊達に死線は潜っていない。


「というか、なんでわざわざ隣町なんだ?」

「だって、知り合いに見つかるリスクも少なくなりますから。せっかくのデートですもん。邪魔されたくないんです。理玖くんだって、クラスメイトの男の子たちに見つかったら嫌ですよね?」

「ああ、絶対に嫌だ」


 俺は力強く頷いた。

 さすがは竜胆。頭が切れる。 

 俺が感心していると、隣に並ぶ竜胆がじっと俺を見上げてきていた。


「なんだ?」

「そ、その……ですね? もう1つ、お願いがあるんですけど……」

「お願い?」

「はい……そ、その……」


 竜胆が、顔を赤くして俯いて、小さくて柔らかそうな手のひらを俺に差し出してくる。

 なにこれ、お手ってこと?


「手を、繋いでも……いい、ですか……?」


 その頼みと相まって、耳まで赤くなってることが分かる竜胆はなんだかものすごくいじらしく見えてしまって、俺まで少し顔に熱が集まってきたのが分かった。


「あ、ああ。手くらいなら」


 差し出された手にそっと手を重ねると、やっぱり小さくて、柔らかくて、離すのを躊躇ってしまうような心地のよい温もりが伝わってくる。

 

 うん。やめて? 感触確かめるようににぎにぎしないで? 危うく理性が飛んでお持ち帰りルート発生しちゃいそうだから。

 そうなった場合、俺は警察にお持ち帰りされることになるか。あっぶねえ。危うく現実になるところだった。


「ちっ。なんで休日に他人のラブコメ現場なんて見ねえといけねえんだよ。処すか?」

「男の方だけピンポイントに車とかバイクに撥ねらればいいのに」

「あんな可愛い子とデート出来るとか一体どんな催眠術を……?」


 おーすげえ。周りから怨嗟の声が飛んでくるわ飛んでくるわ。

 多分、俺は今日理性が飛んで警察に持ち帰られるか、暴徒に襲われて救急車でお持ち帰りされるかどっちかになると思う。

 ってか和仁みたいな思考の奴しかいねえな。どうなってんだ。


「——で、今日はなにを見るんだ?」


 手を繋いだまま歩き、俺たちは映画館に辿り着いた。

 尋ねても返事はなく、俺が怪訝に思いながら竜胆の方を見ると、


「……えへへ」


 さっきよりも機嫌をよくした竜胆が、にこにこと笑いながら握った手を見つめ続けていた。

 うん。俺の手を見てないで映画を選んでほしいかな。周りの人もなんで微笑ましいものを見る目で見てくるんだよ。


「おーい、竜胆ー? 後ろに人も並んできてるぞー」

「……はっ!? す、すみません! 今日は1人だと絶対見られないものを選ぼうと思ってて」

「選べないもの?」


 なぜか少し緊張している竜胆の視線を追っていくと、


「……ああ、ホラーか」

「は、はい。いい機会なので、1度劇場でこういうのを見てみたかったんです」


 確かに、好き好んでホラーを選ぶ機会なんて中々ないが……。


「お前、顔真っ青だぞ? もしかして苦手なんじゃないか?」

「ま、まさか。苦手とかじゃなくて、これは……そ、そう! 男の子と手を繋いだことなんて理玖くんが初めてなので、緊張しているんです!」

「顔真っ青にするくらい緊張するなら手繋ぐのやめるけど……」

「嫌です無理です見栄張りましたごめんなさい離さないでください」

「高速詠唱!?」


 そんなに嫌なら尚更やめておいた方がいいんじゃないだろうか。

 俺だってそこまで得意じゃないし、劇場で見るホラーとか絶対やばい。


「……まあ、竜胆の意思を汲んでやるか。マジでやばくなったら途中で出ような」


 無言でこくこくと頷く竜胆と一緒に、なるべく画面から離れられるように1番後列のチケットを買って劇場の中に入る。

 

 ——そして、映画が始まった。


 結果として、どうなったかと言うと。

 驚くべきことに、竜胆は最後まで映画を見終えることが出来た。


 ただ、ホラー特有のビックリシーンになる度に、竜胆は涙目で俺の腕に抱きついてきて、ぶっちゃけマジでやばかった。


 だって、春だから薄着だし! 身体密着していい匂いするし柔けえし! 胸とか当たる度にどんだけ理性飛びそうになって、興奮で叫びそうになったわ!


 結論。ホラーって怖い。

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