第15話 同居人たちの太もも比べ(耳かき付き)
さっきの風呂場での出来事か小1時間くらい経って、俺はリビングでスマホを触り、ネット小説を読み漁っていた。
今読んでいるのは竜胆からおすすめされたやつで、竜胆は執筆の小休憩として俺がおすすめしたやつを読んでいる。
俺たちは普段からこうして互いにおすすめの小説についてやり取りをしているが、一緒に住むことですぐに感想が言えるようになったのはいいよな。
それぞれが好きなことをして穏やかな時間を過ごしていると、ソファに腰かけてスマホを触っていた陽菜が「……よし」と呟いて立ち上がり、自分の部屋へ消えていく。
なんとなくその様子を目で追っていると、陽菜はすぐに戻ってきた。
それから、なぜか俺の対面に正座する。
……そこはかとなく嫌な予感がする。
「……なんだよ?」
「ちょっと耳掃除でもしてあげよっかなって」
「……はぁ?」
よく見ると、陽菜は右手に耳かきを持っていた。
こいつ急になにを言い出した?
俺が胡乱な目を向け続けていると、陽菜が自らの太ももをぽんぽんと叩く。
「ほら、おいで」
「おいでじゃねえよ。お前さっきの風呂場事件があったそばからなんでひざまくらしようとしてくんだよ」
「……風呂場事件?」
俺の発言に竜胆が首を傾げる。
おっと、やべえ。あんなの言えるわけがない。
「ってか耳掃除くらい1人で出来るって」
「でも、人にやってもらった方が確実でしょ? だから、はい」
「だからはいじゃねえんだって」
俺の方がはい? って感じだわ。
こいつ今日なんでやたらと接触方面に踏み出してくんの?
「……って、おい!? なんで竜胆まで正座して太ももぽんぽんしだすんだよ!?」
「こ、これはその……しょ、小説の参考になるかな、と思ったので!」
「くっ……! そう言われたらファンとして協力してやりたい……!」
ただ、竜胆のひざまくらを受け入れる場合、陽菜のひざまくらも断れなくなってしまう。
悩む俺をよそに、竜胆と陽菜の間にばちりと火花が散ったような気がしたが、多分気のせいだろう。
こんなことで競う意味がないしな。
「はあ、分かったよ! 分かりましたよ! 耳掃除してもらおうじゃねえか!」
しばし悩んだ末、俺はやけくそ気味に叫んだ。
よく考えれば、俺の方にはなんら損がないわけだし。
美少女のひざまくら付き耳掃除とか普通に最高だったわ。
「じゃあ、どっちからにする?」
「どちらからでもいいんですよ?」
「……くっ」
俺は正座している2人を見比べる。
さて、ここで問題です。
目の前には2人の美少女がいます。
1人は学校一の美少女と呼ばれている半眼系黒髪ロングの少女。
2人目は小柄だが、スタイルが良く、男子からも人気がある可愛い系の幼馴染。
さぁ、あなたならどっちの太ももを選ぶ?
「……ちょっとじゃんけんしてもらっていいっすかね」
熟考の末の俺の提案に、2人が揃って呆れた目を向けてきた。
しょうがねえだろ! こんなもん選べるか!
そして、じゃんけんの結果、陽菜からということになった。
改めて、陽菜が太ももをぽんぽんと叩く。
「ほら、おいでおいで」
「だから子供扱いすんなっての……じゃあ、いくぞ?」
俺は緊張しながら、右耳を上に向け、陽菜の太ももにそっと頭を乗せ——いや待てめっちゃ柔らかい。
しかもこの体勢だと陽菜のお腹を凝視することになるし、なんかすげえいい匂いする。
目を閉じたら閉じたでより嗅覚に感覚が集中してしまい、どうにもならない。
完全に頭の乗せる方向を間違えましたね、これは。
さりげなく上を見てみると、ご機嫌そうな陽菜の顔が……いや!? 胸で遮られてあんま見えねえ!? 嘘だろ!?
「りっくんどう? 痛くない?」
「……」
「りっくん?」
「あ、ああ! 悪い! ぼーっとしてた! 大丈夫だ!」
まさか目の前に広がる光景に目を奪われていたとは死んでも言えねえ。
「そうなんだ? 痛かったらすぐに言ってね?」
「いや。それに関してはマジで大丈夫だ。逆に気持ちいいくらいだし」
「ほんと?」
「ああ。お前上手いな」
「まぁ、あたしお姉ちゃんだからね。昔はよく凛と蘭にもしてあげてたし」
なるほどなぁ。ってか、柔らかいし、気持ちいいし、これは悪くないかもな。
頭上から微かに聞こえる陽菜の鼻歌と相まって、少しだけうとうととしていると、
「うん。こんなもんかな。りっくん普段からちゃんと掃除してるっぽいし、そこまで汚れてなかったから」
「じゃあ、次は私ですね。理玖くん、どうぞ」
「お、おう」
俺は陽菜の太ももから頭を離し、今度は竜胆の太ももにそっと頭を乗せ——やっぱすげえ柔けえんですけど。
けど、なんというか……陽菜のとは柔らかさのベクトルがちょっと違う感じ。
陽菜の方が少しだけもちっとしてる感じで、竜胆のは少しだけハリがある。
というか、2人とも風呂に入ったあとだから余計にいい匂いがするんだよな。
陽菜は温いミルクのような甘さがあるどこか安心する匂い。
竜胆は清潔感があっていつまでも嗅いでいられるような優しい匂い。
「ど、どうですか? 人のをするのは初めてなので……上手く出来ているといいのですが……」
「ああ。全然大丈夫だぞ」
「ほ、本当ですか? ……よかった」
陽菜と比べるとかなりぎこちないものの、しっかりと俺を気遣ってくれているような耳かきの動きで、竜胆の一生懸命さも伝わってくる。
やべえ、ちょっと眠くなってきた。
「ふぅ……私もこれで終わりです。理玖くん? 終わりましたよ?」
「……」
「理玖くん?」
「あ、悪い。ちょっと寝てたみたいだ」
身体を起こすと、さっきまで身体中を包んでいた温もりのようなものが離れていった気がして、なんだか名残惜しい。
最初はあんなに否定してた癖に、我ながらちょろ過ぎる。
そんな自分に思わずくすっと笑うと、不思議そうにした陽菜と竜胆と目が合った。
「あー……なんだ、その……2人とも、よかったよ。サンキューな」
「ほんと? やたっ」
「喜んでもらえてよかったです。またいつでも言ってくださいね」
「いやもうさすがに……あ」
断ろうとして、俺はとあることを思い出して、口を噤む。
そういえば、誰かに耳かきをしてもらったのなんて、俺が小さかった時、母さんが生きていた頃にやってもらって以来だったんだ。
だとすると、さっき感じた名残惜しさはきっと、人の温もり恋しさによるものなのかもしれない。
——もし、そうなら俺は。
「りっくん?」
「理玖くん? どうかしたんですか?」
思わず2人を見つめてしまう。
それから、俺は頭をがしがしとかいた。
「その、なんだ……また、頼んでもいいか?」
俺の一言に2人の顔にぱっと花が咲いたような笑みが弾ける。
「任せてください!」
「もちろんっ! ところでりっくん」
「ん?」
「あたしと有彩の、どっちがよかった?」
「……」
その質問に、俺は今度こそ答えることが出来なかった。
俺がなんて言ってその窮地を脱したのかは、まあ、想像に任せるってことで。
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